薬師と悪魔と

nano ひにゃ

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第一章

9 試してみれば

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「アオ、ちょっと来い」

 部屋を占拠しているといっても過言では巨大なダイニングテーブルを外に出しアオを呼び出した。もちろんクロも付いてくる。

「なに? なに?」
「お前少しでいいから力の使い方を覚えろ」
「え?」
「そうすればクロは少しは楽になる」
「ホント! アオやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に、ただの暇つぶし」

 クロは何か酷く不味いものを食べたかのように渋い顔をしてカジュを見ていたが、そんなもの柳に風と受け流した。

「カジュ、何したらいーい?」

 アオは全身でうきうきをした雰囲気を出し、ピョンピョンと跳ねている。

「今は俺が薬で抑制掛けてるから、ちょっと力使ってみろ」
「どうしたらいいか分かんない」
「……クロ、お前甘やかし過ぎじゃないのか?」
「アオに力を使わすことなどない」
「だからあんなにフェロモンだだ漏れなんだろー」
「うぅーアオ駄目?」
「あー、じゃあちょっとクロのこと考えろ」
「ん?」

 小首をかしげるアオの仕草にクロはすでにメロメロだ。

「クロ……これくらいで欲情するな」
「仕方がない、お前こそ平気なのか?」
「可愛いくらいは思うけど、それだけ」
「カジュ、クロのこと考えたよ」
「そうした、ちょっとクロのこと思い通りにしたいって考えるんだ」
「何でもいいの?」
「いいぞ、できるだけ具体的に」
「うーん」
「そのまま集中してろよ。クロ、あてられるとマズイからこっち来い」
「平気だ」
「いいからこっち来い、怪我されたら面倒だ」
「クロに怪我させちゃうの?」
「大丈夫、こっちのことは気にしなくていいから、お前は集中してろ。アオの気が散るから早くこっちに来い」

 クロはしぶしぶ横に立つと、カジュはアオの周りにドーム状のシールドを張った。

「おい、何故アオを囲むんだ」
「森のやつらに影響あると後で煩いからな、でもアオの力次第じゃこのシールドでも保てないかもしれない、万一シールドが弾けたら防御壁張るから俺のそば離れるなよ。アイツはお前のこと考えて力放出させようとしてるんだから、一番危ないのはお前。分かるな」
「アオは平気なのか?」
「ここの空間なら無茶してもちょっと疲れて眠るくらいだろ、それよりアイツがお前に何をさせるつもりか分からないからな」

 アオはしばらくシールドの中でぼーっと立っているだけだったが、何かを思いついたのか嬉しくて仕方ないというか、幸せすぎて逆上せてるんではないかというほど蕩ける様な笑顔になった。
 気が付くとカジュの横にいるクロは音も無くすっかり身なりが変わっていた。着ている服はオーダーで仕立てたような黒い燕尾服だ。嫌味のない光沢感に、洗練されたデザイン、襟元には小ぶりだが宝石の散りばめられたラペルピンが煌いている。
 いつも無造作な髪がキッチリと整えられ前髪も不自然になり過ぎない程度に上げられている。おかげでいつも見えづらい瞳がよく見える。
 あまりのことにクロは瞳孔が開き、まばたきもしない、真紅の瞳が驚きを通り越して放心していることをしめしていた。
 カジュも同じ状態になっていたが、自身には何も起こらなかった事で回復が早かった。

「っぶゎあははははははは」

 クロを指差し、腹を抱えるカジュはしばらくそのまま笑い続ける。
 さすがにそのカジュの様で我に返ったクロはカジュに怒りをぶつけるべきか、アオに理由を尋ねるべきか迷ってしまった。
 クロをそんな姿に変えた本人は声もなく見惚れている。

「なんで俺をこんな姿にした?」

 あまりの惚けぶりにカジュを二の次にまわすことにしたクロは率直に尋ねた。するとアオは目を輝かせながら熱のこもった声でクロに近づいてきた。
 いまだ二人の間にはカジュの作ったシールドの壁があるがアオの目にはまったく見えていないようで躊躇いがない。

