雨のバンドネオン

雨実 和兎

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〈真人間の決断〉2

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職員は冷静に対応しようとするが「ええから謝れ!」と今にも飛び掛かりそうな虎太郎の怒りは、全く治まりそうにない。

「ちょっと‥‥、虎君どうしたの?」

虎太郎がつかみ掛かろうと伸ばした手を千夏が押さえると「いいから、どいとけ」と虎太郎は強引に振りほどき、千夏は悲鳴と同時に倒れ込む。

「‥‥ス、スマン‥‥、喧嘩は嫌いやったな‥‥」

我に返り虎太郎が手を差し延べると「ちゃんと仲直りしたら許してあげる」と安心した様子の千夏は、笑顔で手を握り返し立ち上がる。

完全に誤解が解けた訳では無いが、仕方なさそうに謝る虎太郎を見兼ね職員が渋々仕事に戻ると「喧嘩は駄目だよ~」と一足遅く駆け付けた秋人のマヌケな一言で、二人は思わず吹き出した。

「遅いわ!今頃何しに来てん?」

すっかり怒りも冷め、呆れ口調で笑う虎太郎に「‥‥アレッ?喧嘩は中止‥‥?も~う心臓が止まるかと思ったよ~」と秋人は弱々しくその場に倒れ込む。

「大袈裟な奴やな~!」

何事も無かったかのように虎太郎は笑い飛ばすが、まだ気掛かりなのか視線は職員を追っている。

「スマンかったな、また邪魔するとアカンから練習行くわ」

千夏に一言告げた虎太郎は、秋人を連れ早々とリハビリ室から退室したが「俺は馬鹿やわ‥‥」と落ち込み歩き始めて数分も経たないのに、立ち止まり天井を見上げている。

「笑ってたし気にする事無いよ~!」

慰める秋人を虎太郎は睨みつけ「ア゛~!やってもた!アイツのせいや」と周りも気にせず壁を叩く。

「駄目だよ~!みんな見てるよ~」

キョロキョロと秋人は患者達の人目を警戒するが、虎太郎の一睨みで視線どころか人気すら無くなってしまう。

「俺は解った‥‥、認めるわ‥‥」

一人で納得する虎太郎を秋人は不思議そうに眺めるが、虎太郎は解るように説明しようとはしない。

「えっ?どういう事?全然解らないよ~?」

「好きや!俺は好きになってる!」

まるで告白のような紛らわしい虎太郎の発言に、勘違い甚だしく秋人は返答に詰まる。

「アホか!お前ちゃうわ!」

誤解に気付いた虎太郎は、飽きれ口調で今にも殴りだしそうだが「も~う!ビックリしたよ~!」と弱々しく壁にもたれる秋人は、笑顔で安心している。

「あっ‥‥、そうか!千夏ちゃんだ!」

思い出したように秋人は手を叩くが、飽きれきった虎太郎は返事もせずに歩きだす。

「ちょっと待ってよ~!」

慌てて秋人は追いかけるが、虎太郎は振り返りもしない。

屋上に着いた二人の目的は練習だったが、上の空な虎太郎は黙ったまま雲を眺めていた。

 詳しく聞き出したそうに秋人はチラチラと顔色を窺うが、虎太郎は微塵も気にしていない。

「もしかして‥‥、告白するとか‥‥?」

恐る恐る尋ねる秋人に「アホかっ!そんな簡単ちゃうわ!」と床を叩きながら虎太郎は睨みを効かす。

「でも‥‥仲良さそうに話してたし、きっと大丈夫だよ~!」

「仲良さそうに話してたんは、あのセクハラ野郎や!」

殴れなかったのを思い出したせいか、再び床を殴る虎太郎の力に加減は無い。

「それに‥‥、さっきケンカしかけたから嫌われたかも知れんしな‥‥」

片手で頭を抱えた虎太郎は、再び現実逃避的に空を眺める。

「そんなに悩むならケンカしなければ良いんだよ~」

「アホか!男には避けられない戦いが有るんや!それに最近肉食草食って言うやろ、俺位肉食な奴もおらんからな」

「ソレ絶対意味違うよ~」

吹き出す秋人を一睨みで黙らせた虎太郎は、自分の間違いをごまかすようにギターを取り上げ掻き鳴らす。

練習というよりはストレス解消方的な弾き方を続ける虎太郎に「駄目だよ~、優しく弾かないと弦が切れるよ~」と宥める秋人はギターを取り返そうとするが、虎太郎は当然返そうとはしない。

そんなやり取りも面倒臭くなったのか、雑にギターを置いた虎太郎はタバコに火を着ける。

「も~う、コレ結構高いんだよ~」

やっと取り返したギターを秋人は愛しそうに抱き抱えるが、虎太郎は見向きもしない。

「決めた!俺は決めたぞ!」

数分後タバコの火を消し突然宣言する虎太郎に「えっ‥‥?何を?」と良い予感がしないのか、秋人は過剰な反応を返す。

「俺は真人間になる!」

ついさっき床を殴っていたとは思えないような虎太郎の発言に「え~?無理だと思うよ‥‥」と秋人はギターを守りながら恐る恐る否定する。

「何が無理や!シバくぞ!」

どこまでが本気なのか解らないせいか、秋人は返事も返せずにいるが「そうと決まれば先ずは腹ごしらえや!」と立ち上がる虎太郎の決心は固い。

その決心の固さが虎太郎の気持ちを表すものなら、逸れは間違いなく本気で大人の仲間入りする一歩だった。
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