群青色の約束

和栗

文字の大きさ
上 下
23 / 33

若葉色の私たち2

しおりを挟む

「わーちくん」
後ろから声をかけると、びくりと肩が跳ねた。振り返った顔にお弁当を突きつける。
「お昼一緒に食べよ。外行こうよ」
「え、でも・・・」
「真奈美―。外行こう」
コンビニの袋を持って眠そうに近づいてきた真奈美に声をかける。いーよーと気のない返事が戻って来た。ちらっと和知くんを見ると、名前なんだっけ?と問いかけた。
同じクラスになって2か月も立つのに、まだクラスメイトの名前が覚えられないのだ。特に男子。
「あ、えと、和知です」
「・・・和知ね。うん、覚えた。和知は犬みたいだね」
「え?犬・・・?」
「気にしないでね。真奈美、超マイペースだから」
真奈美はふらふらと教室から出ていくと、階段を登った。多分屋上がいいのだろう。扉を開けると、梅雨はいつくるんだろうってくらい綺麗な青空が広がっていた。
腰を下ろすと、和知くんはちょこんと正座をした。
「あぁ、私石田真奈美。真奈美でいいよ」
「私も和泉でいいよ」
「・・えっと・・あ、じゃぁ・・はい・・。あの・・・和泉さん、昨日はごめんなさい・・・」
「え?何が?」
「さ、触って・・しまいましたので・・・」
その一言で理解したのか、真奈美は大声で笑い始めた。和知くんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「和知、うける!!可愛いねー!あはははは!」
「触らせたのは私だもん。大丈夫だよ。謝ることじゃないし」
「何、和泉、和知に言ったんだ?うける!いつの間に仲良くなったの?」
「昨日だよね」
「は、はい・・・」
「へー。へえー。じゃぁ私のことも言った?」
「言ってないよ。言うわけない」
「ふーん。和泉が話したってことはさ、和泉は和知の何かを聞いたってことでしょ?混ぜてよ」
予想外の言葉だった。真奈美ってやっぱ分からないな。そういうところが好きだけど。
「和知、私のこと教えてあげるよ」
「え?」
「私ね、レズなんだ。和知は口が堅そうだから教えてあげる」
ぽかんとした顔になった。その顔を見てまたケラケラと笑い始める。
「レ、レズって・・・」
「女の子が好きってこと。だから男の名前とか覚えられないんだよね。女の子の名前をたくさん覚えたいからさ」
「・・・同性が・・・」
「そういうこと」
「・・・僕も、そうなんでしょうか・・・・」
「は?」
「僕は、男の人が好きなんでしょうか・・。僕、」
ぽろぽろと涙を流し始めた和知くんは、袖で顔を拭った。
真奈美はそれをぼんやり見つめていたけど、私をちらりと見た。
説明していいか問うと、和知くんはしゃくりあげながら何度もうなずいた。
昨日見たことや、お兄ちゃんから聞いた印象、自分の持った印象も一緒に話してみる。真奈美は意外にも真剣に話を聞き、すぱっと言い放った。
「橋本だっけ?そいつちゃんとちんこついてんの?」
「真奈美!!あんた一応女子なんだから!」
「だって聞いててムカつくじゃん。自分から言えないからそういうことして和知を試してるんでしょ?」
和知くんは鼻をすすりながら、多分からかってるだけですよとか細く言った。だけど真奈美ははっきり否定した。
「違うと思う。いくら顔が可愛いくて普段から可愛がってるからって、同性にキスするなんてありえないよ。そいつがゲイなら別として」
「・・ゲイ・・・」
「うん。橋本がゲイで、和知が橋本の好みのタイプだったとすれば成り立つけど」
「でも、ゲイって感じではなかったよ?見た目だけど・・・。女は嫌いそうだけどさ」
「和知以外にも仲いい後輩、いるの?」
「あ、えっと・・同じポジションの、隣のクラスにいる足立くんとかは、よく話してる気がします・・・。でも、からかったり意地悪したりとかは、僕が一番多いです・・」
「和知が橋本を好きで、それを橋本が気づいてちょっかい出してるとか?」
「え!?」
「真奈美もそういうの気づく?」
「気づくよ。勘が働くっていうのかな。やった、ラッキーって思ってちょっと優しくしたりボディータッチすればころっと堕ちてくれる子も多いし」
和知くんが傷ついたような顔をした。うつむいて、パンをかじる。もそもそとおいしくなさそうだった。
真奈美は少し考えると、和知くんの頭を撫でた。
「私は下衆だからさ、そうするだけだよ。橋本のことは分からないから聞いてみたらいいじゃん」
「え・・・」
「意地悪したりからかったありするってことは気に入ってるってことじゃん。優しいところがないとただのいじめだけどさ、どう?」
「・・・たまに、ジュースとかお菓子とか、パンとか・・買ってくれたり・・・。あ、僕スポーツできないんですけど、バッティングセンターとか連れて行ってくれて教えてくれたりします・・。あとはゲームセンターとかスポーツショップとか・・」
ふにゃりと表情が和らいだ。話してるだけでこれだけ嬉しそうなのだから、やっぱり好きなんじゃないんだろうか。
「可愛い子ほど苛めたいって感じなんじゃない?私そうだもん。橋本もそうなんだと思うよ。まぁいきなりキスしたりはしないけどさ」
「・・・あの、橋本先輩に、僕は何を聞いたらいいんでしょうか・・・」
「和知くんが一番疑問に思ってることを聞いたらいいんじゃない?何が一番引っかかってる?」
「・・・なんでキス、したのかとか・・・どう思ってるのか聞きたいです・・・」
「聞くんだったらさ、しっかり聞かないとだめだよ。聞き返されても和知くんから答えたらだめだからね」
「え?どういうことですか?」
「そうやって曖昧に聞くとさ、大体の人は自分だけが答えるのが嫌だから同じこと聞き返してくるんだよね。何でだと思う?どう思ってると思う?和知は?って。弱虫って自分は言われたいけど言いたくないってやつ多いから、そうやって聞き返されたらちんこ蹴っちゃえ」
「真ー奈ー美ー!」
またケラケラと笑いだしたので、肩を叩く。和知くんを見ると、昨日より柔らかく笑っていた。少しだけ安心した。