「おい、この壁は触れても害はないのか!」

 笑い続けるカジュに怒鳴ったが、笑いは収まらないようでクロを見ようともしない。じれたクロがカジュに掴みかかろうとした時、アオはそのできの悪い窓ガラスのようなわずかに視界をゆがめる壁に手を伸ばした。
 クロの制止は間に合わなかった。
 大きな破裂音。
 一体に何か塵のようなものが舞った。

「リリーッ!!」

 アオが触れた瞬間に壊れた壁の向こう、塵でかすむ中の人型に飛びつくように駆け寄ったクロはアオの全身をくまなく異変がないか確認した。
 大方の塵が床に降り積もり、クロがアオにかすり傷の一つもないと確認し終えた頃、誰の手も借りず家中の窓が開いた。瞬間、突風が部屋を吹きぬけていった。
 しかし部屋のものは何一つ乱れていない。

「今の埃みたいなのがアオの魔力を具現化したようなものだ、部屋中に霧散してたとこみると簡易のシールドくらいじゃアオの力は抑えられないってことだな」

 カジュは首をまわしたり少し疲れたような仕草をして、ひとつ大きな伸びをすると外からダイニングテーブルとイスを魔力でもって元に戻し席に付いた。そして二人にも座るようにとテーブルをコツコツと指で叩く。
 カジュが使った魔術は悪魔の二人には驚くこともないものだったのだが、これまでの生活のなかでカジュがこれほどはっきり魔術だと分かるものをしかも幾つも使ったことがなかったので、改めて目の当たりにした二人はカジュが魔道士であったことを思い知っていた。
 大掛かりな魔術ではない。けれど呪文一つ唱えていない、魔法陣もどこにも記していなかった。
 だからこそ二人は無意識にカジュを警戒せざるを得ない。なぜなら魔道士は悪魔の敵だ。今までだってそれは分かっていたつもりだった、だがカジュがあまりにもそれを感じさせないので感覚が鈍っていた。
 無暗唱で目に見える陣もなく魔術を使える魔道士はそれなりに力がある証明だ。それは十分脅威になり得ると示されたも同然だった。
 でも座れと示された席に二人は腰を下ろした。

「アオは夢魔だ、しかもそれを夢の中だけでなく幻影として見せることもできる。もちろん淫魔でもあるから他者からの精気は必要だが直接触れずとも精気を吸えるって事だ」

 何事もなかったように話し出すカジュに戸惑いながらも、その内容にも驚くべきことだらけでクロはまだしもアオにいたっては泣き出しそうに混乱していた。
 そんなアオを気にしながらもクロはなんとかカジュの話を理解しようとした。

「どういうことだ」
「対象者に淫らな夢を見せるだけで良いってことだ、現実でも夢でもアオが相手になる必要もない」
「それはつまりどういうことだ」
「アオはもともと人に淫らな夢を見せて糧を得る種族みたいだ、ただその能力を使いこなせてないみたいだけどな」
「夢魔ならばなぜ俺との交わりを必要とする?」
「それは夢魔の能力を使いこなせてないのが大きいが、それ以前にアオが強力な力を有する悪魔であるからその力を補おうとすると直接的な方が効率が良かったんだろう。あとお前が相手だったってのも大きいかもしれないな。お前自身も力は強大だ。だからアオの中に隠れていた本能的な欲求が呼び覚まされて今のアオになったんだ」

 カジュの顔とクロの顔を交互にみているアオは自分の話をされているのさえ分からなくなりそうだった。それでも内容を掴もうとアオなりに必死だった。

「夢魔……」
「そう」

 カジュが軽く言うとクロは少し考えるように黙った。その横で少し不安そうにアオがそれを見つめている。
 その沈黙の間にカジュはお茶を入れ始めた。

「そんなことあるのか?」
「淫魔であり、夢魔であるってことか? 2つの属性を持つってことはそんなに多くないが、とてつもなく珍しいってこともない。それに淫魔と夢魔は根本は一緒ってところもあるし、融合しやすい属性でもある」
「そうか、そうだな」

