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「もう平気な、の?」
「うん」
「お着替えも、大丈、夫?」
「平気だよ」
心配そうに何回も確認してくるサクヤに泣き顔を見られたことやその他諸々の恥ずかしいところを見せてしまって、表情は変わらないものの内心照れながら返事をする。
軽い音を立てて障子が閉じるのと同時に、帯を解き浴衣を脱ぎ捨てる。黒いTシャツとスラックス、青いジャケットを羽織って赤いマフラーを首に巻いて、装備品を身にまとっていくと、先ほどまでの不安が霧散していくような気がした。
この装備は僕が旅をしながら手に入れたもので、僕の生きてきた証と言ってもよかった。それがどこか心強かった。
先ほどから帰れる期待にか、とくとくといつもより強めに高鳴っている鼓動に急かされるように着替えを終えると、浴衣と布団はたたんで部屋の隅に置く。
着替え終わったのを見届けた<当千>が頭に飛び乗ってきて、準備はできた。
「サクヤ」
「出来た、の?」
「うん、ありがとう」
障子を開けて、立っていたサクヤに礼を言う。本当に、サクヤがいなければ、生きていることもなかっただろう。
これでお別れになるかと思うとどこか胸が空洞になったみたいに、すこんと大切なものが抜け落ちてしまったような気になる。
冒険者である以上、出会いと別れは繰り返されるものだけれど、この出会いだけは。手放したくないと思った。
でも、それをうまく伝えられなくて、語彙力のない自分を呪った。そんなことを考えていたせいか、ぼんやりとしていたらしい。
「こっち、よー」
小さな手にひかれてカフェの店内まで戻る。先ほどまではなかったバスケットが置いてあるテーブルからサクヤはそれを腕にひっかけた。そこを通りすぎて、外へとつながる扉へと向かう。
歩くたびにきしきしと木造の建物が鳴いて、それがどこか耳障り良かった。
サクヤが取っ手を掴み、チョコレート色の扉を開けるとカランカランと取り付けてあったベルが鳴った。その音になぜだか懐かしい気持ちになりながら、陽光のまぶしい外にでると木々をざわめかすように風が一陣ふいた。初夏の香りをつれたそれに一瞬目を閉じる。
もう一度開いたときには森の中に優雅にたたずむ<千里>がいた。
大きな黒い翼をたたみ、尾が空中に溶けるように見えなくなっているいつも風をまどっているそれは、こちらを気にした様子もなくつやつやと輝く翼を毛づくろいをしている。そんな大きな鳥型の魔物を前に、僕は大きく目を見開いた。
一日で千里を飛ぶからそう名付けられたという魔物、<千里>自体は特筆して珍しい生き物ではない。
僕が子供のころに住んでいた町にもテイムされていない<千里>がいるくらいには普通の魔物だ。けれど、ここまで毛艶がよくて大きいのは初めて見た。
呆然と立ち尽くす僕を<千里>の鋭い目が見た。
「クルォォ」
ばさりと羽を一度広げ空気を含ませてからかがんでくれる。まるで「早く乗れ」と言っているみたいに。あわててサクヤを振り返ると、ひかれていたはずの手はすでに離されていて、それをなんだか残念に思った。
僕の方を見て、サクヤがこっくりと頷く。
「送ってってくれるっ、て。これ。おみやげな、の」
「ありがとう」
「あの……ね。そ、の。えと、ね」
渡されたバスケットにはたくさんの焼き菓子や紅茶プリン、バケットサンドと水筒が一本入っていて、ありがたく受け取る。
もじもじと袖越しに見えないサクヤの手がワンピースの裾をいじくる。しばらくきゅっと握ったり離したりを繰り返しつつ、あのねと言ってから覚悟を決めたように僕を見た。
「また、来て、ね」
小さい声がどこかうかがうように上目にねだるように言う様子が可愛かった。
胸の中に安堵が広がる。よかった、寂しいのは僕だけじゃなかったらしい。また会いたいと思うくらいには思われていたらしい。
胸の中から全身に熱が伝わってあったかくなった気がして、自然と口元が緩む。普段表情を無から動かさない僕の、自分で言うのもなんだが珍しい笑顔だった。
「また、来るね」
「キュア!」
<当千>と一緒に返事をして、僕たちは<千里>に乗り神居りの森をあとにした。
嬉しそうに雰囲気に花を散らしたサクヤが、手を振ってくれているのを見ながら。
結局、ふもとまでと言っていた<千里>はミレーナ雪山のその山頂まで送ってくれた。
お礼にサクヤがくれたバスケットの中からクッキーを一枚差し出すと鋭いくちばしで丸飲みにしていたが、とがったようなその瞳が一瞬和んだのを僕は見逃さなかった。
その後はさっさと飛び去ってしまった<千里>の表情から、相当美味しいらしいと高まる期待のまま、山頂より少し下ったところにある洞窟を探す。
雪に足をとられつつも三十分くらいうろうろとして、僕の居住区である洞窟を見つけた。中で動く気配が仲間たちは無事だと知らせていた。
「ただいま」
ほっと白い息を吐きながらも洞窟に入ると<流動>にタックルされた。その後仲間たちにもみくちゃにされつつ再会を喜ばれたが、一番喜ばれたのはお土産のクッキーだったことをここに記したい。
