げに美しきその心

コロンパン

文字の大きさ
102 / 105
8章

少しずつ麻痺していく感覚

しおりを挟む
街へ着く。

「ああ、しまったな。」

レイフォードが漏らす。

「どうされました?」

シルヴィアがレイフォードに問う。
レイフォードは自分に問い掛けるシルヴィアを指の隙間から盗み見る。

(こんな顔のままのシルヴィアを外に出したくない。)

先程の事でシルヴィアの頬は仄かに赤く、瞳はまだ潤んだまま。
首を傾げるその仕草も愛らしく、他の男に見せたくない、独占欲が増す。

「レイフォード様?」

「ああ、大丈夫だ。今日は本当に花屋とパン屋だけで良かったのか?」

「はい!」

元気よく返事をするシルヴィア。
頬の赤味が漸く引いてきたのを確認し、レイフォードはシルヴィアの手を取る。

「では、行こうか。」

「はい!」

シルヴィアは嬉しそうに笑顔を見せる。





街を二人で歩く。
シルヴィアは嬉しくて仕方が無い。
前も来たのだが、前と違うのはレイフォードと心を通わせて歩いているという事。
全身から喜びが溢れ出るシルヴィアに、街を歩く人々、誰もが振り返り、彼女を見る。

レイフォードは複雑な思いを抱く。
自分に向けるシルヴィアの笑顔は嬉しいのだが、それを周囲にも惜しげもなく見せている。
皆一様に、口を開け、顔が蒸気している。
見惚れているのだ。

それはそうだろう。
彼女の笑顔はそうさせるだけの魅力がある。

「ふふふ。レイフォード様とまたお出掛け出来るなんてまるで夢のようです。」

空いている方の手を口に当てシルヴィアは笑みを零す。
レイフォードは握るシルヴィアの手を、少しだけ引き寄せる。
手を離し、シルヴィアの腰に手を回す。

「これから沢山出掛けるのだろう?」

「う、はい。そうですね。」

密着した身体が熱く感じられた。
シルヴィアは先程の馬車での出来事を思い出し、顔が茹だる様に熱くなる。

「はぁ、もうシルヴィアのそんな顔を誰にも見せたくなかったのだがな。」

シルヴィアの耳元で熱っぽく囁く。
シルヴィアはまたぞわぞわと体が総毛立つ。

「あ、あの。」

身を捩るシルヴィアに少しの悪戯心が芽生える。
更にクッと体を自分の元に引き寄せる。
先程より甘さを含んだ声でシルヴィアの耳に息を吹きかける様に囁く。

「そんなに可愛い顔をされたら、我慢出来なくなる。」

「ひっ・・・。」

ふるりと震え、反射的に息を吹きかけられた耳を自分の手で隠す。
レイフォードを見ると何故か笑っている。

(揶揄われた!?)

愕然とした瞳をレイフォードに向け、シルヴィアは唇を震わせながら言葉を零す。

「レ、レイフォード様?ご冗談ですよね?」

「俺は至って真面目だが?」

こんな公共の場でレイフォードがそんな事を言うなんて信じられない。
耳を隠したまま、何を言えば良いの分からずに、ただジッとレイフォードを見るだけ。

苦笑し、レイフォードはシルヴィアの頭を撫でる。

「シルヴィアの中の俺は一体どうなっているのだろうな?」

「レイフォード様はとてもお優しいです。
私の様な変な女を妻として認めて下さる素晴らしい方です!」

シルヴィアは当然の様に胸を張って主張する。

レイフォードは長く息を吐く。
シルヴィアに理解してもらうには、何回も何回も何回も伝えなければならないのだろう。

「素晴らしいのは君の方だ。こんな俺を受け入れてくれるのは。
俺は、シルヴィアが自分の妻だと誇りに思う。
というか皆に触れ回りたいよ。
君を慕う人間が多すぎて、君を奪われないか心配で仕方が無い。」

またシルヴィアの手を取り、薬指に口付ける。
シルヴィアは顔の赤味が全く引く事が出来ない。
レイフォードがずっと自分をときめかせる言葉、所作で翻弄する。

「レイフォード様・・・、あの、私、そんな事にはならないと思うのですが・・・。」

「そんな事になる。今だってほら、街の者達を見て分かるだろう?
皆君に見惚れている。君の美しさ、可憐さ、清楚な姿に。
俺もその中の1人だ。」

「そ、そうなのでしょうか?」

シルヴィアは周りを見渡す。
シルヴィアに見惚れていた街の人間達は顔を赤くさせて、サッと顔をシルヴィアから逸らす。

シルヴィアはすっかり勘違いをする。

「レイフォード様・・・。私、やっぱり皆さんに良く思われていませんわ。
皆さん、私と目を合わせて下さいませんもの。」

「そ、そういう解釈をするのか!?」

「え?」

驚きで目を見開くレイフォードにシルヴィアは何を?と首を傾げる。

「ああ!!もうっ、何て可愛い事をするのだ!」

顔を覆いながら、天を仰ぐ。
そして頬を赤くさせてシルヴィアの両肩を掴む。

シルヴィアは自分の両肩を掴むレイフォードの手を交互に見る。

「街の者達が目を逸らすのは、シルヴィアが可愛くて目を合わせる事が出来ないからだ。
良く思われていないなんて絶対に無い!!」

「え?そ、うなんですの?」

「そうだ!!」

レイフォードが必死に言い募る。
シルヴィアはレイフォードの真剣な表情が嘘を付いていないと感じる。
嘘で無いのなら、街の皆は自分の事を悪くは思っていないという事になる。
それならば、

