ようこそ、むし屋へ2 ~麗しの碧ちゃん&むしコンシェルジュの卵編~

箕面四季

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見習いほたるの初仕事

セフィロトの樹の間

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「うわぁ……」
 関係者専用通路の扉を潜ったほたるは、目をぱちくりさせた。
 てっきり控室のような小部屋か、小さな倉庫みたいなものがあるのかと思っていたら、信じられないくらいに広々としたドーム状の丸い部屋が、ぽっかり広がっていたのだ。
 うちの大学の小ホールと同じくらいの大きさはある。

 床はぴかぴかの大理石で、中央に、数字の『6』と、大きく記されていた。
 なんの数字だろう。

 壁は透明なゼリー状になっていて、横と天井をぐるりとドーム状に囲っている。
 ゼリー天井の先は、すかっと抜けるような青空が広がっていた。青空のどこかにある太陽の光を受けて、ゼリーのそこここに、虹色の線が煌めいて揺れている。

「シャボン玉の中にいるみたいですね」 
「なかなかいい表現だね。触ってごらん」

 アキアカネさんに言われるままに、つんと、人差し指で壁に触れたら、ふるふる、ふにょんと、まるで本物のゼリーに指を突っ込んだみたいな感触で、ドームの壁に指が沈みこんでいった。

「うわー、気持ちいい~」
 指を抜いた途端、もにょんっと、壁はまた美しいドーム状に戻った。形状記憶?

 「6」の数字の真上に立ったアキアカネさんが「ここから壁の先を見てごらん」とほたるを手招きした。
 言われた通りに、アキアカネさんの隣に立って、透明な壁の外を眺めてみる。
 前方に四本、後方に三本、放射状に道が続いているのが見えた。その先にも、ごちゃごちゃと道が続いているようだ。
 それぞれの道の先には、この部屋と同じようなドーム状の丸い部屋がぽこぽこついている。

「ここは、セフィロトの樹の間の6番ルーム。この上から全体を眺めたら、ちょっと歪な六角形の形に見えるかな」
「セフィロトの樹?」

「12~13世紀頃に、南フランスとスペインで生じた『カバラ』という特殊なユダヤ教神秘学があってね。この世には人知の及ばない不思議なことがあるとする考え方なんだけど、そのカバラの秘儀は『光輝の書』と『創造の書』と、そしてこの『セフィロトの樹』、別名『生命の樹』と呼ばれる図に書かれているんだ。ただし、むし屋のセフィロトの樹は、むし屋独自に進化したものだから、カバラとは少し違うんだけれどね」
「はあ」
 よくわかんないな、という顔をしていたのだろう。くすりと笑ったアキアカネさんが「ま、小難しい話はいいとしてさっそく行こうか」と、ドーム状の壁に体をめり込ませ、きゅぽん、と外の通路に飛び出した。

 アキアカネさんを吐き出した壁は、ぼよよんっと、ドーム状の壁に戻る。
「うわぁ、楽しそう!」

 ほたるもさっそく、えいっと、両手を壁にめり込ませた。
 透明な幕のようなものが、まとわりつくように身体を包みこむ。プルプルゼリーのプールにダイブしたみたい。ひんやり気持ちいい。お肌がプルプルに潤いそう。

 きゅぽんっ。
 最後は、一気に通路へ吐き出される。
「うわっ!」
「おっと」 
 勢いよく飛び出したほたるの身体をアキアカネさんが抱きとめて「大丈夫かい?」と下ろしてくれた。

「あ、りがとうございます!」
 ぼっと顔を赤らめたほたるに、ふふっと笑ったアキアカネさんが「迷子にならないように、しっかりついてきてね」と、通路を歩き出す。

(今日は……心臓に悪い日だ)
 アキアカネさんも水黄緑の君も、妙に距離感が近い。
(人知を超えた存在って、パーソナルスペースの概念がないのかなぁ) 

 アキアカネさんの後ろにくっついて、いくつかのドームと通路を通り抜けた。
 それらのドームと通路は全部そっくりで、通路は短かったり長かったりするものの、ほたるには見分けがつかなかった。
 ドームの部屋の床の番号を見て、あ、違う部屋だ、とわかることもあるけれど。

「アキアカネさん。この部屋、さっきも通りませんでした?」
 「1」と書かれたドームは、確か、前にも通ったはずだ。

「いいや、初めての部屋だよ。道順が変われば、同じ部屋でも別の部屋なのさ」
「はあ」
(哲学?)
 複雑すぎて、さっぱり意味がつかめない。
 そして、複雑すぎて、全く道順を覚えられない。

「心配いらないよ。ほたるちゃんがお茶を淹れる時には、僕が一緒についていくから。さて、到着」
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