縁は異なもの、味なもの

坂巻

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第8話 揺蕩う寄る辺

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「うち、暦 右夜こよみゆうや。基本的にはこっちの名前でええけど、仕事中は『月牙』呼びがええな。日常と非日常で使い分ける感がやっぱかっこええし」
「わかりましたわ。暦さん、よろしくお願い致します」
「よろしくみこっちゃん!」
「……みこっちゃん」

人生初めてのあだ名というものの距離感にびっくりする。クラスメイトたちからも『櫛笥さん』としか呼ばれたことがない。

「みこっちゃんも締結師よな? 露払一門なん? あんま見たことない巫女服やけど」
「いえ、わたくしは破邪師で――」
「えええ!? 妖・即・殺の!?」
「破邪師の認識が物騒すぎませんか」

わたくしと露払はすでに昼食を終えたが、月牙――こよみは未だにからあげを食べ続けている。その華奢な身体のどこに大量の揚げ物が収納されてくのか原理は不明だ。ちなみに、からあげ弁当は、からあげ・白米・少量のごまで構成されており、野菜の類は一切入ってない。

「それが露払せんせのとこにねえ……どしたん?」
「色々とありまして」

陰陽寮には説明したので露払には伝わっているだろうが、暦を大須賀家の事情に巻き込んでしまっていいものか。そう逡巡し無難に返しておく。詳しく語ろうとしないわたくしに、露払は何も言わなかった。

「ふうんわけありなんや。やっぱ秘密ある方が、かっこええよな」
「はい? そうですか……?」
「でも妖嫌いの破邪師から締結師へ転向かぁ。式神契約もしとるみたいやし、いけるんかなぁ」

わたくしの隣で丸まっている村雲へと、暦の目線が移動する。どうやら彼は破邪師を含め色々と誤解しているようだ。

「知識を得ることで戦闘の幅は広がりますが、わたくしの能力では締結師にはなれませんわ。それに村雲はわたくしの式神ではありません」
「はぁ!?」

何故か驚愕の声を上げたのは露払だった。

「ちょ、ちょと待て。その妖狐、櫛笥の契約下にないのか?」
「ええ。別のお方の式神です。ですが契約はもう切れてしまったので、普通の――なんというのでしょう……善良で協力的な妖ですわ」
「破邪の力を与えて、一時的に従わせているとか?」
「まさか。わたくしが村雲を? ありえません」
「……櫛笥は他の妖と式神契約は交わしているのか?」
「残念ながら。そんなことをする特異な妖とは出会ったことがありませんわね」

自身の話をしていると気が付いた村雲が、顔を上げる。考えたこともなかったが、術者と妖が懇意にしていれば式神だと勘違いされるのは仕方のないことかもしれない。

「連携も取れとるし契約しとるんかと思った。めずらしなぁ」
「だから破邪師でも俺に振ったと思ったのに、どうなってんだよ陰陽寮」
 また新たなからあげを食べながら感心する暦と、当てが外れたらしく眉間に皺を寄せる露払。
「じゃあなんだ、そこの妖狐は別に契約してねぇ嬢ちゃんに反抗もしないし戦闘にも協力するし常に身近に控えてるのか。契約してねぇのに」
「せんせ、契約してない2回も言うてる」
「とても良い子なのですわ」

村雲が本当に良い妖だというのは、ミチルに仕え続けているときからずっと知っている。さすがに、与えられてばかりというのは心が痛むので、金銭的が入り次第彼の大好きなチョコレートを返していくつもりだ。他に望む物があるならそれも用意してやりたい。

「今は助けられてばかりですけれど、できるだけ早く身体で返すつもりです」
「えっ」
「ああ、そういう……」
何故だか暦は顔を真っ赤にして固まる。露払はげんなりした表情になったが、何かに納得したようだった。

