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見習いほたるの初仕事
特級むしコンシェルジュの仕事
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「この棚の容器に入っているのは、全て向尸井君が調合したアマチャの茶葉だよ。ええと……これだ」
棚と棚の間の細い通路を歩いていったアキアカネさんが、No.252-13-Tと書かれたラベルの密閉容器を見つけ出し、ほたるに見せてくれた。
さっき、向尸井さんがアキアカネさんに言っていたのは、このラベルのことだったらしい。
透明容器の中には、カラカラに乾燥し、縮んでシワがある紅茶の茶葉のようなものが入っていた。
「むし屋でお出しする甘茶には、特定のむしを取り出すための、いわゆる、むし下しの薬効成分が含まれているんだけど、お客様の体質に合ったものを飲んでもらわないと効果が出ないんだ」
「なんか、漢方薬みたいですね」
そういえば、初めてむし屋に迷い込んだ時、向尸井さんが冷たい甘茶を出しながら、虫除けがどうのと説明していた気がする。
忘れたけど。
甘茶のうんちくは曖昧だけれど、あの甘茶の味は、妙にしっかり覚えている。身体にスルスル染み入るような感じがして、すっごく美味しかった。
想像したら、じゅわりと、また、よだれが湧く。
「外のアマチャ畑には、向尸井君が独自に品種改良を重ねた薬効の異なるアマチャが数千株植わっていてね。それらを茶葉にして、いろんなお客さんやむしに対応できるように、茶葉の配合をちょっとずつ変えて調合し、こうしてそれぞれ、アマチャ瓶に保管しているんだよ」
「ってことは、まさか……この棚の瓶、一つ一つ全部薬効成分が違うってことですか?」
「そのとおり。さっきも言ったけど、むし屋の甘茶はむし下しの薬なんだ。むしを取り出しやすくするためには、来店したお客様の心の状態や体質を観察して、最も適切な甘茶を適量飲ませなければならない。甘茶の効き目が悪ければ、むしが人から離れず、結果、人からむしを取り出すのが困難になるからね。しかし、ヒトの心というのは、一つとして同じものはないだろう。体質も千差万別。それらをかけ合わせれば、それこそ星の数になる。だから、腕のよいむし屋は、こうして多くのアマチャ瓶を持っていて、その中から一番適当なものを、初見で見抜くのさ」
「それってつまり……」
ほたるはログハウスにびっしり並ぶアマチャ瓶を眺めた。
仮に、このくらいの大きさの図書館だとすると、蔵書数は20万冊くらいだろうか。アマチャ瓶ひと瓶の大きさを本10冊分だとしても、ここには2万個のアマチャ瓶があることになる。
それに、アキアカネさんが手にしているラベルはNo.252-13-T。
数字とアルファベットの意味はわからないけれど、このラベルの表記からしても、これらの数字とアルファベットを掛け合わせた数だけアマチャ瓶が収められているに違いない。
「まさか、向尸井さんは、ここにある全てのラベルの茶葉の薬効成分を暗記しているわけじゃ、ないですよね」
あはは、と乾いた笑いのほたるに、アキアカネさんがにっこり笑い返す。
「むしコンシェルジュの階級には、見習いむしコンシェルジュも含め10級から特級まであるんだ。これらはむし屋協会の試験に合格して取得するのだけれど、特級は、かつて合格するのが世界一難しいと言われた『科挙』という中国の官僚登用試験よりも難しいと言われている。向尸井君は、その特級試験に合格した特級むしコンシェルジュだよ」
ぐわん、とほたるの頭に衝撃が走る。
向尸井さんって、そんなにすごい人だったんだ。
「……賢そうだとは思ってましたけど、頭おかしいレベルの天才なんですね、向尸井さんは」
ほたるの感想を聞いて、アキアカネさんが驚いたように目を見開いた。
「……ほたるちゃんは、蜻蛉と同じことを言うね。やはり、ヒトの心は遺伝するのか」
「心が遺伝ですか?」
「そう。つまり君は……」
「?」
「あ、いや。ええと、どこまで説明をしたかな。そうそう、このアマチャ瓶は、むし屋協会御用達のむし道具屋に作ってもらった特注品でね、アマチャ瓶で保管したアマチャの茶葉は、劣化や腐敗することなく鮮度を保ち続け、味も、薬効成分も損なわないんだよ」
「はあ」
何かを隠すように早口で説明するアキアカネさんに、どうしたんだろうと、ほたるは引っ掛かりを感じた。
「さて、適切な茶葉を手に入れたあとは、適切な量だね」
気を取り直すように笑って、アキアカネさんは木の棚の通路を更に奥へ進み始める。
