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婚約破棄劇場
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「エルナ・ラファ・フラウライト、貴殿とは婚約破棄だ!」
ラウル王国第一王子、ラズライーチ・フォン・ラウルがざわめく観衆の中、声高らかに宣言する。
力強い緑色の目でエルナを睨みつけながら、その腕にしがみついている存在の白絹の頭を大切そうに撫でる。
それに対して、いつの間にか引いてしまった人波のせいで前に出る形となった、金髪赤目のエルナ・ラファ・フラウライトと呼ばれた少女は伏せた目を上げことりと小首を傾げてみせた。
「あら、ラズライーチ王太子殿下においてはご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しいわけがないだろう、婚約破棄と言ったのだぞ!?」
「ですけれど、私ラズライーチ殿下とは婚約しておりませんし」
その言葉に、ラズライーチは眉をひそめ、吐き捨てるように顔を歪めた。
「当然だろう、なぜ私が貴殿と婚約などせねばならんのだ! ……あぁ、ライナ気にしなくていい。エルナ嬢のことは私が責任を持ってなんとかしよう」
かと思うと、腕の存在へと声柔らかに話しかけた。心なしか顔もでれでれである。
「一応お聞きしますが、私のなにがいけないと?」
「女性の身でありながら娼館通いしていて問題がないわけないだろう!?」
問題はずばりそれで。
「貴殿に娼館通いされて傷心している私の可愛い弟のライナが見えないのか!?」
ラズライーチの腕にしがみついて半泣きで背中を丸くしている第五王子、ライナチェカ・フォン・ラウルを手で示した。
そのことに対して、優雅に淡いレースで彩られた扇子であえて口元を隠すと、エルナはにっこりと笑った。
「見えていないわけありませんわ、私の大事な大事な旦那様ですもの。……ただ、そうですわね。私以外に縋り付くのは許せませんが」
「ふん! 嫉妬の魔女め! ライナは貴殿が……待て? 今なんと言った?」
「ラズライーチ殿下はお耳が遠くていらっしゃる?」
「違う、何やらあり得ない単語が」
「ではもう一度。私の大事な大事な旦那様に」
「そこだ! まだ婚約者のはず……!」
ばっとライナチェカを振り返ったラズライーチの目にうつったのは、首まで真っ赤に染め上げて「昨日結婚しました……」と、小声で呟き緑の瞳を潤ませる弟の姿だった。
式は国がかりで行うものの、それより先に結婚……神への誓いだけは済ませてきたということらしい。
今知らされショックを受けているラズライーチの腕に縋り付いているライナチェカにしずしずと近寄り、エルナは。その耳元に囁いた。
「昨日はやりすぎてしまいましたわ、ごめんなさい」
「い、いや。俺がリード出来ないのが、悪く」
「旦那様はなにも悪くなくてよ、ただあまりにも可愛らしくて意地悪してしまったの、許してくださる?」
「う、うん」
「なら旦那様は私と腕を組んでくれなくちゃ嫌よ? お義兄様ばかりずるいわ」
「うん!……あ、いや。もちろんだ!」
ラズライーチの腕を離れ、エルナと腕を組むライナチェカ。丸まっていた背中も白い服に似合うようにしゃんと伸ばす。
しかしここで水を指すのがラズライーチだった。
「結局貴殿の娼館通いについては解決していないが!?」
「野暮なことをおっしゃらないでくださいまし、旦那様との最高の夜のためのスパイスですわ」
「ぐ、ぐぬぅ」
「今後行くかどうかは旦那様次第ですわね」
「え!?」
突然差し向けられた言葉に驚いたが、もう二度と愛する妻を娼館通いなんて呼ばせないように、ライナチェカは奮起するのだった。
「あの方たち、またやっていらっしゃるわねぇ」
「初めて見たときは驚いてしまいましたけれど、こう十何回も起こると流石に……」
「我々が首を突っ込んでもいいことはありませんから。あら、そちらのワイン頂けるかしら」
「どうぞ」
