二人煙草

Yandel B.S

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二人煙草

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 小さな会議室に暗い顔をした男が二人。二人ともスーツは着崩れている。
「どうしたもんかね」
「税金はあげられるし、売り上げは落ちるし」
「おまけに、有毒だと言われてのけものだ」
「喫煙者が犯罪者なら、俺らタバコ会社は悪の黒幕か」
「そりゃいいや。俺、昔から悪の組織の方が好きだったんだよ。ヒーローもんのTVショーとか」
「三十にもなっていまだに中二病か」
「なんでもかんでも病気扱いするのはどうかと思いまーす」
「今じゃ喫煙も病気扱いみたいなもんだからな」
「正義があるから悪があるんだよ」
「まだ続けるのかその話」
「だってよ、町中でタバコを吸ってみろよ。ぜってぇわざとらしく咳をしてくるやつがいるぜ。昔はみんな吸ってたのに」
「今じゃ、新聞もテレビも禁煙禁煙」
「そうそう。そういう錦の御旗担いでまーすって面をこちらに向けてくるから、吸ってるタバコもまずくなる」
「そういうときはあえて悪ぶれよ。悪の組織好きなんだろ」
「確かにな」
「錦の御旗といえば、最近本屋に行ったのよ」
「ほう、めずらしい」
「デパートにトイレ借りに行ったついでだけどな」
「豪勢なこった」
「デパートはどうでもいいんだよ」
「そうか」
「まっ、そしたら、本屋に日本賛辞みたいな本ばっかりならんでてうわっってなった」
「そうなの?」
「世界が絶賛する日本、とかな」
「ああ、なんかテレビでもそういう特集多いな、最近」
「あとは、中国人韓国人ダメダメ、みたいなのもいっぱいあった」
「ふーん」
「興味な!」
「いや、政治はあまり興味ないしな」
「いや、そこで思ったんだよ」
「何を」
「最近のそういう愛国主義?っていうの?を利用できないかなって」
「つまり?」
「要はうちんところのタバコの売り上げが落ちてるからなんとかしろっていう話しなわけじゃん、この会議」
「うん」
「だから、なにかしら愛国的な要素をくっつけた新商品を売り出せばいけるんじゃないかって」
「なるほどな。純国産タバコみたいな?」
「いや、うちの会社の予算的にそれは無理かな」
「じゃあどうするんだよ」
「電子タバコを変えられないかなって」
「ああ、あれなら禁煙したい人も、本物のタバコは嫌だけどって人にもいけるしな」
「おしゃれな感じにすれば、若者にも流行るかもしれないし」
「このリキッドを吸えば、口からいい匂いが漂うようになります、とか」
「いいね。キスの前の一服、みたいな。いや、和風を狙って、もっとこう……」
「口ねぶりの前のご一服」
「何だよ口ねぶりって!気持ち悪いよ!」
「日本語だぞ。和風じゃないか。愛国愛国」
「いや、でも」
「じゃあ、おさしみの前にご一腹」
「さしみ?」
「おさしみの前に土手をば一寸撫で、ってな。今でいうディープキスだ、さしみっていうのは」
「なるほどな……って、いやそれもないだろ。どんなキャッチフレーズだよ」
「やっぱキスの前の一服か」
「うーん。一服もなんかシャレオツじゃないな」
「キスの前の一口?」
「そっちのほうがいいかもな。じゃあ、ターゲット層を若者に絞るか」
「口臭ぇのは中年の方だけどな」
「まあ、そうだけどよ」
「リキッドのにおいはバラとか」
「そういう系はたいていもうあるからな。バラにせよオレンジにせよ。あんま新しいのはないかもな」
「そうするとヴェポライザーのデザインか」
「そうなるな」
「キセル型にするか」
「いいね」
「根付けも一緒に売り出すか」
「お、いいねいいね」
「印籠も復刻させて、中にリキッドを保管できるようにするとか」
「冴えてきたね」
「あとは名前だな」
「そうだな」
「英語でKI-SE-RUとか?」
「うーん、何かいまいちだな。無理やり英語の歌詞を入れて歌ってる歌手みたい」
「全部漢字で、電子煙草」
「あまりオシャレじゃないな」
「むしろ一周回って、MajiでKissする五秒前とか」
「パクリじゃねえか!怒られるわ!あっちはアイドルだったんだから」
「アイドルはタバコ吸わねえな」
「吸わないな。吸ってるだろうけど、吸わないな」
「駄目か」
「そうだな。もっとなんか和風な名前」
「和風的な名前。キス。口ねぶり。口吸い。おさしみ」
「おさしみはもういいから」
「二人煙草」
「二人……タバコ?」
「二人静っていう、言葉あるだろ。花だっけか。キスは二人でするわけだし、別にカップル両方がこの新商品を吸ってていいわけじゃん。口臭いわけだし」
「口臭いの前提かよ!」
「臭せえよ!生き物なんてみんな口臭せえよ!お前も口臭せえんだよ」
「いきなり人をディするな!びっくりするわ」
「え、知らなかったの?」
「ちょと待て。やめてくんない。なんで手で鼻覆ってるの?地味に傷つくんだけど」
「ま、いずれにせよ、新商品のキャッチコピーがキスの前の一口で、口臭を煽るようなのになるんだから、口は臭いの前提だろ」
「まあ確かにな……いい加減鼻覆ってる手をやめてくんないかな。マジで傷つくから」
「マジでキスする?キスしちゃう?」
「なんなんだよいきなり!」
「CMのフレーズ」
「もうそこまで考えてんの」
「あたりまえだろ」
「吉原の一角、二階の窓から月を見上げる男。その後ろ姿を物憂げに見つめる遊女。二人の手元に二人煙草。寄り添う二人の男女。見つめ合う二人。一服。月に登る煙。そしてキッス。背景に月。『二人煙草。口ねぶりの前の一口』」
「ねぶるのかよ!一気に台無しだよ!それに、マジでキスする?キスしちゃう?はどこ行ったんだよ!」
「盛ってるな」
「盛ってねえよ!」
「仕方ないな、じゃあ最後のフレーズは『二人煙草。キスの前の一口』にしといてやるよ」
「偉そうだな!まあでもいいよ。この企画で行くか。まとめて部長に提出しなきゃな」
「よろしく。口くさ君」
「それまだ続いてんのかよ!てか、お前もまとめるの手伝えよ!」
「わかってるって」
 そうして、会社の了承を得た新商品電子タバコ『二人煙草』が売り出された。その煙管を模したヴェポライザーのデザインや印籠といったアクセサリーがうけ、『二人煙草』は若者だけでなく幅広い年代の層からの支持を得た。吉原という設定のCMには一部のフェミニストが噛みついたが、悲恋的な情緒を掻き立てる遊女の演技は自身の身上を投影した風俗嬢たちの心をつかみ、演じた若手女優はベストCM女優賞を獲得した。『二人煙草』は社会現象になった。
 そうしていつしかこのようなフレーズを耳にするようになった。
「Aさんが二人煙草を吸っている」
「昨日みんなで二人煙草を吸ってみたんだ」
「昨日さ、彼氏とCMの真似して二人で二人煙草を吸ったんだ」
「静かなところで感傷に浸りながら一人二人煙草を吸うのが最近のお気に入り」
 愛国主義的な或る国語学者は、日本語の乱れを嘆いたが、彼のカバンの中には浮気相手にもらった『二人煙草』があるのであった。
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