まあ、いいか。と、ほたるも深く考えるのをやめた。
考えたところで、他人の心の中はわからない。
(それより、ちゃんと仕事を覚えなきゃね)
気を引き締めて、ほたるもアキアカネさんの後に続いた。
棚と棚の間の細い通路を歩いていったアキアカネさんが、No.252-13-Tと書かれたラベルの密閉容器を見つけ出し、ほたるに見せてくれた。
さっき、向尸井さんがアキアカネさんに言っていたのは、このラベルのことだったらしい。
透明容器の中には、カラカラに乾燥し、縮んでシワがある紅茶の茶葉のようなものが入っていた。
「むし屋でお出しする甘茶には、特定のむしを取り出すための、いわゆる、むし下しの薬効成分が含まれているんだけど、お客様の体質に合ったものを飲んでもらわないと効果が出ないんだ」
「なんか、漢方薬みたいですね」
そういえば、初めてむし屋に迷い込んだ時、向尸井さんが冷たい甘茶を出しながら、虫除けがどうのと説明していた気がする。
忘れたけど。
甘茶のうんちくは曖昧だけれど、あの甘茶の味は、妙にしっかり覚えている。身体にスルスル染み入るような感じがして、すっごく美味しかった。
想像したら、じゅわりと、また、よだれが湧く。
「外のアマチャ畑には、向尸井君が独自に品種改良を重ねた薬効の異なるアマチャが数千株植わっていてね。それらを茶葉にして、いろんなお客さんやむしに対応できるように、茶葉の配合をちょっとずつ変えて調合し、こうしてそれぞれ、アマチャ瓶に保管しているんだよ」
「ってことは、まさか……この棚の瓶、一つ一つ全部薬効成分が違うってことですか?」
「そのとおり。さっきも言ったけど、むし屋の甘茶はむし下しの薬なんだ。むしを取り出しやすくするためには、来店したお客様の心の状態や体質を観察して、最も適切な甘茶を適量飲ませなければならない。甘茶の効き目が悪ければ、むしが人から離れず、結果、人からむしを取り出すのが困難になるからね。しかし、ヒトの心というのは、一つとして同じものはないだろう。体質も千差万別。それらをかけ合わせれば、それこそ星の数になる。だから、腕のよいむし屋は、こうして多くのアマチャ瓶を持っていて、その中から一番適当なものを、初見で見抜くのさ」
「それってつまり……」
ほたるはログハウスにびっしり並ぶアマチャ瓶を眺めた。
仮に、このくらいの大きさの図書館だとすると、蔵書数は20万冊くらいだろうか。アマチャ瓶ひと瓶の大きさを本10冊分だとしても、ここには2万個のアマチャ瓶があることになる。
それに、アキアカネさんが手にしているラベルはNo.252-13-T。
数字とアルファベットの意味はわからないけれど、このラベルの表記からしても、これらの数字とアルファベットを掛け合わせた数だけアマチャ瓶が収められているに違いない。
「まさか、向尸井さんは、ここにある全てのラベルの茶葉の薬効成分を暗記しているわけじゃ、ないですよね」
あはは、と乾いた笑いのほたるに、アキアカネさんがにっこり笑い返す。
「むしコンシェルジュの階級には、見習いむしコンシェルジュも含め10級から特級まであるんだ。これらはむし屋協会の試験に合格して取得するのだけれど、特級は、かつて合格するのが世界一難しいと言われた『科挙』という中国の官僚登用試験よりも難しいと言われている。向尸井君は、その特級試験に合格した特級むしコンシェルジュだよ」
ぐわん、とほたるの頭に衝撃が走る。
向尸井さんって、そんなにすごい人だったんだ。
「……賢そうだとは思ってましたけど、頭おかしいレベルの天才なんですね、向尸井さんは」
ほたるの感想を聞いて、アキアカネさんが驚いたように目を見開いた。
「……ほたるちゃんは、蜻蛉と同じことを言うね。やはり、ヒトの心は遺伝するのか」
「心が遺伝ですか?」
「そう。つまり君は……」
「?」
「あ、いや。ええと、どこまで説明をしたかな。そうそう、このアマチャ瓶は、むし屋協会御用達のむし道具屋に作ってもらった特注品でね、アマチャ瓶で保管したアマチャの茶葉は、劣化や腐敗することなく鮮度を保ち続け、味も、薬効成分も損なわないんだよ」
「はあ」
何かを隠すように早口で説明するアキアカネさんに、どうしたんだろうと、ほたるは引っ掛かりを感じた。
「さて、適切な茶葉を手に入れたあとは、適切な量だね」
気を取り直すように笑って、アキアカネさんは木の棚の通路を更に奥へ進み始める。
まあ、いいか。と、ほたるも深く考えるのをやめた。
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