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友達2
しおりを挟む「水出」
下駄箱で声をかけられた。振り返ると、勘解由小路くんが立っていた。
朝練が終わったのだろう。真喜雄はまだきていなかった。
少し戸惑った表情で僕を見て、ちょっといいかと呟いた。
移動した場所は中庭だった。壁に背中を預けて、勘解由小路くんはカバンを下ろす。
「ん、・・・昨日、みっともないとこ見せて、ごめん」
「・・・僕は、別に、」
「お前が、その、成瀬とどんな関係とか、おれは別にどうでもいいんだけど、もし仲がいいなら、話してほしいこと、あるんだけど・・・」
「・・・何?」
「・・・内緒にしてたわけでもないし、その、・・・でも、黙ってて、ごめんって」
目をそらした。それは僕に言うことなのだろうか。真喜雄に直接言うべきなんじゃないだろうか。
顔に出たのだろう。それに気づいて、勘解由小路くんはまた僕に視線を戻した。
「・・・成瀬に言いたいんだけどさ、今、キレてるから、ちっと言いづらくてさ・・・。・・・最初から、言っておけばよかったな。でも、なんか、気を遣わせそうで嫌だったんだよ」
「それならそう言えばいいんじゃないかな。真喜雄、すごく傷ついてたよ」
驚いた顔をされた。名前を呼んだからだと思う。
真喜雄は誰にも下の名前を呼ばせない。そのこだわりはよく分からないけど、真喜雄にとって大事なことなのだ。
きっと勘解由小路くんも、皇くんも知ってるはずだ。
勘解由小路くんは目を大きくしたままそっと壁から離れると、カバンを持ち直した。
眉間にシワが寄る。
「・・・言われなくても、分かってんだよ」
「じゃぁ何で僕を呼んだんだ」
「だから、」
「まず真喜雄に謝るべきだし、伝えるべきだ。幼馴染で同じ部活でずっと一緒にいるくせに、気を遣わせたくないから言えないだって?違うんじゃないの?真喜雄に知られたくなかったんじゃないの?幻滅されたくないって、思ったんじゃ、」
「うるせぇ!知ったような口、利いてんじゃねぇ!」
胸倉を掴まれた。
恐くなかった。殴られても構わなかった。
真喜雄が傷ついて泣いて、悲しむことよりも小さなことだから。
勘解由小路くんは歯を食いしばって僕を見つめた。
遠くで予鈴がなる。それでも動けなかった。
睨み合ってしばらくして、手を離された。
「・・・確かめたかったの?真喜雄が君たちと同じ側だって」
「・・・そんなこと、思ったことねぇよ。アデルがあんなこと言うなんて思わなかったしな」
「真喜雄は君たちとは違うよ。正々堂々、正直に、まっすぐに、僕を、君たちを見ていたよ」
「・・・そうだろうな。あいつはそういうやつだから。・・・だから、言えなかったんだよ・・・」
悲しそうに目を伏せた。
カバンを担ぎ、そっとその場を後にした。
2人がどんなふうに付き合い始めたのは知らないし、知りたくもない。
ただ、真喜雄を傷つけて悲しませたことが許せなかった。同じように、いや、それ以上に傷つけてやりたいと思った。攻撃してやりたいと思った。
まさか自分がそんな風に思うなんて、驚いた。
深呼吸して、校舎へ入る。授業はとっくに始まっている。教室へ入ると教師に注意された。みんなが一瞬振り返ったが、真喜雄は下を向いたままだった。
**************
「真喜雄、卵いる?」
「・・・ん、」
「・・・あの、食べ終わったら少し話がしたい」
「・・・良人のことか」
あ、やっぱバレてた。
声かけておいてよかった。黙ってるつもりは毛頭なかったけど、ちょっと緊張する。
「良人のせいで遅刻したの?」
「いや、自業自得。ちょっと腹が立ってさ」
「・・・透吾まで喧嘩することない」
「喧嘩にもならないよ。仲直りしないんだから。友達でもないし」
「・・・なんで透吾のとこ、行ったんだろ。おれんとこくりゃ良いのに」
「・・・行けないんじゃない?まさか君があんなに怒るなんて、きっと思わなかったんだろうし」
勘解由小路くんから頼まれたことは言わなかった。
なんで僕が伝えなきゃならないんだ。
「・・・皇くんがいきなり僕に質問したことに驚いたって言ってた。彼はいつもそうなの?突拍子も無いというか・・・」
「・・・うん。いつも突然だった。あと、よく人のこと見てる。まだ透吾のこと、名前も知らなかったときに、気になる人でもできた?って聞かれた時、すごいびっくりして、だから、アデルと透吾が同じクラスだって知ってたけど、名前聞けなくて・・・自力で頑張った」
「そうなんだ。・・・でも、よく人を見てるならなんで僕にあんな質問したんだろうね」
「・・・分かんない。・・・なぁ、気になってたんだけど、ホック歪んでないか?」
