最後のひと押し

唄うたい

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6 真実

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「リリー、おはようございます。
今日もよろしくお願いします。」

起床から1時間後、僕は何食わぬ顔で、リリーの待つ独房へと舞い戻った。


「…君、死んでないの?」

驚きを隠せないリリーは、昨日よりも厳重に体を拘束されている。頭までも椅子に固縛されている状態だが、口だけは自由だった。
僕が課長に頼んだのだ。会話が無くては、彼女を知ることが出来ないから。

「いいえ、昨日の機体は破損しました。
貴女に愛された代償ですね。
この機体は予備機です。」

「…じゃあ、昨日の子はもういない?」

この返答には僕も悩んだ。時間にして、およそ0.5秒。
機体単位で言えば、昨日の僕と今日の僕は別物だ。
しかし今ここにいる僕は、昨日強制シャットダウンした僕の意識を引き継いでいる。

「機体と個体データは別々の場所で管理されています。機体は複製品に過ぎませんが、特殊構築された個体データはサーバ上に常に同期するようプログラムされているんです。」

人間でさえ、細胞が日々死んでは生まれ続ける。
その理屈で言えば、1年前のリリーはもう死んでいることになる。だが、今目の前にいるのは生きたリリー本人だ。

「?」

よく分からない、と言いたげな彼女に、僕は要約に要約を重ねて答えた。

「ブリキです。
貴女のことが大好きなブリキですよ。」

今日は、僕はどうしても彼女に確認したいことがあった。
これまで読み漁ったデータの断片を繋ぎ合わせると、薄らだが彼女の人物像が浮かび上がる。そこに秘められたバックボーンを何通りもシミュレーションした結果「これしか無い」と確信した。

「リリー。
今日は、貴女の故郷の話をしようと思って。」

「………。」

「西方の静かな漁村。
地図にも載らないほどの小さな集落。
そこで貴女は生まれ10歳まで過ごした。
当時のことを覚えていますか?」

現在では他の地区と合併し、元々小規模な漁村は国の漁業組合に吸収され消滅した。
リリーは当時の漁村で生まれた、数少ない子どもだそうだ。

リリーの視線が下を向く。
落ち着かないのだろう。体を揺すりたいのに、拘束具はそれを許してくれない。

「………最初の一人目だ。」

やがて血色の良い唇が呟いた一言に、僕は「やはり」と相槌を打ちたくなった。


「…パパは、冷たい海に沈んで、サーモンの餌になったよ。」

「貴女の最初の殺人ですね。」

リリーが殺人を犯すようになったのは、大人になってからじゃない。
彼女が10歳の年、件の漁村で起こった水難事故を、古い記録から拾うことができた。
その被害者こそ、彼女の実の父親だ。

「でもそれは憎んでいたからじゃない。
お父様が愛してくれたように、ただ貴女もお父様を愛しただけだった。
そうですね?」

リリーは明らかにストレスを感じ始めた。
体のあちこちが疼くのか、しきりに体を揺すっている。

僕は当然、リリーの身体データにもアクセス済み。
身長体重スリーサイズまでも知り得ることができたのは僥倖ぎょうこうであり、彼女の体の至る所に、虐待による傷痕が刻まれているのも知っていた。

「……パパがお道具を部屋に置き忘れていたから、あたしが代わりに使って…でも、なぜか、パパは動かなくなった…。」

父親は首にスタンガンを押し当てられ、そのまま海に転落したという。
後に海の中からスタンガンが発見されたが、検出された指紋は彼自身のもの。結果は自殺として処理されたのだ。

それもそのはず。
リリーは虐待の過程で、自身の指紋を焼き潰されていたのだから。

「…パパは、何度もあたしに同じことをした。
“愛しているから痛みを与えるんだよ”。
パパもママも、ずっとそうやって、あたしを愛してくれたから…だから、あたしも…。
…あ、あれ…?」

これまで淡々と語っていたリリーに、ふいに戸惑いの色が浮かぶ。どうやら彼女の中の“信仰”は、両親ほど完璧なものでは無いらしい。

「ええ、リリーは正しい。
間違っていませんよ。安心して。
だって僕のことも愛してくれたじゃないですか。」

僕は慈しみを込めた笑顔の裏で、これまでの辻褄を確認していた。
これは、当時あの地域で流行していた新興宗教だそうだ。信者である両親は幼い我が子を虐待し、それが「愛情だ」と教え込んで洗脳するという。

もっとも、機械の僕は神だの仏陀ブッダだのを信じない。
僕の創造主は「人間」だから。

「リリーは、最初にお父様を愛して、」

リリーの美しさに惹きつけられた人間は何人いたのだろう。
中でも、過去に逮捕歴を持つような輩は、リリーを力尽くでにしようとしただろうな。彼女に暴力を振るった人間が、少なくとも85人いた計算になる。

そんな中でリリーは、信仰と自衛の板挟みにされた結果「愛し返す」という歪んだ思想を形成したのだろう。

「そして最後はメグを?」

そこで、リリーのバイタルが少し安定した。


ブルーの目が閉じられる。
記憶を遡っているのだろう。

「丘のサイロの中で、ママはあたしを一日中愛してくれた。
痛くて苦しかったけど、でもそれが愛なの。ママはあたしを愛してるから、こうして……。」

「………。」

「愛されるのが嬉しくて、でも体は痛くて、でもそれが気持ち良くて、でも痛くて叫んで叫んで、…パパとママが教えてくれたことを、あたしも返し続けたの。ずっと。」

リリーの、不自然に掠れた声の原因か。
不安と疑心の中で懸命に助けを求め続けた結果だっていうのか。

「………でも、結局誰も、私の愛を受け入れてくれないんだよ。」

僕は患者の話を聞くことが仕事だが、こればかりは、もう充分だと感じた。

「…ありがとうございます、リリー。」

もうこれ以上、話させたくないと思った。

「メグは、リリーのお母様なんですね。」

僕はリリーの頷きをもって、聞き得た情報を外部の局員へ伝えるためフィードに流す。

《課長。
メグ・エバンズの居場所は恐らく、合併前のフェルスト村のサイロの中。
状況はほぼ間違いなく、死亡です。》

リリーはただ純粋に愛を実行していたのだろう。受けた愛を返すことで、彼女の心は満たされていたのだと思う。
ただその過程で“相手が死んでしまう”なんて、微塵も予想していなかっただけで。

「…リリー。
貴女のくれた愛、僕はしっかりと受け止めましたよ。」

「……。」

僕は機械だ。
機体が何度破壊されようと、予備がある限り死ぬことはない。

「ほら、見てください。
僕は死んでなんかないでしょ?
貴女がしたことは間違ってなかったんです。」

例え今ここにいる僕の自我が、メインサーバにバックアップされた記憶の焼き増しだとしても、“僕”は生きてる。

「……じゃあ、ブリキちゃんも…私を愛してよ…。」

リリーは両目一杯に涙を溜めて、僕に懇願した。そればかりは、僕は応えることができなかった。
アンドロイドは、人間の生命を奪う行為を禁じられているからだ。

「………。」

ただひとつの例外を除いて。

「分かりました。
明日、僕が貴女を愛します。」
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