群青色の約束

和栗

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赤い心2

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部屋でのんびりしていると、よっちゃんが覆いかぶさってきた。何も言わずにもそもそと服の中に手を突っ込んでくる。
「わ、ちょ、もう!ムードがない!」
「・・・はぁ?」
「僕今、携帯見てたじゃん。よっちゃんは雑誌読んでただけなのに、なんでいきなりこういうことするの」
「・・・したかったから?」
「普通さ、そういう雰囲気にもっていくじゃん。ちょっと雑だよ」
「・・・・難しいことはよくわからん」
「だからー、したいならその気にさせてからじゃないとって、言ってるの!お互いに!」
よっちゃんはむーっと不機嫌丸出しにすると、ベッドから降りて乱暴に部屋から出て行った。しばらく戻ってこなかったので帰ったかな?と不安になっていると、ドアが開いた。
「・・・何してたの?」
「抜いてた」
「え!?」
「したかったけどごちゃごちゃ言われてどうでもよくなった」
「な、何その言い方!最低!僕はおもちゃじゃないんだよ!?もう二度としない!」
「いや、なんなのお前・・・めんどくせ」
雑誌を放り投げて、よっちゃんはまた部屋から出て行った。小さく玄関のしまる音が聞こえたので、家に帰ったんだろう。
どうでもよくなったとか、めんどくせぇとか、なんなんだよ。僕のことなんだと思ってんの?結婚とか、好きとか、言う割には扱いが雑なんだから。
怒らないとでも思ってるのかな。
枕に突っ伏してバタバタと足を動かす。何で僕がもやもやしてんの。悪いのはよっちゃんなのに。

