水色と恋

和栗

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クラスメイト

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「なぁ、水出、ちょっといいか」
顔を上げると、キツネ顔の人がいた。初めて会話した気がしない。どっかで関わったっけ?
教室から出ると、人気のないトイレに連れていかれた。いつだか真喜雄が体調を崩して閉じこもったトイレ。カラカラと窓を開けると、肘をかけて外を眺め始めた。
足が揺れている。なんだというのか。
「あのさ、水出・・・その、席、替わってくれてありがとうな・・・」
「あー・・・うん、別に・・・」
そうだ、席替えの時に交換した人だ。そういえば彼は、真喜雄の元カノの話をした人だ。なんだか急に思い出した。
真喜雄と一緒に行動してて、彼もまたあまり感情が表に出ないタイプだった。でも僕には負けると思うけど。
「あのさ、水出ってさ、」
「うん」
「・・・彼女、いるの・・・」
「は?いません」
「・・・・・・じゃぁ、彼氏は?」
「いません」
僕にいるのは恋人で、真喜雄。彼氏でも彼女でもない、恋する人だ。クサイこといってるけど。
あえて、彼氏いるのと聞いてきたってことは、なにかそういう素ぶりでもあっただろうか。いや、普段真喜雄と教室で喋らないし、お昼ご飯は別々に移動してるし、人も来ないところで食べてるし。
顔がこちらに向いた。なぜか真っ赤に染まっている。サッカー部にしては白い肌だから、すごく目立つ。
左耳がチカッと光った。ピアスだ。
「あの、さ・・・」
「はい」
「・・・その、んと・・・」
イライラしてきた。真喜雄の歯切れの悪さとテンポが違う。そもそも彼の名前もおぼろげだし、なんのために呼ばれたのか理解できないから余計にイライラしてくる。
舌打ちをしたいのも、ため息をつきたいのも堪えて、じっと見つめる。
うつむいたり顔を擦ったり、口を開いたり引きむすんだり。忙しない人だな。
早くしてくれと言おうとした時、トイレのドアが開く音がした。
振り返ると真喜雄がいた。僕と彼が一緒にいることに驚いたのか、目が少し大きくなる。
「成瀬、」
「・・・え、なに、してんの・・・」
「お、お前こそなんでここ、来るんだよ」
「・・・ここ、誰も来ないし・・・うんこしようかと、」
「え!?あ、ごめん、そか・・・うんこは我慢してくれ・・・まだ話終わってないから・・・」
「・・・・・・何の話?」
驚いて真喜雄を見る。まっすぐにキツネ顔の彼を見ていた。
まさか首を突っ込んでくるとは思わなかった。
「え・・・成瀬は、関係ないだろ・・・」
「・・・気になる」
「め、珍しいな・・・」
同感。
でも本当に気になるようで、彼から目線を外すことなく隣に立っている。
「だ、誰にも、言うなよ・・・」
「うん」
「・・・水出も」
「まぁ、言う人いないし・・・」
「・・・お、弟が、1年にいるんだけど・・・その、水出のこと、気になる、らしい・・・」
ぽかんとした。
思わず真喜雄を見る。同じ顔をしていた。
それを言うためにこんなに時間がかかったのか。
「・・・田所の弟って、調理部の、たまにホットケーキ作る子だよな・・・」
この人は田所というのか。
真っ赤な顔のまま、そうだと頷いた。
「成瀬、お前、人覚えるの苦手なくせに食べ物絡むとよく覚えてるよな」
「・・・あれおいしい。おかず系の、しょっぱいやつ」
「そういう話をしてるんじゃない。調子狂う。だから嫌だったんだ、成瀬に話すの」
「・・・また作ってくれって、伝えてくれ」
「分かった分かった!少し黙れ!」
確かに調子が狂うな。
でも、今度僕も何か作ってみようかな。
ぼんやりしていると、田所くんが僕を見た。やっぱり顔は赤いまま。
「ごめん、変なこと言って・・・。弟だし、その、おれ、こういうやりとりとか慣れてなくて、変に緊張して・・・。でも、弟のこと、一応可愛がってるつもりだから・・・なんか、してやりたくて・・・。あの、変だと思うか?」
「変じゃないよ。人それぞれだし。でもそれしか言えない。それ以上は、君に伝えることではないと思うし、そもそも弟さんがどうしたいのか分からない」
「・・・そ、だよな・・・。ん、ありがとう。よかった、変に思われなくて」
「人の心は自由だから」
田所くんはふわりと笑うと、安心したようにため息をついた。
弟のことを大事にしていることがよく分かる。
予鈴が鳴ったので、僕は田所くんとトイレを後にした。
真喜雄は本当に個室に入っていった。待たせてごめん。
「・・・さっきの、そのまま弟に伝えていいか」
「え、うん」
「・・・あいつ、昔からなんだ。でも、危ない目に合うこともあってさ・・・心配で、でも、水出は乱暴なことしたり傷つけりしないだろうなと、思ったんだけど・・・心配で」
「僕は非力だからね、ビビリだし、弱虫だし、そんなことできないよ」
「嘘つけ。本当は気、強いくせに。クラスで成瀬に張り合おうとすんの、水出だけだぜ」
張り合ってる?僕が?
思わず横顔を見つめると、くすくすと笑われた。
「100メートル走、成瀬といつも走ってるじゃん。成瀬も負けず嫌いだけど、水出もなかなかだよな。いつも水出が勝つし」
「声、かけられるから走ってるだけで・・・」
「声かけられたくないなら手を抜けばいいのに」
それはしたくない。相手が真喜雄だから、特に。
黙ると、ケラケラ笑って背中を叩かれた。
手加減って言葉、知らないのかな。