「うん」
「お着替えも、大丈、夫?」
「平気だよ」
心配そうに何回も確認してくるサクヤに泣き顔を見られたことやその他諸々の恥ずかしいところを見せてしまって、表情は変わらないものの内心照れながら返事をする。
軽い音を立てて障子が閉じるのと同時に、帯を解き浴衣を脱ぎ捨てる。黒いTシャツとスラックス、青いジャケットを羽織って赤いマフラーを首に巻いて、装備品を身にまとっていくと、先ほどまでの不安が霧散していくような気がした。
この装備は僕が旅をしながら手に入れたもので、僕の生きてきた証と言ってもよかった。それがどこか心強かった。
先ほどから帰れる期待にか、とくとくといつもより強めに高鳴っている鼓動に急かされるように着替えを終えると、浴衣と布団はたたんで部屋の隅に置く。
着替え終わったのを見届けた<当千>が頭に飛び乗ってきて、準備はできた。
「サクヤ」
「出来た、の?」
「うん、ありがとう」
障子を開けて、立っていたサクヤに礼を言う。本当に、サクヤがいなければ、生きていることもなかっただろう。
これでお別れになるかと思うとどこか胸が空洞になったみたいに、すこんと大切なものが抜け落ちてしまったような気になる。
冒険者である以上、出会いと別れは繰り返されるものだけれど、この出会いだけは。手放したくないと思った。
でも、それをうまく伝えられなくて、語彙力のない自分を呪った。そんなことを考えていたせいか、ぼんやりとしていたらしい。
「こっち、よー」
小さな手にひかれてカフェの店内まで戻る。先ほどまではなかったバスケットが置いてあるテーブルからサクヤはそれを腕にひっかけた。そこを通りすぎて、外へとつながる扉へと向かう。
歩くたびにきしきしと木造の建物が鳴いて、それがどこか耳障り良かった。
サクヤが取っ手を掴み、チョコレート色の扉を開けるとカランカランと取り付けてあったベルが鳴った。その音になぜだか懐かしい気持ちになりながら、陽光のまぶしい外にでると木々をざわめかすように風が一陣ふいた。初夏の香りをつれたそれに一瞬目を閉じる。
もう一度開いたときには森の中に優雅にたたずむ<千里>がいた。
大きな黒い翼をたたみ、尾が空中に溶けるように見えなくなっているいつも風をまどっているそれは、こちらを気にした様子もなくつやつやと輝く翼を毛づくろいをしている。そんな大きな鳥型の魔物を前に、僕は大きく目を見開いた。
一日で千里を飛ぶからそう名付けられたという魔物、<千里>自体は特筆して珍しい生き物ではない。
僕が子供のころに住んでいた町にもテイムされていない<千里>がいるくらいには普通の魔物だ。けれど、ここまで毛艶がよくて大きいのは初めて見た。
呆然と立ち尽くす僕を<千里>の鋭い目が見た。
「クルォォ」
ばさりと羽を一度広げ空気を含ませてからかがんでくれる。まるで「早く乗れ」と言っているみたいに。あわててサクヤを振り返ると、ひかれていたはずの手はすでに離されていて、それをなんだか残念に思った。
僕の方を見て、サクヤがこっくりと頷く。
「送ってってくれるっ、て。これ。おみやげな、の」
「ありがとう」
「あの……ね。そ、の。えと、ね」
渡されたバスケットにはたくさんの焼き菓子や紅茶プリン、バケットサンドと水筒が一本入っていて、ありがたく受け取る。
もじもじと袖越しに見えないサクヤの手がワンピースの裾をいじくる。しばらくきゅっと握ったり離したりを繰り返しつつ、あのねと言ってから覚悟を決めたように僕を見た。
「また、来て、ね」
小さい声がどこかうかがうように上目にねだるように言う様子が可愛かった。
胸の中に安堵が広がる。よかった、寂しいのは僕だけじゃなかったらしい。また会いたいと思うくらいには思われていたらしい。
胸の中から全身に熱が伝わってあったかくなった気がして、自然と口元が緩む。普段表情を無から動かさない僕の、自分で言うのもなんだが珍しい笑顔だった。
「また、来るね」
「キュア!」
<当千>と一緒に返事をして、僕たちは<千里>に乗り神居りの森をあとにした。
嬉しそうに雰囲気に花を散らしたサクヤが、手を振ってくれているのを見ながら。
結局、ふもとまでと言っていた<千里>はミレーナ雪山のその山頂まで送ってくれた。
お礼にサクヤがくれたバスケットの中からクッキーを一枚差し出すと鋭いくちばしで丸飲みにしていたが、とがったようなその瞳が一瞬和んだのを僕は見逃さなかった。
その後はさっさと飛び去ってしまった<千里>の表情から、相当美味しいらしいと高まる期待のまま、山頂より少し下ったところにある洞窟を探す。
雪に足をとられつつも三十分くらいうろうろとして、僕の居住区である洞窟を見つけた。中で動く気配が仲間たちは無事だと知らせていた。
「ただいま」
ほっと白い息を吐きながらも洞窟に入ると<流動>にタックルされた。その後仲間たちにもみくちゃにされつつ再会を喜ばれたが、一番喜ばれたのはお土産のクッキーだったことをここに記したい。
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