************

翌朝、いつものようによっちゃんの家に迎えに行くと、もう家を出たと言われた。えー、まだ怒ってんの?怒りたいのはこっちなんだけど・・・。
電車に乗り込んで学校へ向かうと、すでになっちゃんと直ちゃんとよっちゃんが自主練習をしていた。
僕は僕で準備をして、朝練が終われば片づけをして教室に戻ると、斜め前の席でよっちゃんは参考書を見ていた。何で僕が避けられなきゃならないんだ。そっちがその気なら僕だって避けてやる。
昼になって椅子から立ち上がると、よっちゃんも立ち上がった。くるっと僕を見ると、飯何にすんの、と普通に話しかけてきた。
拍子抜けしてつい、オムライス、と答えると、じゃあおれも、と言って学食までついてきた。
え、なに?意味分からない。怒ってたんじゃないの?避けてたんじゃないの?
ちんぷんかんぷんなまま食事をして、中庭でぼんやりして、教室に戻った。
そして、午後の授業を一通り受けて部活に出て、終了。帰りはいつも通り、よっちゃんと。何、本当に意味不明。
何か企んでるのかなと思っていたら、いきなり手を握られた。びくっと肩が跳ねる。そのまま家まで帰った。もちろん無言。
よっちゃんの家の前で立ち止まる。僕の家はすぐ隣なので、じゃーねばいばーいっていつも通り言えばいいのに、言えなかった。
だって手が離れない。
「・・な、なに?」
「・・・アデルはさ」
「なにさ」
「何してても可愛いよな」
はぁあ!?
ぼんっと体も顔も熱くなる。何を言ってるの?色ボケなの?ご機嫌取りなの?なんだよ急に、そんなこと。
つい視線を外すと、ぐっと顎を掴まれて上に向けられた。もうすぐそこに薄い唇があって、すぐに重なった。
いつも容赦なく舌も口の中もぐっちゃぐちゃにしてくるくせに、今日は優しかった。何度も角度を変えて唇の厚さや温度を楽しむように押し付けてくる。
やっと解放されたとき、僕はもうクラクラしていた。
「・・・・やっぱ可愛いわ」
「な。なに、なんなのさ・・・・!」
「飯食ったらそっち行くから、待ってろよ」
ぎゅーんって、心臓が収縮した。待ってろって、初めて言われた。
いつも勝手に入ってくるのに、なんで今日はそんなこと言うんだよ。
いつもと違う。何か企んでるんだ絶対に!!
門を開けてポストを確認すると、ドアを開けて中に入ろうとした。ちらりとこちらを見て、後でな、と言った。何さ、何さ!!
逃げるように家の中に飛び込んでご飯を食べて、風呂に入った。なぜか入念に体を洗ってしまった。トリートメントだって、母さんのを勝手に使ってしまった。
勉強をしながらちらちら時計を見ていると、部屋のドアが開いた。振り返ればよっちゃんがいて、近づいてくるとさらっと髪を梳いた。
「な、なに・・?」
「いつもと匂いが違う」
「え、くさい?」
「いや・・・」
くりっと椅子を回されて、向かい合う。またキスをされた。今度は優しく舌が絡んでくる。撫でるような優しい動きについ応えると、かぶりと舌をかまれた。
「よっちゃん、どうかしたの・・・?」
「んー・ ・?可愛いなって思っただけ」
「ご機嫌取り?」
「毎日思ってる」
「嘘だぁ・・・」
「本当。だったらしねーだろ」
ぐっと抱きかかえられて、優しくベッドに落とされた。覆いかぶさってきた体をつい抱き寄せると、ふわりと微笑んだ。
「へー・・」
「な、なに・・・?」
「いや、可愛いなって。素直だし」
「・・・だってよっちゃんが、」
「おれが?」
「・・・甘やかしてくるから」
「え?いつもと変わらないだろ」
「変わってるよ。バカだな・・・」
こんなこと絶対しないくせに。なにさ、なにさ。今日はなんなのさ。昨日怒ったから?でもめんどくせーって言ってたじゃん。
どうでもよくなったって言ってたじゃん。なのに、なんでこんなことすんだよ。バカ。嬉しいけどさ。
よっちゃんは自分の服を脱ぐと 僕の服も脱がした。布団をかぶって声が漏れないように体を重ねる。普段ならがつがつ動くくせに、今日はすごく優しかった。何度も好きだって言われて、可愛いって言われて、じーっと僕を見て、時々笑って。穏やかな姿にドキドキして、目の前がちかちかした。
いつもより長い時間をかけて2人で果てると、汗も拭かずに抱き着いてきた。
よっちゃんの汗は無臭だ。
「よっちゃぁん・・・」
「ん・・・ねっむ・・・」
「寝ていいよぉ・・・」
「どうだった?よかった?」
「・・・よっちゃん変だ。僕が昨日怒ったからご機嫌取りしてるの?」
「はぁ?なんで機嫌なんか取らなきゃなんないんだよ。別にそこまでへそ曲げてないだろ?」
いつものよっちゃんに戻った。でも、ついむっとして鼻をつまむと、顔を歪めた。
「へそは曲がってないけど、結構怒ってたよ」
「あー・・・それは分かったけど・・・」
「だから機嫌取ってるんでしょ?」
「別にそんなつもりじゃねぇよ。思ったこと、言葉にしただけだろ」
「だから、普段そんなことしないじゃん!」
つい声を上げると、 すこーしだけしょぼんとした顔になった。なっちゃんも中々表情が分かりづらいけど、よっちゃんもいい勝負だ。多分家族と僕しか分からない変化だもの。
「・・やっぱ、伝わらないのか。考えてること言葉にするの苦手なんだよ、おれ」
「・・・うーん・・・まぁ、昔からそうだから慣れたけど・・・」
「慣れてても嫌なもんは嫌だろ。だから怒ったんだろ、昨日だって」
「だっていきなりだったし」
「おれはお前のこと常日頃から可愛いと思ってるし、隙あらばやりてーって思うし、アデルはそうじゃないのかって思ったらなんか嫌だったんだよ」
「いや、その、いきなりはちょっと・・・ムードとか大事じゃない・・・。それに、どうでもいいとかめんどくせぇはないよ・・。あれは結構傷ついたよ」
「だって、ムードとか分かんねぇよ。お前がいればそれでもう満足だしさ」
きゅーっと胸が苦しくなる。ほだされそうになったけどぷるぷると首を振って食いつく。
「そう思ってるなら言えばいいでしょ?何さ、普段クラスの女子とかにこれ似合う?って聞かれて普通に返事するくせに。僕が聞くとバカじゃねーのとか知らねーとか、冷たいことばっか言ってさ」
「なんも考えてねえもん。女子なんか見てもねぇし。アデルだとなんか・・・照れる?つーか・・・甘えてる部分もあったっーか・・・。いちいち答えなくても分かれよって思って・・・」
もうだめ。もうだめだ。許しちゃう。ぷすんとどこかで音がした。顔も体も茹ってるみたいに熱い。
唇を突き出すよっちゃんは子供みたいで可愛かった。
「おもちゃじゃないんだけどって言われて、結構ショックだった。そんな風に思ってるんだなって。おれはそんな風に見たことないから・・。だから、田所に、ちょっと聞いたら、お前は思ってることをとりあえず片っ端から声に出して行けって言われたから、してみた」
「・・・なんで直ちゃんに相談してんの?」
「いいだろ、知ってるんだから」
「なっちゃんにも言ったの!?」
「そばにいたし・・。あいつも水出に可愛いとか言うんだぜ。あのツラで。知ってた?」
「顔なんか関係ないし、そんなこと知りたくなかったし、というか、信じられない!!プライバシーの侵害!」
「はぁ?また切れる・・」
「ほかに何言ったのさ!!」
「本当に気持ちいいセックスってなんだって話になった。んで、時間かけて触ったり表情見たり、普段あまりしないことしてみたらって言われたから、してみた」
「さ、さ、最悪・・!」
「・・よくなかった?おれはいつもより落ち着いてできたから、アデルの表情見られて気持ちよかったけど」
きゅっと指先を握られた。ほかほかの手。胸がむずがゆくなって、俯いて、よかったよと、返事をしてしまった。
よっちゃんは嬉しそうに笑うと、よかったーと言った。
「ムードとか分かんねぇけど、ちゃんと言葉にするわ」
「・・・あ、ありがと」
「もう二度としねーって言ってたけど、あれも傷ついたぞ」
「・・・だって、よっちゃんが」
「ん。ごめん」
「・・・いいよ、もう・・・。僕もごめん」
「・・・またしような」
あ、落ちた。
こんなこと言われて嫌だなんて言える人、絶対にいないよ。かすかにうなずくと、よっちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑って、僕を抱き寄せた。恥ずかしくて顔があげられない。胸に顔を埋めたまま、ぎゅーっと目を閉じた。


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