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「ひん」
小さな笑い声のする馬車が横を通り過ぎてなお、その後ろ姿をじっと見つめていたひんに声をかける。
もともと稚拙な殺気は、溶けるようにもうどこからも感じられなくなっていた。
「お口、かわいい、ね」
素早い動きで身体ごと咲也子を振り返ったひんの口元についていたクッキーの欠片をはらう。道理で馬車に乗っていた子どもたちがこちらを見て笑っていたわけだ。なにごとか、とこちらを見つめる目はくりくりとしてかわいかった。
「結晶塔の迷宮に行こう、よ」
商業ギルドで購入した遊戯迷宮のコンセプトや内部の様子が描かれた地図は繊細で緻密だった。輝きが再現されたようなその絵ですら一種の美術品のようで。実際、各迷宮の地図は商業ギルドの中でも上位にランクインするほどの人気商品であり、コレクターもいるらしい。
また、お土産に持って帰っても喜ばれると商業ギルドの受付嬢・メリサさん(五十三歳)が笑って教えてくれた。ちなみにメリサさんは、昨夜町をうろついてた時に冒険者に絡まれ困っていたところを、フライパン一発で追い払ってくれた恩人で、肝っ玉母ちゃんというような恰幅の良いご婦人だ。
結晶塔と言われているのに上へ行く階段がないという特徴を聞き、ぜひ見てみたいという純粋な思いもある。
それに加え、二つ地図を見比べているうちに隠し通路のらしきものを発見してしまい‘暴食‘が知識を欲し、うずいて仕方ないのだ。ただ、確認するだけでいい。あくまで目的は観光であって、危ないことにむやみに首を突っ込むことはないのだから。
「東の門から馬車が出てるんだって、さ」
不思議そうに首を傾げたひんの頭をなでる。ぽかぽかと暖かい日差しと一定のリズムでなでる主人の手にこっくりこっくり小さな桃色の頭が揺れる。
「観光者のためらしい、よ」
冒険者ならば、自分の足で向かえといいたいところなのだろうが。結晶塔の迷宮は遊戯迷宮の中では美しく、明るいため観光スポットのような役割をしている。書物の美しさだけでコレクターがいるのなら、本物はいかほどかと気にもなるだろう。
まぁ、「迷宮は傷つけられない」という法則のもと、欠片を持って帰ることはできないが。そのかわりといってはなんだが、周りにはたくさんの露店や名物品、迷宮品の取り扱いをしている店が立ち並び、町の大事な収入源の一つとなっているため、馬車や迷宮の観光ツアーを企画することでお金を落としていくような工夫の一環らしい。
【白紙の魔導書】曰く。
「行こう、よ。迷宮。ちょっとだけみてこよ、う」
きょとり、といった言葉が似合うくらいには目を開けてこちらを見てくるひん。その瞳には迷宮に対する怯えや惑いは見当たらなかった。それを確信して。きゅっとその右の前ひれを服の袖越しに握る。すると、左の前ひれで袖越しの咲也子の手に触れてひんは嬉しそうに鳴いた。
「ひんっ!」
本を仕舞って、ハンカチを三角にたたみ隅を小瓶の口に当て傾けることで【液体の地図】を小瓶に戻す。ハンカチはたたんでポケットに入れた。紅茶より少し多めにソーサーの上にお金を置いて店を出る。クッキーまでつけてくれたので、そのサービスに対するお礼のつもりだった。
日向ぼっこをしていたテーブルの上から控えめながらもひれも足も使い飛びついてきたひんに、一瞬よろけながらもうまく抱える。もっと幼いころにはクマのぬいぐるみを抱えていることも多かったため、咲也子は腕力だけにはほんの少しだけ自信があった。
「がんばろう、ね」
腕の中のかわいらしいテスターは。ひんっと枯れたような元来の声で、嬉しそうに肯定の鳴き声をあげた。
小さな笑い声のする馬車が横を通り過ぎてなお、その後ろ姿をじっと見つめていたひんに声をかける。
もともと稚拙な殺気は、溶けるようにもうどこからも感じられなくなっていた。
「お口、かわいい、ね」
素早い動きで身体ごと咲也子を振り返ったひんの口元についていたクッキーの欠片をはらう。道理で馬車に乗っていた子どもたちがこちらを見て笑っていたわけだ。なにごとか、とこちらを見つめる目はくりくりとしてかわいかった。
「結晶塔の迷宮に行こう、よ」
商業ギルドで購入した遊戯迷宮のコンセプトや内部の様子が描かれた地図は繊細で緻密だった。輝きが再現されたようなその絵ですら一種の美術品のようで。実際、各迷宮の地図は商業ギルドの中でも上位にランクインするほどの人気商品であり、コレクターもいるらしい。
また、お土産に持って帰っても喜ばれると商業ギルドの受付嬢・メリサさん(五十三歳)が笑って教えてくれた。ちなみにメリサさんは、昨夜町をうろついてた時に冒険者に絡まれ困っていたところを、フライパン一発で追い払ってくれた恩人で、肝っ玉母ちゃんというような恰幅の良いご婦人だ。
結晶塔と言われているのに上へ行く階段がないという特徴を聞き、ぜひ見てみたいという純粋な思いもある。
それに加え、二つ地図を見比べているうちに隠し通路のらしきものを発見してしまい‘暴食‘が知識を欲し、うずいて仕方ないのだ。ただ、確認するだけでいい。あくまで目的は観光であって、危ないことにむやみに首を突っ込むことはないのだから。
「東の門から馬車が出てるんだって、さ」
不思議そうに首を傾げたひんの頭をなでる。ぽかぽかと暖かい日差しと一定のリズムでなでる主人の手にこっくりこっくり小さな桃色の頭が揺れる。
「観光者のためらしい、よ」
冒険者ならば、自分の足で向かえといいたいところなのだろうが。結晶塔の迷宮は遊戯迷宮の中では美しく、明るいため観光スポットのような役割をしている。書物の美しさだけでコレクターがいるのなら、本物はいかほどかと気にもなるだろう。
まぁ、「迷宮は傷つけられない」という法則のもと、欠片を持って帰ることはできないが。そのかわりといってはなんだが、周りにはたくさんの露店や名物品、迷宮品の取り扱いをしている店が立ち並び、町の大事な収入源の一つとなっているため、馬車や迷宮の観光ツアーを企画することでお金を落としていくような工夫の一環らしい。
【白紙の魔導書】曰く。
「行こう、よ。迷宮。ちょっとだけみてこよ、う」
きょとり、といった言葉が似合うくらいには目を開けてこちらを見てくるひん。その瞳には迷宮に対する怯えや惑いは見当たらなかった。それを確信して。きゅっとその右の前ひれを服の袖越しに握る。すると、左の前ひれで袖越しの咲也子の手に触れてひんは嬉しそうに鳴いた。
「ひんっ!」
本を仕舞って、ハンカチを三角にたたみ隅を小瓶の口に当て傾けることで【液体の地図】を小瓶に戻す。ハンカチはたたんでポケットに入れた。紅茶より少し多めにソーサーの上にお金を置いて店を出る。クッキーまでつけてくれたので、そのサービスに対するお礼のつもりだった。
日向ぼっこをしていたテーブルの上から控えめながらもひれも足も使い飛びついてきたひんに、一瞬よろけながらもうまく抱える。もっと幼いころにはクマのぬいぐるみを抱えていることも多かったため、咲也子は腕力だけにはほんの少しだけ自信があった。
「がんばろう、ね」
腕の中のかわいらしいテスターは。ひんっと枯れたような元来の声で、嬉しそうに肯定の鳴き声をあげた。
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