狗神巡礼ものがたり

唄うたい

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四:狒々の池泉

必ず護り抜く

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「早苗さん、しばらくぶり。すっかり見違えちゃったね…。怪我は?」
「いえ…大丈夫です」

 失礼を承知で、着物の上から彼女の体に触れ、痛むところが無いかを確かめる。
 …良かった。擦り傷や小さな切り傷はあちこちにあるが、命に関わる怪我は無さそうだ。

「義嵐様もご無事で何よりです。遅くなってしまって、申し訳ありません…」
「いいや、よく助けに来てくれたね。仁雷とははぐれたか…?」
「…はい、山の中で…。青衣に、囚われてしまったと…」

 早苗さんの気丈の仮面が崩れかける。
 しかし、それを奮い立てるのも彼女自身。
 早苗さんは滲みかけた涙を、泥んこの袖で拭い去り、真っ直ぐな目でおれを見た。

「義嵐さま。どうかわたしと一緒に、仁雷さまを助けて…」
「……早苗さん……」

 一緒に、かぁ。
 あんなに小さくてか弱かった娘にここまで言われちゃ、おれも腹を括らないわけにはいかないよな。

「たくさん頼りなよ。必ず早苗さんを護り抜く。もちろん仁雷の奴も」

 その言葉を受け、早苗さんは心底嬉しそうに笑ってくれた。

 ーーーああ、やっぱりその笑顔。

 おれはどうしたって、この笑顔を護りたくて仕方ないんだ。


「早苗さん、出立前に体と着物を清めておいでよ。そのままだと気持ち悪いだろう?」
「あっ……う…いいえ。嬉しいお言葉ですが、今はお役目を早く果たしたいので、……に、においが気になると思いますが…このままでいさせてくださいませ」

 女の子にとって、今の状態は決して気分良いはずがないのに。
 それでも、自分に課せられた責務を全うしたいという想いが、早苗さんの行動を決める。
 ならばおれは、尊重するだけ。

「……わっ…!」

 彼女の小さな体をヒョイと抱え上げ、肩に乗せてやる。丸二日軟禁された体は、動き回りたくてうずうずしていた。

「さっさと行こう、緋衣。あんたの待ち侘びた試練の場へさ」

 緋衣はおれと、肩の早苗さんを見つめる。
 それからハアァ…と長い溜め息を吐き、傍らの白猿に命じる。

「柿! 儂のともをせよ!」
【緋衣様……。は、はい、どこまでも…っ】


 緋衣は柿と同時に、真っ直ぐ社殿の外へと駆け出した。
 それを追いかけ、おれ達も駆け出す。

 狒々達の脚力は目を見張るものがあった。
 打掛うちかけの重みなど無いかのように、緋衣の身のこなしは風の如し。人の姿をしていながら、獣が山を駆るのと同じ速度で、緋衣はおれ達との距離を開いていく。
 青衣に撒かれた時のことが思い出される。そして悔しげな仁雷の顔も。

「………っ!」

 あまりの速さに、早苗さんがおれの頭にしがみ付く。毛を掴む手から、確かに伝わる震え。

【…大丈夫。信じてな、早苗さん】

 山犬の姿に変化し、緋衣の背中を追い掛ける。速く、速く、速く。
 丸二日温存し続けた体力は、いくら脚力を振り絞っても、一向に尽きることはなかった。
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