げに美しきその心

コロンパン

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8章

少しの怖さと

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シルヴィアの思考も止まる。

そうなると予測して、直ぐにレイフォードは続ける。

「誤解の無いように言っておくが、シルヴィア?」

パチンと弾かれたようにシルヴィアがレイフォードを見る。

「俺も一緒に行くからな。」

虚を突かれた様な表情。

「レイフォード様、も一緒に・・・?」

思考が追いつかない。
シルヴィアはそう言い、首を傾げる。

レイフォードは未だ放心状態と言っていいシルヴィアに溜息を吐き、頭を撫でる。
そして言い聞かせる様に話す。

「あのな・・・。一度と言っただろう?
帰れなんて言ってないぞ。
此処へ来てから帰ってない・・・俺が帰らせてないだけなのだがな。
伯達とゆっくり話をしたいのではないかと思ったのだが、迷惑だったか?」

「迷惑だなんて・・・。」

突然の事に言葉が続かない。
シルヴィアを離縁する為に帰らせるのではなく、恐らくはシルヴィアが家族に会う為に。

ドレスを仕立てる時は、許可が下りなかった。
なのに何故、今レイフォードはそう言ったのか。

考えるが、シルヴィアには分からない。

分からないが、家に帰れる事は嬉しい。
そして、レイフォードも一緒なのだ。

きっと自分の事を考えてくれての事なのだろう。

「迷惑だなんて、思いません。
とても嬉しいです。
レイフォード様と一緒に帰れるのが本当に嬉しいのです。」

胸に手を当てる。
レイフォードに向けて感謝の言葉を述べる。
その瞳はまた潤み、煌めく。

その瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
レイフォードはもっと近くでシルヴィアの瞳を見つめていたい、無意識にシルヴィアへと顔を近づける。

「え?あの、レイフォード様?」

何の言葉も発せずに近づいてくるレイフォードに戸惑いの声を上げる。

(ああ、この瞳を誰にも見せたくない。俺だけ。俺だけを見てくれないだろうか。
この瞳は俺の物だ。誰にも渡さない。
美しいシルヴィアの瞳。好きだ。本当に好きだ。)

シルヴィアの頬に手を添える。
シルヴィアは自分に添えられた手とレイフォードとで視線が行き来する。

とろりと蕩けた瞳でシルヴィアを見つめる。
そんなレイフォードを直視出来ずにギュッと目を閉じる。

(そこで瞳を閉じたら、何されても文句は言えないぞ、シルヴィア。)

レイフォードは苦笑しながら、閉じられたシルヴィアの瞼に口付けを落とす。

「食事にしよう。」

「え、あ、はい。」

何が起きたのか分からないシルヴィアは首を傾げながら返事をするだけだった。



「実は君の家にもう書状を送っていた。」

美しい所作で料理を口に運びながら、レイフォードはシルヴィアに言った。
驚いた表情で手が止まるシルヴィア。

「そうだったのですか?」

そのままレイフォードを見ると、レイフォードも熱の篭った瞳でシルヴィアを見つめる。
まともにレイフォードのその表情を見たシルヴィアはポッと顔を赤らめ、視線を料理へ戻す。

(うう。どうしてもレイフォード様のお顔をちゃんと見る事が出来ないわ。
今まではこんな風に見られた事が無かったから、隠れてレイフォード様を見ていただけだったから、
こんなに胸が跳ねる事なんて、こんなに息が出来ないなんて思わなかった。)

下を俯いたままのシルヴィアを愛おしい気持ちで見る。
赤く染まり上がった白い頬、耳、首筋、それら全てがレイフォードの欲を刺激する。

小刻みに震える体も好ましい。
自分を思ってくれている事が十二分に分かる。
これが他の女であるなら、何も感じない。

シルヴィアだからこそ、だ。
シルヴィアだからこそレイフォードを高揚させる事も凪させる事もできる。

くすりと笑う。

「ああ、今はその返答待ちだ。数日後には返事が届くだろう。」

「とても楽しみです。」

レイフォードと視線を合わせず、そう言うシルヴィアに少しだけ寂しく思う。

(恥ずかしいからと言っても、こうもシルヴィアの顔を見れないのは、辛い。)