 クロはもともと知識が深く広い。生まれた時からそうだった。けれど、幾分の動揺がそれを曇らしカジュに説明されそうだったと思い出した。
 知っていながら分からなかった。一緒にいながら、いや、一緒にいたからこそ、存在が近すぎたからこそ気づけなかった。
 わずかに嘲る様な表情でどことはなく見つめているクロ。しかしそれはカジュに対しての感情ではなく自分自身に向けられているものだった。

「こいつを今の状態にしたのは俺か、自覚はあったが。……だがなぜ今ので夢魔だと分かった?」
「簡単なことだ、アオがお前に何をしたか。ものすごく簡略的に言うと催眠術のような感じでお前の服が変わったように思い込まされていただけ。だから今は元に戻っている」

 クロも気がつかなかったが、確かに服はもと着ていたものになっている。

「いつ戻った?」
「アオが話のほうに意識を向けた頃かな。通常夢魔はそれを眠っている間に見せる。その方が効率的だからな。だがアオは白昼夢のように起きている者にもそれができる。さらに言えば、アオが力を使う相手に能力があれば現実にすることも可能だ。催眠のような効果があるからな、相手の無意識に力を使わせられるってことだ」
「それほどか」

 クロが驚く中横を見ると、目があったアオが目をこすりながらにこーと笑う。
 分かってないなと思いつつ、カジュは話を続ける。

「それを可能にしているのが、さっきの塵だ」
「あれが何の意味がある?」
「さっき見せた塵はすべてアオのエネルギーだと言っただろう、それで他者に幻覚のようなものを見せているんだ。そしてたぶんあれがフェロモンとしても影響を与えているんだ。だからいろいろ寄ってくるし、アオのエネルギーはすぐ枯渇するからお前から奪う分も大きくなる」
「つまりアオが力をコントロールできれば状況は改善すると言いたいのか?」
「そこまで安直な問題ではないだろ、それでも何もしないよりマシになるんじゃないか」
「すぐに使いこなせるようになるのか?」
「さすがに訓練は必要だ、俺が習得するきっかけぐらいは教えてやるからあとはクロがやってやれ」

 アオとのこれからのことが少しでも好転するならばクロが躊躇うはずがなかった。

「分かった」

 二人ともその日からと言いたいところだったが、気が付けばアオは寝てしまっていた。さっき力を使いすぎたせいで案の定意識を保つことは難しかったようだ。
 クロによって寝室に運ばれた後、カジュは回復を早めるための術を施した。
 そのおかげなのか翌朝にはアオはいつも通りの元気さでカジュに絡んできた。
 カジュもいつものようにあしらったが前日クロに言ったように訓練をはちゃんと考えており、昼過ぎにはアオをダイニングテーブルに着席させた。

「どうやるの?」

 それは実に簡単のものでテーブルの上に立てたローソクに火を点けるというものだった。

「ただ火がつくのをイメージしてローソクの先を見つめればいい」

 当然アオに付いているクロは首を捻った。

「こいつは炎の属性あるのか?」
「いや、それがあるのはお前のほうだ」
「それなら火など点けられないだろう」
「言っただろ、アオはやろうと思えば、俺やお前に術を使わせることができるんだって。あとお前今までこいつに見せたことがあるだろう。何もないところから炎を出現させるところ。だからイメージしやすいだろうと思ってな。あくまで大事なのは考えたことを実現させるってところだ。本当に火が点けばラッキーて感じで、燃えてるように見せるだけで十分だ」

 それからアオはただひたすらローソクを見続ける日が続いた。その横でカジュは仕事をしていたがアオの傍を離れるようなことはなく、また薬を作るための術も一切使わなかった。
 クロは逆に昼間は家に近寄らないように過ごしていた。カジュに言われずとも薬草を取りに行ったり薪を作ったりとカジュができない外での仕事を率先してこなした。
 それらの行動はやはりどれもこれもアオのためで、アオもそれは分かっていた。だからこそ時間の経過とともに焦りが募る。
 心が幾ら急いても火は点かない。焦れば焦るほど何も起こらなかった。


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