*********

「はー、しんど・・・」
「どうしたの?」
「小テストがあったんだよ。抜き打ちで」
「ふぅん。あ、ねぇ、予選のメンバー決まった?」
「決まってるよ。おれスタメン。あとは成瀬と、良人」
「応援行っていい?」
「えー?来てくれるんの?やった。来てよ」
「・・・あのさ、お兄ちゃんって私のことどう思うってる?」
唐突に訊ねると、少し驚いた顔をして目をそらした。ぽりぽりと頬をかくと、どうしたんだ急に、と首を傾げた。まぁ、いきなり聞かれたらそう聞きたくなるよね。
「気になった」
「ふーん。まぁ、可愛い妹だな。時々怖いけど」
「怖い?」
「八つ当たりしてくるときとか」
「あのさ、好きな子に聞かれたら即答できる?」
「え?うーん・・・伝え方を考える瞬間はあると思うけど、答えると思う。聞いてくるってことは何か引っかかることがあるっつーか、不安に思ってることがあるんだろうし、好きだから応えたいなって思うよ。え、何、また橋本絡み?」
「それもあるけど、個人的にも気になった」
「なんかあったのか。嫌なこととか・・・」
「ないよ。平気。高校楽しいもん」
「そか。ならよかった。でも嫌なことあったら言えよ」
「ん」
お兄ちゃんは優しい。初めて会った時から受け入れて、認めてくれてた。お兄ちゃんたちに会ったときにはもう、私の心は女の子だった。見た目だってそう。髪も長かったし、スカートだって履いてた。弟だと聞かされていたお兄ちゃんは驚いた顔をしていたけど、すぐに真っ赤に染めて、可愛いねと言った。素直な言葉だと分かって、私の胸を突いた。きっと一生忘れない言葉だと思う。
でも、きっと偏見はあるだろうと思った。ドキドキしながら、緊張して毎日を過ごしたけど、一緒に出掛ければこの服は?あのカバンは?髪飾りも可愛い、アクセサリーもって色々持ってきてくれたり、一緒に見てくれたり。誕生日にはレースのハンカチをくれたり、普通に女の子として扱ってくれた。
学校は辛かった。だから行くのをやめた。家に閉じこもってることも多かったけれど、お兄ちゃんがいれば楽しかった。今だってそう。
お兄ちゃんのおかげで、今の私がいるんだ。
自分の部屋に戻って携帯を見ると、真奈美からメッセージがきていた。他愛ないやり取りを数回繰り返してベッドに潜る。少しだけ頭が痛い気がしたけど、無視して目を閉じた。



しおりを挟む

処理中です...