「凄く・・・嬉しいです。」

大輪の花が咲いたような笑顔。
ボッとレイフォードの顔が赤くなる。

「そ、そうか!」


この様子を見ている街の人間達は小声で囁き合う。

(レイフォード様が、女性にあんな顔を見せるなんて。)

(あぁ、俺は初めて見た。)

(やはり噂は本当だったのか。)

(((レイフォード様はシルヴィア様を溺愛している。)))

何処からか舞い込んできたその噂。
この街にいつも違う女性を連れ歩くレイフォードは、女性に対してシルヴィアに向ける情熱的な瞳を向けた事は無い。
女性がレイフォードの腕に絡み付いても、何の感情も持たずただ歩き、酒場へと消える。
今この場でシルヴィアの笑顔に頬を赤くさせ、蕩ける様な表情を見せるレイフォードはまるで別人の様だ。

自分の病を献身的に看護してくれた妻にレイフォードは心を奪われたのだろう。
そうではなくても、時折街へ来るシルヴィアを見かけている街の人間達は、
彼女には人を惹き付ける何かがあると気付いていた。

この何かにレイフォードを変えたのか。
少なくとも以前の退廃的なレイフォードより断然良い。

シルヴィアは微笑みを浮かべたまま話す。

「私、此処へ来て本当に良かったです。」

「シ、シルヴィア!!」

抱き締めたい衝動に駆られるが、ここでそれをしてしまえば、確実にシルヴィアが嫌がる。
レイフォードは必死に耐える。

「俺もシルヴィアが来てくれて本当に良かったと思っている。」

「レイフォード様!!」

ブワッと瞳に涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになる。
レイフォードはハンカチを取り出し、シルヴィアの瞳に溜まる涙の雫を拭う。
本当は自分の唇で吸い取りたかったが。

「はっ、レ、レイフォード様、ごめんなさい!!ハンカチを駄目にしてしまって。」

「気にしないでくれ。こういう時の為のハンカチだろう?
・・・・そう言えば。」

レイフォードは思い出す。

「シルヴィアは屋敷の者達にハンカチを渡したと聞いたのだが。」

シルヴィアは頷く。

「はい!!仲良くなりたい人に渡して良いと、ミシェが施してくれた刺繍入りのハンカチです!!」

(仲良くなりたい・・・。)

頬が引き攣る。

「俺、には?」

「え?」

「俺にはくれないのか?」

切羽詰まった声でレイフォードに懇願する。
屋敷の人間が全員所持しているシルヴィアのハンカチ。
自分だけが持っていない。

自分がシルヴィアを遠ざけ、屋敷にも寄り付かなかったのが原因なのは自覚している。
だが、シルヴィアが仲良くなりたいと渡しているハンカチを自分だけが持っていないのだ。

シルヴィアが自分を慕っている事は分かる。
だが、そうであるという証が欲しい。

シルヴィアを見つめる。
シルヴィアは固まっている。

(何故だ、何故だ!?何故、即答してくれないのだ、シルヴィア!!)

シルヴィアは言いにくそうなのか、まだ声を発しない。
少し俯いたまま。

焦るレイフォード。

(まさか、まだ俺にはまだそれを貰う資格が無いのか・・・?)

火照る頬が段々冷えていく感覚。

「あ、あの・・・。」

シルヴィアがポツリと呟く。
急かしてはいけない。
シルヴィアが話し終えるまで、辛抱強く待つ。

ハンカチは・・・お渡しする事は出来ないのです。」

「え・・・?」

本人からの拒絶。
レイフォードは最早、言葉が出て来ない。
シルヴィアは慌てる。

「あ!あの、違うのです!!ハンカチをお渡しする事が出来ない訳では無いのです!!」

目をきょろきょろさせて、必死に弁明するシルヴィア。

「あ、あれは、妹のミシェが刺繍をしてくれたハンカチなのです。」

少しずつ言葉を紡ぐシルヴィア。

「私、今・・・・、その・・・、自分で刺繍を施したハンカチを作っているのです。」

レイフォードはシルヴィアの言葉を一言も聞き漏らさないように集中する。
ドクドクと自分の心臓が鼓動する音さえも邪魔だ。
だが、その鼓動は大きくなるばかり。

「レイフォード様には、私の作ったハンカチを・・・お渡ししたいのです。
だから、だから、もう少し待って頂けますか?」

そう言いながら、シルヴィアは俯いていた顔を上げ、レイフォードを見る。

「あ、ああ。」

予想を超えたシルヴィアの返答にレイフォードは短く応える事しか出来なかった。
それをまた勘違いしてしまうのが、シルヴィアである。

瞳がサッと青く染まっていく。

「ご、ご迷惑なら・・・。」

それをいち早く察知し、シルヴィアが言い切るまでにレイフォードはシルヴィアの手を握る。

「俺はくれないのかと聞いたのに、迷惑に思う筈が無い!!
待っている。出来上がるまで待つから、シルヴィアの作ったハンカチ、俺が一番に貰いたい!!!」


少しの間の後、シルヴィアは破顔する。
まともにシルヴィアの笑顔を直視したレイフォードが今度は固まる。

「はい!!必ず!!」

内心身悶えるレイフォードには気付く事が無いシルヴィアは、極上の笑顔をレイフォードに向け続ける。



ここは往来の街の中。
シルヴィアがそれに気付くのは暫く経った後だった。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

処理中です...