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四十
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朝、いつものように部屋の戸を開けて庭を眺めた大尚宮の顔には笑みが浮かんだ。
「よかったわ、良いお天気で」
今日は皆で京師に行く日、大尚宮、小尚宮を始めとして侍女たちは主人と子供たちの身支度に大忙しだった。
「母さん、変な髪型!」
末君が一つにまとめた三つ編み髪を結う小尚宮に言った。
「これが木槿国の髪型よ、いつもお父さまが結ってくれるのは唐のものよ」
岐城君は毎朝、手ずから三人の子供たちの髪を結っていた。かつて亡き妻にしたのと同じ形に。それは母親が彼にしてくれたものとも同じだった。
行首は息子の髪を唐風に結うのを好んだ。彼女が好きな唐の物語に出てくる子供の髪型が好きだったためらしい。
この姿を見た異母兄である世子は「可愛いな」と言いながら彼を撫でるのだった。
妻となった宰相の姫君の髪を結う時、岐城君は母親のことを偲んでいた。
そして若君の髪を結う時は妻のことを、女君の髪を結う時は朴尚宮のことを思い出した。末の子の時は小尚宮の子供時代を想像した。彼女もこの子のように素直な子供だったのだろうと。
主人と子供たちの支度を終え、自分たちの身支度を済ませた大尚宮と小尚宮は主人に、従って子供たちと共に隣にある姫君―岐城君の妻の墓所に行った。
「母上さまに、これから都に行きますってご挨拶しましょうね」
小尚宮が子供たちに言った。
小尚宮はかつての自分の主人を子供たちに“母上さま”、“お母さま”と呼ばせている。皆、姫君の子供たちとして接しているためだ。
―私の子供も姫君さまの御子に加えて下さいね
と内心で言いながら。
拝礼を終えた後
「さあ、これから京師に出発だ」
と岐城君は子供たちと二人の“側室”に言った。大尚宮も小尚宮も岐城君の配偶者として遇されている。小尚宮は子供たちの母親、大尚宮は家政を仕切る女主人としてである。
「都に行くなんて久しぶりですね」
小尚宮が言うと
「本当ね」
と大尚宮が応えた。
一行はゆっくりと道を行った。それでも夕刻には到着するだろう。
今回の京師行きは世子が王に即位するのでその儀式に参席するためだった。
これを機会に引退して上王になった異母兄が岐城君の家族に会いたいから連れて来るように言ったのである。
「子供たちはともかくとして私たちまで」
小尚宮が畏れ多いという口調で言うと岐城君は
「義兄上と主上(新王)が是非にとおっしゃるんだ。私自身もお前たちを家族と思っているのだからちょうどいいよ」
と答えるのだった。
岐城君の言葉に大尚宮と小尚宮は感激した。そして、こうした縁をもたらしてくれた亡き姫君にも感謝するのだった。
岐城君は子供たちは初めての旅に苦戦しているのではないかと
「お前たち、大丈夫か?」
と声を掛けた。
「はい、大丈夫です」
若君が元気に答えると二人の娘たちも頷いた。
若君の顔に亡き姫君が重なり、女君は朴尚宮の面影を宿している。
自分は二人の女性を失くしてしまった。それを思うと胸が痛んだ。だが、二人は自分を恨むことなく子供たちを遺してくれた。岐城君はそのことをとても有り難く思うのだった。
「こうして家族として旅が出来るなんて夢のようです」
小尚宮が感慨深げに言うと
「本当ね」
と大尚宮が肯く。
大尚宮も小尚宮も幼い頃に前宰相の屋敷に引き取られ、ずっと侍女として亡き姫君に仕えた。
宰相家の人々は皆いい人で姫君も申し分の無い主人だった。だが、二人とも天涯孤独の身の上であることには変らなかった。。
「すべて姫さまのおかげね」
大尚宮が言うと小尚宮も同意した。二人は姫君が自分たちに“夫”を娶せてくれたように感じるのだった。
姫君に感謝するのは岐城君も同様だった。家族のない自分に姫君は多くの家族を連れて来てくれた。
母親を失くし孤独だった少年は、今、大勢の家族に囲まれて賑やかに暮らしているのである。
―姫、感謝するよ。
心の中で呟いた時、
「父上、遠くに城壁が見えますが、あそこが都ですか?」
と若君が側に来て訊ねた。
「そうだよ、もうじき着くよ」
と岐城君が応じた。
「都ってどんなところかしら」
女君が言うと、
「賑やかなところよ」
と大尚宮が笑顔で応えた。
来年、岐城君はこの地での任期が終わって都にもどることになっている。個人の思いとしてはこのまま妻の墓所の側で過ごしたいのだが、子供たちの将来を考えるとそうもいえない。教育やその他の面でここよりも都の方がやはりよいのだから。
