充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道

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第六章 生徒編

第三話 妹よ、俺は今保護者面談をしています。

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 ・・!?

 ・・・!?

 おっ、二人とも気付いたか、少しミルの方が早かったな。

「参りました」

 勿論、ガイアソーサも気付いている。この対局が詰んだのは五手前、俺が気付いていない可能性もゼロではないのでガイアソーサは念のため対局を続けたが、ここで投了となる。

「ありがとう、楽しかった」

「いえ、こちらこそ勉強させていただきました。ありがとうございます」

 本来なら、ここで感想戦と行きたいところだが、ミルとタティス以外はわからないだろうから今日はここでお開きだな。

 席を立とうとすると、空気を読まない男が興奮して声を荒げる。

「素晴らしい!素晴らしい対局でした!」

「何を興奮しているんだ、サンセラ。お前、将棋のルールなんて知らないだろう」

「失礼な、知っていますよ。師匠に頂いた小説に出てきますから」

 そいつは失礼しやした・・・手裏剣もそうだけど、あの時、忍者を馬鹿にされて腹を立てた勢いで渡してしまった小説がサンセラの人生ならぬドラゴン生にこうも影響を与えてしまうとは・・・

「いやー、流石は師匠。守りを固めながらもしっかりと罠を張り、ガイアソーサの罠に嵌ったふりをして逆に罠に嵌めるとは。前半、守りの為に配備したと思っていた銀が投了九手前の桂馬で突如凶暴性を発揮し、五手前の香車で完全に息の根を止めましたね。中盤、香車と銀を交換したときは損をしたと思っていましたが、まさかここで使う為とは、恐れ入りました」

 おい、おい、嘘だろ。サンセラの奴、完全に俺とガイアソーサの対局を理解しているじゃないか・・・マジか!

「ただのゲームだと思っておりましたが、将棋がこれ程面白いとは。取った駒を使えることで指し口は無限となり、戦略性に富んだ素晴らしいゲームだ。私には将棋盤を挟んだ師匠とガイアソーサが、真剣を取って勝負しているかのように映りました。まさに、究極の知能戦だ!」

『うむ、その通りだ!』

 ちょっと興奮し過ぎじゃない?肩に乗る聖獣様まで大丈夫?

「師匠、マザーループ、将棋部を作りましょう!」

「お前なぁ・・・」

 思い付きで適当なこと言うんじゃないよ。今は子供達の間で流行っているかもしれないけど、いつまでもブームが続く訳じゃないぞ。

「将棋は頭の体操にもなります。遊びだけでなく、本格的に将棋を学びたい子供達がいつでも指せる場を作るべきです」

 尤もらしいこと言いやがって、お前が指したいだけだろ。

「マザーループ、こんなこと言っていますが、どうします?」

「将棋ならそれ程お金もかかりませんから部を作るのは問題ありません。問題は誰が顧問を・・」

 そう、この学校の教員は少数精鋭、皆忙しい。

「勿論、言い出しっぺの私がやります。部屋の使用許可さえいただければ、道具は全て師匠に作っていただきますのでお金もかかりません」

 当たり前に師匠を使い始めたよ・・・別にいいけど。

「ぼく、サンセラ先生が作る将棋部に入りたい!」

「わたしも!」

「よくぞ言った。タティス、ミル、共に将棋道を究めようぞ!」

「「うん!」」

 出たよ、このノリ。でもまあ、今回の対局はタティスを刺激できればと思ってのことだし、子供達がやりたいのなら止める必要もないか。

「マザーループ、よろしいですか?」

「勿論です。今後も部活動のことはトキオさんにお任せしますので、私の許可は必要ありません」

「ありがとうございます」

「「「やったー!」」」

 ミルとタティスの喜ぶ姿も見られたし、よしとするか。一緒に喜んでいるサンセラと俺の肩から離れて宙返りをしているコタローはどうでもいいけど・・・って言うか、コタローは燕の姿じゃ将棋指せないだろ・・・

「必要な道具は今日中に用意しておくよ」

「ありがとうございます、師匠。あっ、そうだ、将棋部だけでなく、手裏剣部も作りたいのですが」

「アホか・・・却下だ」

「えぇぇぇぇぇ」
『えぇぇぇぇぇ』

 当たり前だろ、なんだよ手裏剣部って・・・やっぱり、サンセラとコタローに忍者小説を渡したのは失敗だったかなぁ・・・


 ♢ ♢ ♢


 コン、コン!

