群青色の約束

和栗

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群青色の誓い

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「・・・喧嘩でもしたのか?」
着替えながらだんだん俯いていく成瀬の後頭部をつつく。
最近いつも部活が終わるとこんな感じだし、水出ともしゃべっていないようだったし、薄々思っていたことだった。
あと、水出のオーラがすごい。話しかけるなと言わんばかりに不穏な空気を漂わせている。
しゅんとしたまま、小さく小さくうなずくエースの頭。なんか叱られた犬みたいだな。こいつ普段猫っぽいのに。
付き合いは良さげに見えるけど興味のない話題には一切入ってこなくて、ふらりと消えたり戻ってきたり、周りがうるさくても普通に寝るし。
あと結構頑固で自分は悪くないですって顔してるし、謝らないし、無口で無表情だし、何考えてるのかわからないんだから、そりゃ喧嘩にだってなるよな。
普段言葉発しないから遠回しな言い方も下手だろうし、相手を怒らせない言い方なんて考えたこともないんじゃないだろうか。
別に成瀬のことが嫌いでこう思うわけじゃなくて、普段一緒に行動してスポーツをしているとなんとなくこんなやつなんだなって理解する。理解しないとイライラするしな。
しょぼんとしたまま部室から出ていく背中を追いかけて隣に並ぶ。一人になりたいかなと思ったけど、何となく心配だったのだ。
「何があったか知らないけど、謝っちまえ。闇雲に謝ったらもっと怒られるから、こうしてごめんなさいって言えよな」
無視されるかなーと思いながら言うと、か細く、声がした。
「・・・・ダメかも、しんない・・・」
あっぶねえ。笑いそうになった。
何がダメなんだろうか。どう見たってダメには見えなんだけどな。
だってお前ら超好きあってるじゃん。おれびっくりしたんだぞ。お前が水出と付き合ってるって知って。
正直に言って、あんなに人間味のない人間と付き合って楽しいのかなって思ったくらい驚いた。話しかけられれば誰にでも人のいい笑顔で接するくせに誰ともつるまないし、話が終わったらそこで関係性も終わりになるし、すぐに自分の世界に入ってしまうやつの、何がいいんだって思った。
でも、そこがいいんだろうなって思った。
どっちが告白したとかいう話は聞いたことがないけど、多分成瀬が行ったんだろうな。ぐいぐい来られると逃げたくなるタイプだし。
というかそもそも水出はなにに対しても冷めていてぐいぐいしてなさそうだし。でもお互い大好きなんだよな。好きじゃなかったら、殴られに行かないだろう。
咳払いして背中をたたく。
「ばっか。そういうのだめだって。決めつけんな」
「・・・・」
「前から言ってるだろ。そういう決めつけはよくないって。ダメじゃない。ダメにしないようにお前が頑張るんだろ。男だろ。しっかりしろ」
まぁ、水出も男だけどさ。
珍しく二の足を踏む成瀬が新鮮やらまだるっこしいやら。こりゃ相当怒らせたな。連絡も取れなくなってるんじゃないだろうか。
こっそり水出に他愛のないメッセージを送ってみる。返事来ないだろうな。おれ成瀬とも友達だし。
「・・・・でも、頑張っても、ダメみたいだ・・・おれが悪い・・・」
おーおー。落ち込んじゃって、可愛そうに。
大丈夫だと思うし、大丈夫しかないと思うんだけどな。それにしてもすごいな、水出のパワー。何にも動じない成瀬をここまで追い詰めるとは。あんまり気は進まないけど、ちょっと助けてやろうかな。夜水出に電話しちゃお。

******

「電話終わった?」
部屋に入ってきたのは和泉だった。頭のてっぺんで髪の毛をお団子にしている。おれの好きな髪形だった。
「終わった終わった。お待たせ」
ランニングシューズを履いて外に出る。
和泉はもこもこに着込んで自転車に乗り、ペダルを踏み込んだ。冷たく澄んだ空気の中を走るのは気持ちよかった。何より、和泉と時間が共有できるのが一番いい。
「誰と電話してたの?」
「ん?水出」
「へー。仲いいんだ」
「んー、どうだろ」
「何かあったの?」
かいつまんで説明すると、和泉は鼻で笑った。満足げな顔に苦笑いする。
「成瀬さんはたっぷり傷つかないとだめだよね。いい気味」
「和泉一、可愛い顔して悪いこと言うんじゃないの」
「喧嘩になるってことは、言葉が足りないか選ぶのがへたくそなんだよね。絶対両方だろうね」
「そうかもなー。でも水出もそんな感じだし、もしかしたら2人でいたら違うのかもしれない。話をたくさんして、不満に思うことがあって、攻撃するのかもしれないしな」
呼吸を整えながら走る。和泉の手が背中を撫でた。笑ってやると、和泉も笑ってくれる。
「じゃあ私とお兄ちゃん最高じゃん」
「何が」
「だってたくさん話をしても、そんなことしたことないし、お兄ちゃんは私の話受け止めてくれるし、私だって受け止めるもん。反省するし、ごめんなさいって言えるもんね」
「・・・・はは!そう言われたらそうだな!最高だな!」
笑いながら走っていると、少し先の角から見慣れた横顔が現れた。自転車にまたがっておれたちと同じ進行方向へ曲がり、走っていく。水出だった。
「あれ?水出さん?家こっちなんだ」
「ん、そうなんだって」
「・・・仲直りしに行くのかな?」
「そうかもなー」
案外ちょろいな、水出も。でも、そりゃそうだよな。好きな人の落ち込んだ顔なんて、見たくないだろうしさせたくないよな。
「お兄ちゃん、明日2人におごってもらいなよ」
「んー、そうすっかなー。ジュース奢ってもらお」
「あーあ、そうやって誰かのアシストは上手なのに、自分のことになるとど下手くそになるんだから、中途半端なイケメンなんだよねー、お兄ちゃんは」
ぐさーっと心臓に槍が刺さる。本当に容赦ない。つらい。ていうか、なんか、本格的にばれてるよね、おれが和泉を好きだって。どう思ってるんだろう。どう感じてるんだろう。悪くは思われてないのかな。こうやって自主練付き合ってくれるし。
「おれのことはいいから、自分のこと頑張りなさい。お兄ちゃんは一生独身でいいから自分のことはうまくやらないだけです」
「えー。そうなの?そうなんだ。もったいないね。私は結婚したいよ。ドレス着るのが夢なんだ。お兄ちゃんと歩くよ」
想像してしまった。白いタキシードを着たおれと、白いドレスを着た和泉が愛を誓うその光景を。違うっつの。おれは途中で足を止めて新郎に和泉を渡す役なの。渡したくないけどな。でも和泉がそうやって明るく前向きに将来のことを話してくれることがうれしくて、言葉が詰まる。叶うといいな。絶対叶うよ。おれの自慢の弟なんだから。
「あんまりそういう話、父さんにするなよ。泣くから」
「うーん、そうする。この間話したらすごく不機嫌な顔になったし。お母さんとはこういうのがいいなーって盛り上がったけど」
「おれの前でもしちゃだめ。泣いちゃうから」
「泣かせないよ。絶対に」
お?おお?それはいったいどういう意味だろうっていうかこれは、もしかして試されてる?ちらりと和泉を見る。笑っていた。目をそらしてまっすぐ前を見ると、不器用だね、と笑いながら背中を撫でられた。
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