もはや臨場感たっぷりの劇場感覚で見られていることなど、ラズライーチもライナチェカも知らず、エルナだけが苦笑いをその紅唇へと浮かべたのだった。
ラウル王国第一王子、ラズライーチ・フォン・ラウルがざわめく観衆の中、声高らかに宣言する。
力強い緑色の目でエルナを睨みつけながら、その腕にしがみついている存在の白絹の頭を大切そうに撫でる。
それに対して、いつの間にか引いてしまった人波のせいで前に出る形となった、金髪赤目のエルナ・ラファ・フラウライトと呼ばれた少女は伏せた目を上げことりと小首を傾げてみせた。
「あら、ラズライーチ王太子殿下においてはご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しいわけがないだろう、婚約破棄と言ったのだぞ!?」
「ですけれど、私ラズライーチ殿下とは婚約しておりませんし」
その言葉に、ラズライーチは眉をひそめ、吐き捨てるように顔を歪めた。
「当然だろう、なぜ私が貴殿と婚約などせねばならんのだ! ……あぁ、ライナ気にしなくていい。エルナ嬢のことは私が責任を持ってなんとかしよう」
かと思うと、腕の存在へと声柔らかに話しかけた。心なしか顔もでれでれである。
「一応お聞きしますが、私のなにがいけないと?」
「女性の身でありながら娼館通いしていて問題がないわけないだろう!?」
問題はずばりそれで。
「貴殿に娼館通いされて傷心している私の可愛い弟のライナが見えないのか!?」
ラズライーチの腕にしがみついて半泣きで背中を丸くしている第五王子、ライナチェカ・フォン・ラウルを手で示した。
そのことに対して、優雅に淡いレースで彩られた扇子であえて口元を隠すと、エルナはにっこりと笑った。
「見えていないわけありませんわ、私の大事な大事な旦那様ですもの。……ただ、そうですわね。私以外に縋り付くのは許せませんが」
「ふん! 嫉妬の魔女め! ライナは貴殿が……待て? 今なんと言った?」
「ラズライーチ殿下はお耳が遠くていらっしゃる?」
「違う、何やらあり得ない単語が」
「ではもう一度。私の大事な大事な旦那様に」
「そこだ! まだ婚約者のはず……!」
ばっとライナチェカを振り返ったラズライーチの目にうつったのは、首まで真っ赤に染め上げて「昨日結婚しました……」と、小声で呟き緑の瞳を潤ませる弟の姿だった。
式は国がかりで行うものの、それより先に結婚……神への誓いだけは済ませてきたということらしい。
今知らされショックを受けているラズライーチの腕に縋り付いているライナチェカにしずしずと近寄り、エルナは。その耳元に囁いた。
「昨日はやりすぎてしまいましたわ、ごめんなさい」
「い、いや。俺がリード出来ないのが、悪く」
「旦那様はなにも悪くなくてよ、ただあまりにも可愛らしくて意地悪してしまったの、許してくださる?」
「う、うん」
「なら旦那様は私と腕を組んでくれなくちゃ嫌よ? お義兄様ばかりずるいわ」
「うん!……あ、いや。もちろんだ!」
ラズライーチの腕を離れ、エルナと腕を組むライナチェカ。丸まっていた背中も白い服に似合うようにしゃんと伸ばす。
しかしここで水を指すのがラズライーチだった。
「結局貴殿の娼館通いについては解決していないが!?」
「野暮なことをおっしゃらないでくださいまし、旦那様との最高の夜のためのスパイスですわ」
「ぐ、ぐぬぅ」
「今後行くかどうかは旦那様次第ですわね」
「え!?」
突然差し向けられた言葉に驚いたが、もう二度と愛する妻を娼館通いなんて呼ばせないように、ライナチェカは奮起するのだった。
「あの方たち、またやっていらっしゃるわねぇ」
「初めて見たときは驚いてしまいましたけれど、こう十何回も起こると流石に……」
「我々が首を突っ込んでもいいことはありませんから。あら、そちらのワイン頂けるかしら」
「どうぞ」
もはや臨場感たっぷりの劇場感覚で見られていることなど、ラズライーチもライナチェカも知らず、エルナだけが苦笑いをその紅唇へと浮かべたのだった。
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