***************


夜、真喜雄から連絡があったので公園のベンチで待っていると、片手に紙袋を持ってやってきた。
「どうしたの、それ」
「田所の弟がくれた」
「あー・・・」
言葉を迷ってしまった。
田所くんの弟が放課後、僕のところへやってきた。
驚きすぎて声を失った。見た目は女子そのものだったから。
長く艶やかな黒髪。小さな顔、赤くぽってりとした唇。大きな瞳は緊張で濡れていた。スカートから伸びる足はすらりと細く、白かった。
泣くのをこらえながら何度も言葉を詰まらせ、好意を伝えてくれたのだ。
だから、僕も真剣に、きちんと返事をした。
「真喜雄は知ってたの?その、弟さんのこと」
「いや、田所は中学が一緒なんだけど、弟は見たことなかった。不登校だったって言ってたけど、理由は知らなかったし、高校入ったのは知ってたけど、姿は知らなかったな。今日初めて見た。普通の女の子だったな」
「うん。素敵な女性だったよ」
「な。あれは危ない目に合うよな。綺麗だったもん」
世の中、あんな綺麗な男子がいるんだなと思った。
心を傷つけられてしまうのも、危ない目に遭ってしまうことも、理解できることだった。
「・・・おれ、知らない人が作ったもの、怖くて食べられなかったけどさ」
「あ、うん」
「それ、田所があの子に言ってくれたらしくて、ちゃんとレシピつけてくれたことがあったんだ。食べてみたら店で売ってるやつみたいに美味しくて、顔を見てお礼言えて、よかった」
「・・・今度は真喜雄に惚れちゃうんじゃない?」
「あぁ、好みじゃないらしい。田所が茶化して成瀬付き合えよとか言われたけど、なぜかはっきり断られた」
笑ってしまう。真喜雄も笑って、紙袋からマフィンを出した。
「ソーセージが入ってるんだ。美味しいんだ、これ」
「へー。あ、真喜雄。あの時トイレに来たのって、偶然だったの?」
「んん、違う。田所が、透吾のことじっと見てること多くて気になってた。それと、多分透吾、田所の名前覚えてないだろうなと思ったのと・・・うん、まぁ、偶然じゃないよ」
「・・・なんか、すごく自然だったから、意外だ。そういう偶然装うの、苦手そうなのに」
「あぁ、うんこしたかったのは事実だったからな」
つい肩を叩くと、何も気にせず一口でマフィンを食べた。頬袋がぷくっと膨らむ。
マフィンをかじってみると、程よいしょっぱさで美味しかった。
たくさん入っていたので、きっと真喜雄がたくさん食べることを知っているのだろう。
「田所、弟に、よかったなって笑ってた。透吾が真面目なやつで安心したって言ってた」
「ん、そか」
「・・・なんて言って断ったの」
「恋人がいるのでごめんなさいって」
少し驚いたようにこちらを見た。
断った時、彼は、やっぱりそうですよね、と言った。でも誰にも言いませんと言ってくれたので信じようと思う。
なんとなく、嘘はつかない子だろうと思った。
「男性だから断ってるわけじゃないって、ちゃんと伝えたよ」
「・・・ん」
「・・・もしかしてちょっと不安だった?」
目をそらし、小さく頷いた。もぐもぐと口を動かして誤魔化しているようだが、意味はない。耳も真っ赤になってるんだから。
耳たぶに触れると、肩が揺れた。
「可愛い」
「・・・あんだけ可愛い人なら、もしかしたらって、思った・・・。結構、焦った・・・」
「ないね。だって僕には恋人がいるもん。恋人の可愛さには勝てないよ」
「・・・ん」
「・・・真喜雄、大好きだよ」
耳元で囁くと、首筋に鳥肌がたった。
かぷ、と噛み付くとべちっと額を叩かれた。
「からかうなよ」
「本気だよ。伝わらない?」
「ちがっ、首だよ、首」
「首が何?ね、好きだよ。大好き、真喜雄」
「分かってる、」
「本当に?からかってるくせにとか思ってない?不安だな。もっと言わせてよ」
真喜雄はわなわなと唇を震わせた。
抱き寄せて何度も何度も愛を囁く。
振りほどかれることはなく、僕の肩に真っ赤な顔を隠していた。
信じてもらえるまで、たくさん言わなくちゃ。







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