よくわからない沈黙がしばらく続く。

「……いやあー、うちにもいよいよ妹弟子ができるんやなあ」
急に暦が話題を変えてきた。

「おい右夜。積んできた経験も実力も、櫛笥の方が上だぞ」
 わたくしと暦が自己紹介しあった後だからか、露払の暦への呼び名が変わっている。もう仮名で隠す必要もないからだろう。
「それはわかっとるけど、立場的にはそうなるやろ? それに締結師についての情報量ならさすがにうちのほうが先輩やろ」
「たのむぞ先輩。櫛笥に俺の教えってたいしたことないんだなってって思われないようにほんと頼むぞ先輩」
「うん」
「不安」
「露原せんせはもちょっとうちのこと信用してくれてええんちゃうかな」
「昼飯買いに行って財布空にするやつは信用できねえな」
「数千円しか入ってなかったやん!! しかもカードとかつこてないし!!」
「当たり前だバカ!!」

目の前で繰り広げられるやりとりを、お茶を飲んで静観する。慣れ親しんだ師弟たちはだいぶ地が出ているようで、わたくしと対しているときの雰囲気ではない。初めは敵として遭遇した暦の本質も、こうやって過ごしてようやく掴めてきた。
仲良く言い争っていた2人はわたくしの視線に気が付くと、ぴたりと口を閉じた。露払の方は罰が悪そうに眼をそらしている。会話が止まったので、今度はわたくしから話題を変えることにした。

「ごちそうさまでした。お弁当代はお支払いいたしますわ」
「いや、いらん。どうせ今後の仕事の金も家賃とか諸々引いた額渡すし、俺の家で飯食う時にそんなこと考えなくていい」
「……感謝致します」

露払にそう言ってもらえるのは正直とてもありがたい。持ち出した現金はかなり減っている。住処もなくお金が手に入れられない状態が続くなら、野宿することも考えていたのだ。

「んで、みこっちゃんはどうすんの? ここ一緒に住むん?」
長い髪を時折邪魔そうに後ろに流しながら、暦に尋ねられた。彼は喋り終わった瞬間に口の中にマヨネーズをつけたからあげを放り込み、答えを待ちながら咀嚼している。
わたくしにわかるはずもなく、返答してくれたのは露払だった。

「いや櫛笥には、この近くの露払で管理してるアパートに住んでもらおうと思ってる。今窓とか開けて風通してるとこだ」
「なんや、みこっちゃんが来ればおっさんとばっか飯食う生活から解放されるって思たのに。最近は陽炎ちゃん全然うち来てくれへんし」
「あいつも大学が忙しいんだろ。それに見習いからは卒業したんだし、ここで学ぶ理由がない」
「さみしいなぁ」
「暦さんは、露払さんとこちらにお住まいなのですか?」
 お茶の注がれたコップに手を伸ばしながら暦は肯定した。
「うん。うちの親両方とも締結師で……むっちゃ忙しくてさ。今年から長期の仕事があって、うちのことどないしよってなってな。露払せんせなら親と仲いいし、うちも前から師事してたし、住み込みで修行もできるからちょうどいいなって。そういうわけで、親元から離れて大人の締結師としての? 輝かしいスタートを切ったわけや」
「去年までランドセル背負ってたやつが大人ぶるな」
「去年卒業したんやからええやん」
「お、おう……」

あまり否定しすぎるのも良くないと思ったのか、露払はそれ以上何も言わずに立ち上がった。その際に畳の上に放置していたスマートフォンを作務衣のポケットに突っ込んでいる。

「じゃあそろそろ櫛笥が住む家に案内して、近くのスーパーとかも連れてくか。右夜、留守番頼むぞ」
「え、うちも行きたいんやけど」
「本当なら学校行ってる時間だろ、大人しく出された課題やってろ」
「うへー」
「ほら櫛笥行くぞ」
「はい。あの暦さん色々とお話してくれてありがとうございました。これにて失礼致します」
「ん。またなーみこっちゃん」

少し不満げな暦を残し、わたくしと露払はやはり縁側からの庭という経路で出かけることとなった。村雲も尻尾を揺らしながら、ぽてぽてと後ろをついてくる。



新たな寄る辺は確保した。
後はどう利用し、利用され、生きていくべきか。
新生活は想像していたよりも平穏な始まりで、だからこそ忘れてはいけないと気を引き締める。

妖の傍らで生きていくということは、真の意味で平穏など決して手に入らないということだから。
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