 ノックの主はわかっている。深夜という程の時間ではないが、こんな時間に俺の丸太小屋を訪ねてくるなんて何かあったのか?

「はい、どうぞ」

「夜分に失礼いたします」

「どうかされましたか?」

 申し訳なさそうにドアを開けたのは、孤児院の寮母ラーラさん。ミーコの母親でもある。

「こちらへどうぞ、今お茶を淹れますね」

「トキオ先生が私ごときにお茶を淹れる必要などありません。どうかお気遣いなく」

 うーん・・・謙虚なのは良いことだが、自分を卑下し過ぎるのは良くないなぁ。

「美味しい緑茶を見つけたので是非飲んでいってください」

「・・・・・・・・・」

「緑茶、お嫌いですか?」

「い、いえ・・・」

「では、そこに掛けて待っていてください。すぐに用意しますね」

「・・・ありがとうございます」

 手際よくお湯を沸かし急須でお茶を注ぐ。うん、いい香りだ。

「どうぞ」

「はい」

 話の前に一服。ラーラさんもゆっくりと湯飲みに口を付けるが、猫舌なのか少し熱そうだ。詳しくは知らないが獣人族は猫舌なのかな、今度ミーコに聞いてみよう。

「良い香りのお茶ですね。味も奥深い。トキオ先生は緑茶がお好きなのですか?」

「ええ。でも、紅茶や珈琲も好きですよ」

 孤児院に行くことは殆んどないのでラーラさんとはあまり会話する機会がない。折角なので孤児院での子供達のことを色々聞きたいが今日はやめておこう。ラーラさんの話を聞くのが先だ。

「それで、何かお困りごとでもありましたか?」

「いいえ、何不自由なく生活させていただけています。今日は娘のことで・・」

「ミーコのこと?」

「はい。あの子、私が学校のことを聞くといつも、学校が楽しい、勉強が楽しい、友達と遊ぶのが楽しい、と言います。もしかして、私に心配を掛けたくなくて無理をしているのではないかと・・」

 これは完全に俺の失態だ。生徒の殆どが孤児院の子供達だったため心配する親の気持ちを失念していた。ただでさえ慣れない人族の学校、しかもここへ来る前のミーコにとって人族は恐怖の対象だった。ラーラさんが心配するのも当然、どうして気付いてあげられなかった。

「子供が学校でどう過ごしているかを親御さんにお伝えするのは担任である俺の仕事です。俺の怠慢でラーラさんに余計な心配を掛けさせてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした」

 間違いを犯したときは先ず謝罪。社会人として当然だ。

「お、おやめください。トキオ先生ほどのお方が、私になど頭を下げる必要はありません」

「いいえ、ラーラさんは寮母としての責務を完璧に果たしてくれています。病気をすることもなく、毎日元気に過ごしている子供達が何よりの証拠です。それに引きかえ、俺のなんと未熟なことか。こんな教師が担任では、ラーラさんが心配するのも当然です。本当に、情けない・・」

「情けなくなどありません、トキオ先生は立派な先生です!」

 ハァー、俺は何をやっているんだよ!教師一年目のペーペーが何故もっと自分を疑わない。この世界には教師としてのアドバイスをくれる先輩や上司は居ないんだぞ!俺の失敗で不利益を被るのは生徒や周りの人達なんだ!力を得たからといって、人間的にも成長したと勘違いしていたんじゃないのか?

「トキオ先生・・・」

「あっ、申し訳ありません。それでは始めましょう」

「始める・・・何を?」

「保護者面談です」




「と、言った具合に、読み書きや計算においては既に社会に出ても十分な学力は身に付いています。ですが、これはあくまで最低限、将来の可能性を増やす為に今後とも計算能力は勿論、その他の知識や学力も高めていく予定です」

 まずはミーコが現在学んでいる内容や理解度の説明。

「娘が、このような高等教育を・・・」

「これは高等教育などではありません。ちゃんと学べば、誰でも身に付けられるものです」

 ラーラさんも夏休みの宿題をしているミーコの姿は見ている。内容までは詳しく見ていないらしいが、問題集に向かってすらすらと鉛筆を走らせるミーコを見て、この子も文字が書けるようになったのか程度の認識だったらしい。

