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七:巡礼の果て
菊の花言葉
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狗神御殿の麓。白露神社には、既に大勢のお客様方が集まっていました。
君影様を始めとする雉子亭の皆様、南山の狒々王様とお猿様達、大勢の山犬の皆様。
緋色の毛氈の上に座り、広い境内に咲き誇る冬桜の花を見上げ、酒肴を召し上がっていました。
賑やかで和やかな雰囲気に包まれた境内は、秋の寒気の中でもとても暖かく、桜を愛でる様に、祝い事をする様に、人と物の怪に違いなど無いのだと実感します。
そう考えながらわたしは、新調された白無垢に身を包み、白露神社へ向かって歩んでいました。
帯に懐剣と手鏡を差し、頭に玉簪と、純白の菊花を差して。
わたしの隣を歩くのは、漆黒の紋付袴姿の仁雷さま。そして、仁雷さまとわたしのすぐ後ろを、同じ紋付袴の義嵐さまと、大きな体の狗神様がゆったりと続き、山犬の皆様がわたし達の後ろに長い行列を成します。
「ーーー早苗さん、緊張してる?」
仁雷さまは小声で、わたしの気持ちを案じてくださいます。
「…は、はい少し…。仁雷さ…、あっ、い、“狗神”様…?」
「“仁雷”でいいよ。貴女にそう呼ばれるのが、好きなんだ」
好き。その言葉だけで、わたしは天にまで昇ってしまいそうな心持ちになるのです。
「はい、仁雷さま…。まだ夢みたいに、頭がふわふわしています…」
「大丈夫だよ早苗さん。仁雷はきみの千倍緊張してるからね」
すぐ後ろから、義嵐さまが楽しそうに、声を潜めて教えてくださいます。
それに反応する仁雷さまの反応も、すっかり見慣れた光景で。
「…ぎっ、義嵐…! 余計なことを、言うな…!」
わたし達が境内へ到着すると、お客様方は一時歓談を止め、待ち兼ねた嫁入り行列に視線を注ぎます。
本殿を降り、拝殿を過ぎ、行列はお客様の最も目に留まる“舞殿”へと続きました。
わたし達が誓うべきは、新たな狗神様を敬う、“この山に住む皆様”に対してだからです。
仁雷様とわたしは舞殿の中央に並び立ち、まず、北の山犬達に一礼を。東の雉達に一礼を。南の猿達に一礼を。そして、西の先代狗神様に深い一礼を。
それから、わたし達は互いに見つめ合います。
紋付袴姿の、凛々しく美しい仁雷さま。わたしの…旦那様となる方。その首に、もう首輪を思わせる刺青はありません。
仁雷さまが、わたしの化粧顔と白無垢姿を真正面から見るのは初めてのことで、たちまちお顔を朱に染め上げてしまいました。
「!」
その様子があんまりに素直で、可愛らしくて、わたしは失礼にも「ふふ…」と小さく笑ってしまうのです。
「……よ、よく、似合ってる。きれいだ…」
「仁雷さまも、とてもお似合いです」
それから、仁雷さまは声を落ち着けて、熱を帯びた瞳で仰るのです。
「早苗さん……その、何かと不束な俺だが、貴女を永遠に護り続ける。信じて、どうかそばに居て」
その言葉の、なんと力強いことでしょう。
彼のことを疑う余地が、たったの一度でもあったでしょうか。
巡礼の旅を経て、わたしはひどく泣き虫になってしまったようでした。
視界がぼやけてしまうのをグッと堪えて、彼の誠意ある誓いに応えます。
「ええ、もちろん。ずっとずっと信じております。わたしもまた、命尽きるまで、仁雷さまのおそばにいます。どうか、信じてくださいね」
「ああ、いつも信じているよ…」
この方の与えてくださる信頼と愛情に、この先ずっと長い時間をかけて、わたしは応えていきたいのです。
