泪と砂糖菓子

梶内 紗千

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泪と砂糖菓子

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高校生の頃、好きな子ができたと一日中騒いでいたクラスメイトが、こんなことを言っていた。
「俺が思うに、恋っていうのはさぁ、甘くて、きれいで、ふわふわしてる、綿菓子みたいなものなんだよ」
そんなようなことをべらべらと喋っていたそいつの顔は、まるで真夏の日差しを浴びたチョコレートのようで。まるで締まりのない顔だったなぁ、なんてことも思い出す。
「僕の恋は、そんな可愛いもんじゃないけど」
そう小さくつぶやき、お生憎様、と心の中で付け足す。ぐるぐると渦を巻く思考を断ち切るように、積もった頃は粉砂糖のようだったであろう、もう薄汚れた雪を軽く蹴り飛ばした。

部活が終わった後、僕はいつも通り先輩と二人で狭い部室にいた。他の部員はもう帰ってしまったが、先輩は遅くまで残って自分の道具を磨いている。いつだったかはもう覚えていないが、僕はそれを見かけたときから、一緒に残るようになった。
「ねぇ先輩、遊びましょうよー」
僕に背を向けて道具の手入れをしている先輩に声をかける。先輩はしかめっ面で僕の方を振り向いて言った。
「今はお前に構ってる暇ないの」
「えー?昨日は構ってくれたじゃないですか」
「昨日は昨日、今日は今日」
こういう時だけ先輩面するのだ、この人は。この前なんて、食べたかったパンを僕に取られて、一日中拗ねていたくせに。
僕が静かになった一瞬を見逃さず、先輩はまた向き直って道具の手入れを再開した。
「ねぇせんぱーい」
「……今度はなんだよ」
顔も向けずに返事をされた。だんだん僕の扱いがぞんざいになってきている気がする。
「寒いです」
「そりゃ冬だし……さっき暖房切ったからな」
「先輩の態度が冷たすぎて心も寒いですー」
「はいはい」
投げやりな返事をしつつも、体勢を変えて僕の方を向いてくれた。どうやら手入れはもう終わったらしい。なんだかんだ言って優しい先輩。すてき!なんて馬鹿なことを考えていると、頭を小突かれた。
「ほら、終わったから、片付けて帰るぞ」
「……はぁーい」
といっても片付けるのは僕じゃないけれど。僕はそれを見ながらゆっくり外へと向かう。ドアを開けた瞬間、氷のように冷たい風が痛い位に吹き付けてきた。
「うわ、寒っ」
いつの間にか僕の隣に来ていた先輩が、僕よりも小さい体をさらに縮こまらせて言った。
「そんなことしてたらホントに縮みますよ」
「うっさい」
寒いんだから仕方ないだろ、と言い訳めいた言葉をつぶやきながら歩きだす。その隣に寄り添うようにしながら、僕も歩く。短い距離を、お互い無言で歩いた。
「じゃあ、」
先輩が別れの言葉を言おうとするのを無視して、僕よりも幾分か小さいその体を腕の中に閉じ込めた。
「は、なに、」
驚いて暴れる先輩をなだめるように背中を撫で、ふわふわした髪に顔をうずめる。
「先輩めっちゃあったかい……」
小さいから幼児体温なのかな、とつぶやくと、聞こえていたようでスネを蹴り飛ばされた。
「うわ、痛いなぁ」
「俺が小さいとかお前ほとんどの人敵に回すぞ」
それもそうか、と抱きしめていた腕をゆっくりと解くと、
「じゃあ、また明日」
呆然とする先輩に、さようなら、と一方的に告げて走り出す。一歩遅れて後ろから先輩の大きな声が追いかけて来たけど、気にしない。ハードな練習をした後なのに、どうしてあんなに大きい声が出るんだろう。疲れてないのかな。
ある程度走ったところで、ペースを落とした。はぁ、と白い息を吐いて、ゆっくりと歩く。
「せんぱいが、女の子だったらよかったのかな」
震えるような声と共に、僕の柄でもない、涙が頬をつたって落ちる。
僕のこの恋は、綿菓子なんて可愛いものじゃない。もっと苦くてどろどろした、とても悲しい、何か。例えるなら、焦がしてしまったカラメルソースのような。僕はきっと、その感情をずっと抱えていくのだろう。

昨日も今日も、明日だって僕らはただの先輩後輩にしかなり得ない。だから、今日この夜だけは、先輩の温もりを大切に抱えて眠ることを許してほしい。
これから誰かと恋に落ちることができたとしても、僕の一番は変えられない。ねぇ、先輩。好きなんだよ。

「いつか、幸せになれるといいな」
呟いた言葉は、熱い雫と共にぽたり、とこぼれ落ちた。
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