狗神巡礼ものがたり

唄うたい

文字の大きさ
75 / 75
七:巡礼の果て

菊の花言葉

しおりを挟む
 狗神御殿のふもと。白露神社には、既に大勢のお客様方が集まっていました。

 君影様を始めとする雉子亭の皆様、南山の狒々王様とお猿様達、大勢の山犬の皆様。
 緋色の毛氈もうせんの上に座り、広い境内に咲き誇る冬桜ふゆざくらの花を見上げ、酒肴を召し上がっていました。

 賑やかで和やかな雰囲気に包まれた境内は、秋の寒気の中でもとても暖かく、桜を愛でるさまに、祝い事をする様に、人と物の怪に違いなど無いのだと実感します。

 そう考えながらわたしは、新調された白無垢に身を包み、白露神社へ向かって歩んでいました。
 帯に懐剣と手鏡を差し、頭に玉簪と、純白の菊花を差して。

 わたしの隣を歩くのは、漆黒の紋付袴姿の仁雷さま。そして、仁雷さまとわたしのすぐ後ろを、同じ紋付袴の義嵐さまと、大きな体の狗神様がゆったりと続き、山犬の皆様がわたし達の後ろに長い行列を成します。

「ーーー早苗さん、緊張してる?」

 仁雷さまは小声で、わたしの気持ちを案じてくださいます。

「…は、はい少し…。仁雷さ…、あっ、い、“狗神”様…?」
「“仁雷”でいいよ。貴女にそう呼ばれるのが、好きなんだ」

 好き。その言葉だけで、わたしは天にまで昇ってしまいそうな心持ちになるのです。

「はい、仁雷さま…。まだ夢みたいに、頭がふわふわしています…」
「大丈夫だよ早苗さん。仁雷はきみの千倍緊張してるからね」

 すぐ後ろから、義嵐さまが楽しそうに、声をひそめて教えてくださいます。
 それに反応する仁雷さまの反応も、すっかり見慣れた光景で。

「…ぎっ、義嵐…! 余計なことを、言うな…!」

 わたし達が境内へ到着すると、お客様方は一時歓談を止め、待ち兼ねた嫁入り行列に視線を注ぎます。

 本殿を降り、拝殿を過ぎ、行列はお客様の最も目に留まる“舞殿”へと続きました。
 わたし達が誓うべきは、新たな狗神様を敬う、“この山に住む皆様”に対してだからです。

 仁雷様とわたしは舞殿の中央に並び立ち、まず、北の山犬達に一礼を。東の雉達に一礼を。南の猿達に一礼を。そして、西の先代狗神様に深い一礼を。

 それから、わたし達は互いに見つめ合います。
 紋付袴姿の、凛々しく美しい仁雷さま。わたしの…旦那様となる方。その首に、もう首輪を思わせる刺青はありません。

 仁雷さまが、わたしの化粧顔と白無垢姿を真正面から見るのは初めてのことで、たちまちお顔を朱に染め上げてしまいました。

「!」

 その様子があんまりに素直で、可愛らしくて、わたしは失礼にも「ふふ…」と小さく笑ってしまうのです。

「……よ、よく、似合ってる。きれいだ…」
「仁雷さまも、とてもお似合いです」

 それから、仁雷さまは声を落ち着けて、熱を帯びた瞳で仰るのです。

「早苗さん……その、何かと不束ふつつかな俺だが、貴女を永遠に護り続ける。信じて、どうかそばに居て」

 その言葉の、なんと力強いことでしょう。
 彼のことを疑う余地が、たったの一度でもあったでしょうか。

 巡礼の旅を経て、わたしはひどく泣き虫になってしまったようでした。
 視界がぼやけてしまうのをグッと堪えて、彼の誠意ある誓いに応えます。

「ええ、もちろん。ずっとずっと信じております。わたしもまた、命尽きるまで、仁雷さまのおそばにいます。どうか、信じてくださいね」
「ああ、いつも信じているよ…」

 この方の与えてくださる信頼と愛情に、この先ずっと長い時間をかけて、わたしは応えていきたいのです。

 秋の実りを教えてくれる花野風はなのかぜが、わたしの頭に添えられた、真っ白な菊花を優しく揺らすのでした。


 〈了〉
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

先生の秘密はワインレッド

伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。 教師と生徒のドラマチックラブストーリー。 執筆開始 2025/5/28 完結 2025/5/30

処理中です...