私のこと次は捨てないでね

坂巻

文字の大きさ
1 / 1

私のこと次は捨てないでね

しおりを挟む
「うえ、飲み過ぎた……」

真夜中の閑静な住宅街の細い路地にて。
俺は頭が飛んでいきそうになる酩酊感と、襲ってくる吐き気と戦っていた。

黙って突っ立っている電柱に身体を預け、天を仰ぐ。
どうか気分がちょっとでもマシになってくれますように。
星に祈ってみるが、ちっちゃい光の点がぼやけるだけで何もわからない。

会社帰りに同期としこたま飲んだ。
ビールに梅酒に普段あまり飲まない焼酎も。飲み屋を出た後はバーに行って、創作カクテルを飲んだり、ショットグラスを何杯も空けたりした。
煩わしい人間関係や、仕事での重圧など、飲んだ理由は色々とある。
放っておけばいつか爆発した鬱屈を、楽しく過ごして晴らしただけ。
それが、たまたま今日だっただけ。
それだけだ。

自宅の最寄り駅から徒歩で数十分。
あの角を曲がれば、1人暮らしのアパートが見えて来る。
最近まで引っ越すつもりでいたが、事情が変わったのでまだ住むことになりそうだ。

ちゃんと道路を踏めているのか、酔いすぎて感覚さえわからない足を動かす。
あと少しで俺の部屋だ。

自販機の頼りない明かりを通り過ぎ、アパートの入り口までたどり着いたところで、ふと立ち止まった。

複数の袋と生臭い匂い。
ネットのかけられた、ゴミ捨て場。

生ごみなんかを捨てるバケツの上に、何かがあった。

星と自販機の光を受ける、ごわついた黒の毛玉。
しっぽをしまい込んで震えるように、その生き物は座り込んでいる。
真っ黒の輝く瞳が、救いを求めるように俺を見ていた。


「ね、こ?」


首輪もしていないし、おそらく野良猫。
誘われるように手を伸ばせば、逃げることなくその猫は俺を受け入れた。
頭の部分を恐る恐る撫でてみる。
抵抗はない。
ただ、無言で俺を見つめ続けるだけだ。

下の辺りを触って、掌が何かで濡れる。
よくよく観察すれば、赤い液体が付着していた。

血、だ。

「お前、もしかして怪我、してるのか?」

黒猫は答えない。

「その、なんもないけど、うちくるか?」

1人暮らしの汚い部屋だが、こんなゴミ捨て場よりましなはずだ。
服が汚れることも構わずに、そっと黒猫を抱き上げる。
怪我をした猫は、嫌がることなく俺の腕の中に納まった。

この時の俺は、先ほどまでの気持ちの悪い酔いから解放されていた。
意識がこの猫に集中しているおかげで、それ以外がどうでもいい。
脂っこい、汚れて固まった冷たい毛。
ずっと外にいた猫は冷え切っていた。
それでもその存在が、俺の心を温めてくれる。

二階建てのアパートの、一番奥の角部屋。
そこが俺の根城だった。
ようやく目的の場所にたどり着き、片手でポケットを弄る。
黒猫を落とさないように注意しながら、なんとか鍵を差し込んだ。

視界がぐらつく。
吐き気はマシになっても、アルコールを摂取した身体が正常になったわけではない。
何度も、ガチャガチャと鍵を回し、ようやくドアが開く。

部屋へ入って、揺れる手をなんとか導いて鍵を閉めた。
ふわふわする。ぐらぐらしている。
狭い玄関で、靴を踏みそうになって、足でだらしなく押しのけた。
この邪魔な靴は誰かに履かれることもないだろうし、捨ててしまおう。
今朝、余分なものは捨てたばかりだったが、まだまだ大掃除は必要のようだ。

ゴミや、買ったまま放置してある日用品にぶつかりながら、なんとか部屋の電気をつけた。
黒猫を、そっとクッションの上に置いてやる。
猫は相変わらず不安げに瞳を潤ませるばかりで、鳴くこともしなかった。

「血も出てるし、痛かったよな……ちょっと待ってろ」

湿らせたタオルでごわついた毛を拭いてやる。
傷口辺りについていた、細かい汚れを落として、できるだけ清潔な布で包んでやった。ただの一人暮らしの社会人の家に包帯だとか、そんな気の利いたものは無いので、これで勘弁してほしい。

俺にできるのはこれぐらいだ。
明日は休みだし、動物病院に連れて行ってやろう。

揺れる頭でなんとか部屋を移動しながら、風呂を済ませ、部屋着に着替える。
歯を磨かないと。
野良猫に何か食べさせた方がいいか。
近場の動物病院を検索して。

やらないと、と考えたことが、どんどん意識外へ滑り落ちる。
むり、もうだめ。
寝たい。

疲労と酒で、俺の思考は電源が落ちる寸前だった。

ふらつく俺とは違って、黒猫は大人しく、クッションの上で丸まっている。

「いっしょに、ねるかあ?」

抱き上げて、そのままベッド上の冷たい布団をかぶる。
夢へと飛び込むその間際、弱弱しい猫の鳴き声を聞いた気がした。
同意が得られたなら、大丈夫だな。
そして俺は、――ね、と、寝。










窓の外で小鳥がさえずっている。
瞼の先で明るさが朝を主張し、このまま寝てもいられない。
まだ重さの残る体と頭で、目を覚ました。

ぼうっと、ベッドの上に寝ころんだまま、昔読んだ漫画を思い出す。
たしかジャンルはラブコメで、主人公は傷ついた犬を拾って帰って、翌朝全裸の美少女が隣に寝てたってやつ。その美少女は前日助けた犬で、主人公に一目ぼれして、そこから他にも美少女がやってきて、騒がしい毎日になるという話だ。

いいよな、それ。
俺にも起こらないかな。
俺が助けたのは、猫だけど。

そんなくだらないことを考えて、自分でもおかしくなって笑いながら、俺は布団をめくった。

「おーい起きろ。腹減ったろ? なんか……」

昨日、黒猫を抱きしめて寝た。
猫がいた辺りに、見覚えのあるものがあった。


朝の光を受ける、黒い髪の毛。
助けを求めるような、見開かれた瞳。
赤黒く変色した、元々白だった布。



それは昨日捨てたはずの、女の生首だった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

合宿先での恐怖体験

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...