雨のバンドネオン

雨実 和兎

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〈覚悟〉1

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「このギターなんぼやった?」

夕方いつものように二人は病院の屋上で作曲に励んでいたが、突然ギターを弾く手を止めた虎太郎が尋ねる。

「そんなに高くなかったよ~、中古で2万位だったかな~」

如何にもボンボンらしい秋人の口振りが癇に障ったのか、タバコに火を着けた虎太郎は「お前が2万やったら俺は20万やな」と妙な対抗心を燃やす。

「ギター買うの~?貸すから大丈夫だよ~」

「阿呆か俺の覚悟見せたるわ!」

「別に気にしなくても良いのに~」

金額が金額なだけに秋人は心配そうに呟くが「2万かどうりで俺に合わへんと思うたんや、音が弱い!」と虎太郎は借りてる立場もわきまえず、暴言を吐いている。

「20万って無茶だよ~、そんな気にしなくて大丈夫だよ、全然音も弱くないし~」

虎太郎の宣言を真に受けていないのか、秋人は愛想笑いを返すが「弱いな!お前と一緒や!覚悟が足りん」と虎太郎は不敵な笑みを浮かべていた。



 次の日、珍しく朝に起きた虎太郎が向かった先は面接会場。

前日不敵な笑みを浮かべていた理由がコレだった。

整然と机・椅子が並べられた待合室には、すでに数人の面接者が緊張した面持ちで待ち構えている。

対戦相手を見定めるように虎太郎は室内を見渡すが、戦闘着であるスーツを着ていないのは虎太郎だけだった。

「オイ!何か緊張するな!」

席に着いた虎太郎は親しげに話し掛けるが、隣りに座っていた面接者は緊張のせいか頷く事しか出来ない。

仕方ないなと言わんばかりに黙る虎太郎は、つまらなさそうに壁を見つめている。

「次の方どうぞ」

呼び掛けごとに面接の順番は近づいているが、気にもならないのか虎太郎だけは微動だにしない。

数十分後同じように呼び掛けられた虎太郎は「失礼します」と意外にも礼儀正しい口調で入室したが、溢れる威圧感が台なしにしていた。

 あまりにも解りやすい虎太郎の見た目に面接管は一瞬たじろいでいたが「どうぞ御掛け下さい」と何とか体裁を保つ。

「それでは先ず履歴書を拝見させて頂きます」

どっしりと椅子に腰掛けた虎太郎は、モゾモゾとズボンのポケットから履歴書を取り出し手渡す。

袋にも入れず所々折れ曲がっていた履歴書を開いた面接管は、何を言うでもなく静かに内容を見極める。

「それではいくつか質問させて頂きます、御自身の長所と短所をお教え下さい」

「長所は負けん気の強い所で短所は短気な所です」

虎太郎は真剣な表情で答えるが、あまりにも見た目どうりな回答に面接管には笑みがこぼれる。

当社を志望した理由は何故ですか?」

笑ってしまった事を取り繕うように面接管は質問を続けるが、虎太郎の視線は鋭くなっていく。

「‥‥偶然です」

「そうですか、それでは貴方にとって仕事とは何ですか?」

「お金ですね!」

辛うじて返答を続ける虎太郎の口調は刺々しく、変容した室内の空気は重くのしかかっている。

察した面接管は早々に質問を切り上げ、後日当然のように虎太郎は落選した。



「何が、君‥‥接客業だって解っている?や!見る目が無いわ!」

「やっぱり髪型が駄目なんだと思うよ~」

「阿呆か!髪型と仕事は関係無いやろ!」

数日後いつものように屋上でのギター練習に来た虎太郎は、苛立ちからかギターに触れようともしない。

「そう言えば、あれからメンバー募集の電話有った?」

話しを逸らそうと秋人は話題を変えるが「電話は何回か有ったけど良い奴はおらん!覚悟が足らん」と不機嫌なままの虎太郎は舌打ちを返す。

「大丈夫だよ~、そのうちどっちも見つかるよ~」

秋人は気休めを口にするが、気の治まらない虎太郎はリズミカルな舌打ちを続け。

次第に話し掛けづらくなった秋人は眠たそうに「髪切ったら普通に受かると思うけどな~、でもポリシーも大事だし・・・」とブツブツ独り言で間を潰している。

「ウ゛ォオ゛~!!」

突然立ち上がる虎太郎の雄叫びに驚き、秋人は眠気も忘れる程に目を見開く。

「返信や!返信来た!」

身震いするくらい動揺を隠せない虎太郎に「変身・・・?」と聞き直す秋人は妙なポーズで顔色を窺う。

「シバくぞ!メールの話しや」

暴言とは裏腹に、喜び溢れる虎太郎の表情は明るい。

「もしかして千夏ちゃん?何って?」

遠慮無い秋人の質問に「オウ、お褒めの言葉や」と笑顔を返す虎太郎は詳しく説明はしなかったが、バイト探しの件なのは間違いなく。

次の日から一層面接に奮闘する虎太郎に、女神が微笑むのは数日後だった。



この日の面接先は大きな中華料理店のバイト。

大柄で強面な風貌の雇われ店長が手で着席を促し、虎太郎は静かに椅子に腰掛ける。

「いまどき珍しく気合いの入った髪型やな~」

悪気無さそうに笑い掛ける店長は、虎太郎相手でも全く動揺していない。

「これが俺のポリシーなんで!」

いつになく好印象な会話のやり取りに、笑顔を返す虎太郎にも壁が無い。

「最近は個性も元気も無い奴が多いからな~、まあ働いてもらう事になったら帽子は被ってもらわなあかんけどな」

懐かしむ様に虎太郎を見つめる店長は、今にも自分の伝説を語りだしそうだった。

「接客業は初めてみたいやけど問題無いか?」

「大丈夫です!人見知りとかしないんで!」

「熱いのは平気か?、厨房は毎日サウナやぞ!」

「大丈夫です!熱い男なんで!」

決して礼儀正しくは無い虎太郎の返答だが、店長は気にする様子も無く満足げに頷く。

「いつから来れる?」

まるで試されているのかと疑いたくなるような一言に「えっ‥‥?」とさすがに予想外だったのか、虎太郎は珍しく返答に躓くが。

「いつからでも大丈夫です!!」

ガラスを揺らしそうな程、張り上げた声が店内に響く。

「じゃあ明日から来てもらおうかな!」

悪戯に笑い掛ける店長に虎太郎は勢い良く頭を下げ、

店内にはさっきよりも大きな感謝の声が響いていた。
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