アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-

唄うたい

文字の大きさ
36 / 39
第11章 叶【かなえる】

11-1

しおりを挟む
 エレベーターには下向きのボタンしかついていない。ボタンを押してしばらく待つと、またギギギ…と嫌な音を響かせて、エレベーターが到着した。
 内装も稔兄ちゃんと乗った時と同じだ。………ただ違うのは、

「…………?」

 中にはボタンが無かった。
 稔兄ちゃんと乗った時はあったような気がするのに、今は真っさらだ。四方、どの壁も…。

 ボタンを押していないのに、エレベーターは勝手に下の階へ向かっていく。
 真っさらな壁に対して扉の上部には、オレンジ色に点滅する階を表す数字が、たくさん記されていた。

「…………っ。」

 地下80階どころじゃない。
 100階、300階、500階…。
 数字は800階まで記されていたけど、どうやらそれを振り切ったらしい。明らかに800階を過ぎたのに、オレンジの点滅はいつまでも800階の位置にあった。
 このエレベーターは商店街じゃなく、地の底へ向かっているんだ…。

 そこからがまた長かった。
 いつ着くのかも分からず、嫌な浮遊感だけが続く。
 1600階ぶんは超えただろうにエレベーターのスピードは衰えず、むしろ加速していった。

 不安げに天井を見る。つい10分前までいた地上がとても懐かしく思えた。
 帰りたくない…と言ったら嘘になる。でもそんな時はヨシヤの顔を思い浮かべて、耐える。

 ………やがて、

「!」

 エレベーターの風音が弱まってきた。
 同時に緩むスピード。目的地が近いんだ。

「………もうすぐ…。」

 もうすぐ会える。私をここへ導いたやつに。


 “チンッ”


 軽いベルを鳴らすと、エレベーターは何事もなかったかのように扉を開いた。
 そこは真っ暗で、きぃんと耳鳴りがするほど静かな空間だった。
 明かりもなにもない。天井も壁も地面も見えなくて、ここが狭いのか広いのか、それすら見当がつかない。

 恐る恐る一歩だけ足を出して、

「………あ。」

 硬い地面を踏むことができた。どうやらコンクリート…みたいだ。
 二歩、三歩と進み出る。ついでに左手を伸ばしてみると、案外すぐに硬い壁に触れた。これもコンクリートみたい。

「…そうか、トンネル…。」

 人が二人並んで歩ける程度の狭いトンネル。例えるならそれが、今いるこの空間だ。

 勇気を出して、先を目指して歩く。
 壁を伝いながら。目を凝らしながら。

 見世物屋でのオバケみたいに天井から何かが現れたらどうしよう…。そんな不安もあったけど、周囲はしんと静まり返るばかり。何かが現れるような気配は無かった。幸いというべきか、残念というべきか…。

 ――ひた、ひた…

 ――ぺた、ぺた……

「……………。」

 私が壁に手をつく音と、靴が地面を歩く音ばかりが、嫌に耳につく。
 あまりの静寂。まるでこの世界に私一人しかいないみたいな…そんな恐怖がじわじわと沸き上がって、

「…っ、だ、…誰か!
 …誰かいませんかっ?」

 長く長く続く暗闇に向かって呼び掛けてみた。
 すると、どうだろう。


「…ようこそ。
 ずうっと待っていたよ、不思議な地上の子…。」


 不変かに思われた暗闇トンネルに、変化があった。
 明かりが点いたんだ。

「……っ!!」

 思わず目を覆う。その間際に見えたのは、トンネルの両側の壁に等間隔で並べられた、ブリキのカンテラ。
 さっきまでの暗闇から一変して、辺りはカンテラの放つ淡いオレンジ色の光に包まれた。

「………うっ…。」

 光が目に染みるけど、そんなことよりも、今しがた聞こえた“声”のほうが気になる。

「……誰?」

 そろりそろりと覆っていた手をどける。
 声の聞こえたトンネルの向こうに目をやると…、そこには見たことのない“黒い人”がいた。

 黒い着物に黒い髪、黒い雪駄せったに、チューリップの花をひっくり返したような古めかしい黒い帽子。目深にかぶっているから顔はよく見えない。
 そんな、不自然に黒ずくめな人が、トンネルの真ん中に立っていた。

「勇気のある子だ。逃げる機会を与えられたにも関わらず、自らこの世界に舞い戻るなんて…。」

 背が高くて声が低い。男の人…のようだけど、

「………あ、あんたも…“人鬼”なの…?」

 帽子を突き破って生えている、二本のひしゃげた黒い角が、ただの人間でも商売人でもないことを物語っていた。

 男の人は、口をにんまり歪めて笑う。
 けれどその笑みは、肯定の意味ではなかった。

「……いいや、わたしはそんな明瞭な存在じゃあない。
 もっとあやふやなものだよ。」

「………え…?」

 そう。それは、

 ―――自嘲だ。

 …ヨシヤが見せた自嘲より遥かに、開き直った印象があるけど。

 姿は人鬼のよう。オバケたちとも似つかない、見たことのない人物。彼はおもむろに両手を広げた。

「…改めて、地上の子よ。賽の河原への来訪を歓迎しよう。
 …いや、君の世界ではこちらのほうが馴染み深いか。
 ようこそ、アンダーサイカへ。
 “西城 豊花”…。」

「………っ?」

 なぜ私の名前を知っているんだろう。
 誇らしげに口上を述べた直後、彼は俯きがちだった顔をほんの少しだけ上げて見せた。

 帽子のつばの奥にちらりと見えた瞳は、ぞっとするくらいに綺麗な…紫色をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...