「次に教室でのミーコですが、性格も明るくクラスの元気印といった様子で皆の人気者です」

「元気印・・・人気者・・・娘が、ですか?」

「ええ、朝のホームルームでは開口一番、ミーコの「はい、はい、トキオ先生聞いて!」が年中組の名物ですよ」

「あんなに大人しい子が・・・信じられません・・・」

 あれ、孤児院では違うのかな?あんな元気の塊みたいな性格、隠しようがないと思うんだけど・・・

「孤児院でのミーコは違うのですか?」

「孤児院に居る子供の中では比較的大人しい部類に入ると思います。仲の良いシオンちゃんと一緒にいることが多いですかねぇ。部屋以外で私に話し掛けてくることも殆どありません。そういえば、今日はトキオ先生が孤児院にいらっしゃるということで少しはしゃいでいたようですが・・」

 なるほど、なんとなく分かった。

「多分、皆に気を遣っているのですね」

「皆に気を・・・どういうことでしょうか?まさか、種族を気にして・・」

「違います、違います。そんなことを気にしている子は一人も居ません。多分、ミーコは自分だけ母親が居ることに気を遣っているのでしょう。孤児院には幼い子もいますから、自分が母親に甘える姿を見せたら寂しがる子も出てくるかもしれないと考えて、ラーラさんがいる時は大人しくしているのだと思います。今度、身を隠して様子を窺ってみてください、きっと教室で見せるようなミーコの姿が見られますよ」

「あの子に、そんな気配りが・・・」

 ミーコらしい。カルナもそうだが、孤児院の子供達は周りをよく見ている。

「ラーラさんはミーコの特技を知っていますか?」

「あの子の特技・・・駆けっことかでしょうか?」

 獣人族のラーラさんから見てもミーコは駆けっこが得意なのか。今後のことを考えると、一度俺も獣人族や魔族の国に行って見聞を深める必要があるな。

「駆けっこも得意ですが、もう一つ特技があります。ミーコは友達の長所を見つけるのが抜群に上手いんですよ」

「友達の長所?」

「ええ、先ほども言いましたが、ミーコが朝のホームルームで「はい、はい、トキオ先生聞いて!」の後に続く言葉は「○○凄いんだよ!」が殆どです。友達の凄いところを俺に言いたくて仕方がないんです」

 ここへ来る前のミーコは人族に怯えていた。種族が違うと言うだけで人間の俺には想像もできない差別や謂れのない誹謗中傷を受けてきたと想像できる。人族に対して悪感情を持つのに十分な理由だ。だが、ミーコはそんな様子を微塵も見せない。ミーコの朗らかな性格と孤児院の子供達の優しさが未来の遺恨を絶ったのだ。

「総括ですが、学校でのミーコは、よく学び、よく遊び、周りとのコミュニケーションも円滑で、明るく元気いっぱい。問題は何一つありません」

「あ、ありがとうございます!」

 俺の口からミーコの様子が聞けて安心したのか、ラーラさんは嬉しそうに何度も頭を下げる。ミーコが頑張っているだけで、俺が礼を言われることじゃないけど。

「あっ、そうだ。ミーコから自由課題の話、聞きました?」

「いいえ、今日娘とはまだ話していませんので」

「ミーコの作品、金賞に選ばれましたよ」

 まあ、選んだのは俺ですけど。

「えっ、あの子が金賞!」

「はい、今度の空曜日と時曜日に講堂で展示会をしますので、是非見に行ってあげてください」

「はい、必ず行きます!」

 ミーコの金賞が余程嬉しかったのか、丸太小屋を出るまで何度も何度も頭を下げるラーラさん。赤べこみたいになっていますよ。


 それにしても、今回の件は勉強になった。思い返してみれば、両親との関係が良好だった俺でも、聞かれない限り学校の話なんて詳しくすることはなかった。家族だからこそ気恥ずかしい話もある。問題を抱えていれば、心配をかけまいと尚更隠そうとしただろう。子育ての経験がない俺では子を持つ親の気持ちが本当の意味で理解できるとも思えない。そういう意味でも保護者面談は必要だ。

 年中組にはもう一人孤児ではない生徒が居る。公爵家にも一度行く必要があるなぁ・・・

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