秋の実りを教えてくれる花野風が、わたしの頭に添えられた、真っ白な菊花を優しく揺らすのでした。
〈了〉
君影様を始めとする雉子亭の皆様、南山の狒々王様とお猿様達、大勢の山犬の皆様。
緋色の毛氈の上に座り、広い境内に咲き誇る冬桜の花を見上げ、酒肴を召し上がっていました。
賑やかで和やかな雰囲気に包まれた境内は、秋の寒気の中でもとても暖かく、桜を愛でる様に、祝い事をする様に、人と物の怪に違いなど無いのだと実感します。
そう考えながらわたしは、新調された白無垢に身を包み、白露神社へ向かって歩んでいました。
帯に懐剣と手鏡を差し、頭に玉簪と、純白の菊花を差して。
わたしの隣を歩くのは、漆黒の紋付袴姿の仁雷さま。そして、仁雷さまとわたしのすぐ後ろを、同じ紋付袴の義嵐さまと、大きな体の狗神様がゆったりと続き、山犬の皆様がわたし達の後ろに長い行列を成します。
「ーーー早苗さん、緊張してる?」
仁雷さまは小声で、わたしの気持ちを案じてくださいます。
「…は、はい少し…。仁雷さ…、あっ、い、“狗神”様…?」
「“仁雷”でいいよ。貴女にそう呼ばれるのが、好きなんだ」
好き。その言葉だけで、わたしは天にまで昇ってしまいそうな心持ちになるのです。
「はい、仁雷さま…。まだ夢みたいに、頭がふわふわしています…」
「大丈夫だよ早苗さん。仁雷はきみの千倍緊張してるからね」
すぐ後ろから、義嵐さまが楽しそうに、声を潜めて教えてくださいます。
それに反応する仁雷さまの反応も、すっかり見慣れた光景で。
「…ぎっ、義嵐…! 余計なことを、言うな…!」
わたし達が境内へ到着すると、お客様方は一時歓談を止め、待ち兼ねた嫁入り行列に視線を注ぎます。
本殿を降り、拝殿を過ぎ、行列はお客様の最も目に留まる“舞殿”へと続きました。
わたし達が誓うべきは、新たな狗神様を敬う、“この山に住む皆様”に対してだからです。
仁雷様とわたしは舞殿の中央に並び立ち、まず、北の山犬達に一礼を。東の雉達に一礼を。南の猿達に一礼を。そして、西の先代狗神様に深い一礼を。
それから、わたし達は互いに見つめ合います。
紋付袴姿の、凛々しく美しい仁雷さま。わたしの…旦那様となる方。その首に、もう首輪を思わせる刺青はありません。
仁雷さまが、わたしの化粧顔と白無垢姿を真正面から見るのは初めてのことで、たちまちお顔を朱に染め上げてしまいました。
「!」
その様子があんまりに素直で、可愛らしくて、わたしは失礼にも「ふふ…」と小さく笑ってしまうのです。
「……よ、よく、似合ってる。きれいだ…」
「仁雷さまも、とてもお似合いです」
それから、仁雷さまは声を落ち着けて、熱を帯びた瞳で仰るのです。
「早苗さん……その、何かと不束な俺だが、貴女を永遠に護り続ける。信じて、どうかそばに居て」
その言葉の、なんと力強いことでしょう。
彼のことを疑う余地が、たったの一度でもあったでしょうか。
巡礼の旅を経て、わたしはひどく泣き虫になってしまったようでした。
視界がぼやけてしまうのをグッと堪えて、彼の誠意ある誓いに応えます。
「ええ、もちろん。ずっとずっと信じております。わたしもまた、命尽きるまで、仁雷さまのおそばにいます。どうか、信じてくださいね」
「ああ、いつも信じているよ…」
この方の与えてくださる信頼と愛情に、この先ずっと長い時間をかけて、わたしは応えていきたいのです。
秋の実りを教えてくれる花野風が、わたしの頭に添えられた、真っ白な菊花を優しく揺らすのでした。
〈了〉
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