今、自身が幸福であるように子供たちにも幸せな人生を送って欲しい。そのために自分は出来る限りのことをしよう。岐城君はそう誓うのだった。
「よかったわ、良いお天気で」
今日は皆で京師に行く日、大尚宮、小尚宮を始めとして侍女たちは主人と子供たちの身支度に大忙しだった。
「母さん、変な髪型!」
末君が一つにまとめた三つ編み髪を結う小尚宮に言った。
「これが木槿国の髪型よ、いつもお父さまが結ってくれるのは唐のものよ」
岐城君は毎朝、手ずから三人の子供たちの髪を結っていた。かつて亡き妻にしたのと同じ形に。それは母親が彼にしてくれたものとも同じだった。
行首は息子の髪を唐風に結うのを好んだ。彼女が好きな唐の物語に出てくる子供の髪型が好きだったためらしい。
この姿を見た異母兄である世子は「可愛いな」と言いながら彼を撫でるのだった。
妻となった宰相の姫君の髪を結う時、岐城君は母親のことを偲んでいた。
そして若君の髪を結う時は妻のことを、女君の髪を結う時は朴尚宮のことを思い出した。末の子の時は小尚宮の子供時代を想像した。彼女もこの子のように素直な子供だったのだろうと。
主人と子供たちの支度を終え、自分たちの身支度を済ませた大尚宮と小尚宮は主人に、従って子供たちと共に隣にある姫君―岐城君の妻の墓所に行った。
「母上さまに、これから都に行きますってご挨拶しましょうね」
小尚宮が子供たちに言った。
小尚宮はかつての自分の主人を子供たちに“母上さま”、“お母さま”と呼ばせている。皆、姫君の子供たちとして接しているためだ。
―私の子供も姫君さまの御子に加えて下さいね
と内心で言いながら。
拝礼を終えた後
「さあ、これから京師に出発だ」
と岐城君は子供たちと二人の“側室”に言った。大尚宮も小尚宮も岐城君の配偶者として遇されている。小尚宮は子供たちの母親、大尚宮は家政を仕切る女主人としてである。
「都に行くなんて久しぶりですね」
小尚宮が言うと
「本当ね」
と大尚宮が応えた。
一行はゆっくりと道を行った。それでも夕刻には到着するだろう。
今回の京師行きは世子が王に即位するのでその儀式に参席するためだった。
これを機会に引退して上王になった異母兄が岐城君の家族に会いたいから連れて来るように言ったのである。
「子供たちはともかくとして私たちまで」
小尚宮が畏れ多いという口調で言うと岐城君は
「義兄上と主上(新王)が是非にとおっしゃるんだ。私自身もお前たちを家族と思っているのだからちょうどいいよ」
と答えるのだった。
岐城君の言葉に大尚宮と小尚宮は感激した。そして、こうした縁をもたらしてくれた亡き姫君にも感謝するのだった。
岐城君は子供たちは初めての旅に苦戦しているのではないかと
「お前たち、大丈夫か?」
と声を掛けた。
「はい、大丈夫です」
若君が元気に答えると二人の娘たちも頷いた。
若君の顔に亡き姫君が重なり、女君は朴尚宮の面影を宿している。
自分は二人の女性を失くしてしまった。それを思うと胸が痛んだ。だが、二人は自分を恨むことなく子供たちを遺してくれた。岐城君はそのことをとても有り難く思うのだった。
「こうして家族として旅が出来るなんて夢のようです」
小尚宮が感慨深げに言うと
「本当ね」
と大尚宮が肯く。
大尚宮も小尚宮も幼い頃に前宰相の屋敷に引き取られ、ずっと侍女として亡き姫君に仕えた。
宰相家の人々は皆いい人で姫君も申し分の無い主人だった。だが、二人とも天涯孤独の身の上であることには変らなかった。。
「すべて姫さまのおかげね」
大尚宮が言うと小尚宮も同意した。二人は姫君が自分たちに“夫”を娶せてくれたように感じるのだった。
姫君に感謝するのは岐城君も同様だった。家族のない自分に姫君は多くの家族を連れて来てくれた。
母親を失くし孤独だった少年は、今、大勢の家族に囲まれて賑やかに暮らしているのである。
―姫、感謝するよ。
心の中で呟いた時、
「父上、遠くに城壁が見えますが、あそこが都ですか?」
と若君が側に来て訊ねた。
「そうだよ、もうじき着くよ」
と岐城君が応じた。
「都ってどんなところかしら」
女君が言うと、
「賑やかなところよ」
と大尚宮が笑顔で応えた。
来年、岐城君はこの地での任期が終わって都にもどることになっている。個人の思いとしてはこのまま妻の墓所の側で過ごしたいのだが、子供たちの将来を考えるとそうもいえない。教育やその他の面でここよりも都の方がやはりよいのだから。
今、自身が幸福であるように子供たちにも幸せな人生を送って欲しい。そのために自分は出来る限りのことをしよう。岐城君はそう誓うのだった。
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