好きだといわせたい

雪帽子

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2話 蠱惑的な笑顔

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「どういうことですか? 演技指導って」
「ああ、演技指導の代わりに、忍の生活の面倒見てやってくれ」
 事務所の社長椅子に深く腰掛ける若社長は、肘をついて、全く悪気なさそうにそう言った。俺は彼に向き合ったまま、その場に立ち尽くした。
「はい?」
「忍は上京してきてから、両親と疎遠で一度も会ってない。一人で大変なこともあるだろうし、黎が付いていてくれると助かるからな?」
「……ちょっと話についていけません」
「忍のこと、嫌いじゃないだろ?」
「嫌いじゃないですが、会ったばかりですし、よく知らないので」
「でも、可愛くてほっとけないと思っただろ?」
 俺が溜息をついて、「分かりました」と言うと、彼は満足そうに軽く鼻を鳴らした。

 俺と忍が出演するBLドラマの主題歌は、俺が担当することになっていた。そのレコーディング現場に顔を出してくれた忍を車で送ることになり、その途中で忍をディナーに誘った。
「よかったら一緒に何か食べない? 若社長が、忍がちゃんとご飯を食べているのか心配してた」
「うん、じゃあ、黎さんの部屋に行きたいかも」
 自分のマンションの部屋に来た忍は、「俺が作るから待ってて」と、俺が料理をしている間、興味深そうに部屋の中を眺めているようだった。
「黎さん、ヤモリ飼ってるの?」
「実は日々の癒しがこれしかない」
 俺がそう言うと、忍は年相応の無邪気さが見える蠱惑的な笑顔を見せた。忍は明らかに自分とは違うタイプに見えるので、俺が言うことが変わっているように聞こえているのかもしれない。二人のタイプは全然違うが、不思議と居心地は良かった。
「忍はどうして事務所に?」
「スカウトされてかな? モデルの仕事には興味があったから」
「黎さんはどうして事務所に入ったの?」
 俺は事務所に入ったきっかけを忍に話した。
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