「シルヴィア。」

「は、はい!」

呼びかけてもシルヴィアはレイフォードの方へ顔を向けない。

「こちらを向いてくれないのか?」

「!!申し訳ございません!!」

バッと顔をレイフォードに向けるシルヴィアだが、瞳はレイフォードと合ってない。

「・・・シルヴィア?」

「申し訳ございません!!どうしてもレイフォード様が素敵すぎて・・・。」

「・・・そ、そうか。」

面と向かって言われると気恥ずかしく感じる。
レイフォードは自分の口を押える。

そう言いながらもシルヴィアの視線とレイフォードの視線は合わない。
レイフォードがシルヴィアの視線の先に顔を向けると、シルヴィアの視線はサッと逆へ。

またその視線の先に顔を向けると、また逆へ。


それを何回か繰り返す。


「シ~ル~ヴィ~ア・・・・。」

とうとう痺れを切らし、唸るような低い声が出るレイフォード。

「申し訳・・・。」

シルヴィアの言葉を遮る様にシルヴィアの唇を指で摘まむ。

「むみゅ!!」

「何回も言っているだろう?その言葉遣いは止めてくれって。」

「む~!」

シルヴィアが何か訴えようとしているが、レイフォードに唇を摘まみ上げられている為、何も発する事が出来ない。

「それに、此処まであからさまに視線を外されると傷付く。
幾ら恥ずかしいからと言ってな?」

「むむむ。」

「もう少し目を合わせてくれてもいいだろう?」

「・・・・・むい。」

返事なのか、唇を摘ままれた状態で頷く。
その声があまりにも可愛らしく、レイフォードは堪らず吹き出す。

「ぶはっ!はははは!!」

その拍子に指が離れ、漸くシルヴィアが言葉を発する。

「あ、あのレイフォード様?」

自分の醜態で笑われているのだと感じ、落ち込み出す。
目の前のシルヴィアの様子にレイフォードは我に返る。

シルヴィアの瞳が真っ青に染まっている。
慌ててシルヴィアに言い募る。

「シルヴィア?シルヴィア?今のは違うからな!
シルヴィアを馬鹿にして笑ってなどいないからな!」

シルヴィアは首を横に振り、何でも無い様に取り繕う。

「大丈夫です、レイフォード様。」

無理に笑うシルヴィアの笑顔に、頭をガシガシと掻き、天を仰ぐ。

「ああ、だから。違うんだ。本当に。
君が余りにも可愛くて、愛しくてどうしようもなかっただけだ。
断じて馬鹿にしてなどいないから、そんな顔をしないでくれ。」

「か、可愛い・・・・?」

レイフォードの言葉が理解出来ずに首を傾げる。

「ああ、そうだ。シルヴィア、君は本当に可愛い。
本当に、誰にも君のその可愛い顔を見せたくない位にな。」

「そ、そんな事・・・。」

どんどんと顔が朱に染まるシルヴィア。
目の間に居る麗しい人が自分を可愛いと、誰にも見せたくないと言っている。
夢でも見ているのでは無いかと思ってしまう。

そんなシルヴィアの心を知ってか、レイフォードがシルヴィアの髪を一房手に取る。
シルヴィアの髪を堪能する様に、自分の指に巻き付ける。

「出来るなら、」

言葉を切って、レイフォードがシルヴィアを見つめながら言う。

「出来るのなら、君をこの屋敷、いや、俺の部屋に閉じ込めておきたい。
誰の目にも触れないように。」

「な、なにを・・・・。」

ご冗談を、と言おうとしたが、飲み込まれた。
レイフォードの瞳が冗談では無いと語っていたからだ。

(ああ、まただわ。)

背筋がざわつく感覚。
レイフォードを嫌悪している筈が無いのに、肌が粟立つ。

シルヴィアが今まで気が付かなかっただけで、レイフォードはずっとシルヴィアをこうして見ていた。

自分に好意を向けられていると認識して、初めてシルヴィアもレイフォードが自分へ向ける視線が、何か含まれていると感じ取る事が出来るようになった。

ただ、その視線に対して総毛立つのは何故なのか。
首の後ろ。二の腕。背中。脇腹。
そして、総毛立つとはまた別に胸の辺りが疼く感覚。

何も答えられず、自分の感覚に混乱する。

一体何なのだろうこの感覚は。
誰か、誰か。
ソニア・・・。

彼女の名前が浮かぶ。
だが、今彼女に助けを呼ぶ事はまずい気がした。

どうしたらいいか分からない。
叫び逃げ出したいのに、体が縫い付けられた様に動かない。

口だけが何かを発せようとはくはくと動く。

レイフォードは穏やかに微笑み、シルヴィアの髪から手を離す。

「しないよ。」

「え?」

「そんな事をされたら、シルヴィアは嫌だろう?
それにシルヴィアの事を好きな者達に恨まれかねない。」

「そ、そう、ですね・・・。
レイフォード様ともっと色々な場所にお出掛けしたいですし、皆さんともお話ししたいです。」

「そうだな。俺もシルヴィアと出掛けたい。
取り敢えずは明日だな。
それから、シルヴィアの実家だ。」

「はい。」

いつものレイフォードに戻ったのに安堵する。
だが、あの感覚が余韻として残っている。

(私はどうしてしまったの?
何回も寒気を感じたの?だけどお部屋の中だもの、寒くなんか無かったわ。
でも、どうして、あんなにゾクゾクとしたのかしら。
分からないわ・・・。ソニアなら、・・・・あああああ!!!)

突然、顔が真っ赤に染まり上がり、シルヴィアが顔を手で覆いだす。
レイフォードは驚き、シルヴィアの肩に触れる。

「シルヴィア!?どうした?いきなりどうした?」

「み、皆が居る前で・・・、わた、私・・・、ああああ!!」

どうやら人前である事を忘れていたシルヴィアが状況を把握し、居たたまれなくなったようだ。
ふっと苦笑を浮かべて、シルヴィアの頭を撫でる。

「シルヴィア。大丈夫だ。」

「大丈夫?」

レイフォードの声にゆるゆると顔を上げる。

「食事を運び終えた後に、他の者達を下がらせた。だから今この部屋には俺とシルヴィア、二人だけだ。」

「ふ、二人?」

シルヴィアは周りを見渡す。
レイフォードの言う通り、本当に誰も居ない。

「私、全然気が付きませんでした・・・。」

緊張で周りが全く見えていなかった。

「ふふ。二人だけなら大丈夫だろう?」

「え、ええ?大丈夫・・・なのでしょうか?」

「ははは、何故聞き返す。」

「あ、よく、分からなくて。」

「ふ。まぁ、いい。今日はこの位で、明日も沢山触れ合うとしよう。」

悪戯っぽく笑うレイフォード。
明日もこんな事を?
愕然とするシルヴィア。

「お、お手柔らかにお願いします・・・。」

そう答えるだけで精一杯だった。







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