真喜雄の手が伸びてきて、僕の学ランのホックを触った。さっき掴まれた時に曲がったのだろうか。ピクリと指先が揺れた。そっとホックの間に指を滑らせると、ぎっと歯を食いしばって顔をしかめた。一気に赤くなり、胸元を睨みつけたと思ったらいきなり立ち上がった。
「ま、真喜雄?」
「ワイシャツのボタン、取れてる・・・何された?何、されたんだよ!」
「何もされてないよ!僕も悪いから、落ち着いて!」
「だって、透吾、」
「大丈夫だよ!掴まれただけだから!僕もそれくらいのこと言ったんだ!ごめん、真喜雄を傷つけられて頭に血がのぼって、だから、」
「本当に?本当か?なぁ、嘘じゃ無いよな?な?」
酷く取り乱していた。何かあったのだろうか。
何度もうなずいて、頬を撫でる。強く抱きしめられた。息がつまる。背中に手を回すと、鼻をすすった。
「痛い思いも、嫌な思いも、してない?」
「してないよ。勘解由小路くんに、もっと嫌な思いをさせてやればよかったって後悔してるけど。大丈夫だよ、ごめん、びっくりさせたね・・・」
「・・・アデルが、」
「え?」
「アデルが、昨日の夜中にうちに来て、良人とのこと、言ってきたんだ、」
「そうなの?じゃぁ、」
「違うんだ。おれと、透吾みたいな関係じゃ、ない。多分・・・」
「・・・どういう、」
「無理矢理、だったんだって・・・!」
「・・・は?」
「良人が、無理矢理アデルのこと、抱いたんだって・・・!」
背中が冷たくなった。
強く抱きしめる腕が、震えていた。息を飲めば、硬い唾が喉を擦るようにゆっくり落ちていく。
「アデル、悩んでて、どうしようって悩んでたら、いつのまにかズルズル、来ちゃったって言ってて、全然、そんなそぶりなかったのに・・・」
「・・・それ、事実なの?今朝、勘解由小路くんは普通だった気が・・・」
「分かんない・・・でも、おれも気づかなかったんだ。ずっと隠してたのかもしれない、不安とか、怖いのとか・・・」
「・・・真喜雄、」
「ごめん、おれだって透吾に無理矢理したのに、何でショック受けてんだろ、・・・」
「無理矢理なんかじゃないよ!僕は、君とここで初めて触れ合った時、無理矢理だなんて思わなかったよ!勘違いしないでくれ!」
「・・・そ、か・・・ん。よかった。ごめん・・・」
「次言ったら、ぶん殴ってやる。皇くんに腹が立ってきた。不躾に聞いてきて、真喜雄に言わなくていいこと言って、何がしたいのかさっぱりだ。苦しかったでしょ?僕だってわけわからないんだから、もっと混乱したよね。話してくれてありがとう」
「・・・ん、」
しばらく、真喜雄は鼻をすすっていた。
僕の心は青く燃えていた。皇くんにも、勘解由小路くんにも怒りが湧いて止まらないのだ。校舎に戻りたくなかった。あの2人の顔も見たくない。
座ろうと促すと、大人しく腰を下ろした。昼休み終了のチャイムが鳴る。
だけど、動くことはできなかった。真喜雄も同じようだった。
じっと灰色のコンクリートを見ている。
寄り添って、時々キスをして、手を握った。
昨日の夜はあまり眠れなかったのかもしれない。真喜雄はゆっくり目を閉じると、小さく寝息を立てた。
***************
腹の虫が収まらなかった。
真喜雄を苦しめたこと、悩ませたことが許せなかった。
部室棟の陰で壁にもたれかかってると、皇くんがやってきた。
困惑した顔。イライラした。
「びっくりした、水出くんに呼ばれるなんて」
「僕もびっくりしてるよ。君たちは真喜雄の友達なのに、酷く苦しめて」
驚いた顔になった。すぐに表情を暗くすると、俯いた。
サラサラの髪が揺れる。太陽に反射して光っていた。
「一体どういうつもり?」
「・・・なっちゃんのこと、名前で呼べるんだ・・・。水出くんは、特別なんだね・・・」
「僕の質問に答えてほしい。時間の無駄だ」
細いびくりと肩が跳ねた。自分でも驚くくらい低く、ドスの効いた声が出た。
ごわごわと怒りの炎が体を渦巻いている。
皇くんは恐る恐る顔を上げると、ぎゅっと口をひき結んだ。
近づいてくると、少し顔を下げたまま言った。
「・・・ごめん、僕、ちょっと・・・今、いろいろ悩んでて・・・なっちゃんに、というか、水出くんに、八つ当たりを・・・」
「いい迷惑だよ」
「・・・全然違うね、いつもの君と・・・」
「それはそうだよ。普通でなんかいられない」
「・・・ごめんね・・。2人が羨ましくて・・・」
「なぜ?君が勘解由小路くんと付き合えないから?」
「・・・うん、」
「それは君と彼の問題だよ。真喜雄を巻き込むな」
「・・・誰にも、言えなくて・・・君となっちゃんが付き合ってるって、気付いた時・・・相談、できたらなと思って・・・」
「君は僕の友達じゃない」
「・・・わかってる、でも、1人で抱えるの、もう、辛くて・・・」
「だから、優しい真喜雄を巻き込んだの?」
何も返事はなかった。
埒が開かなかった。
苛立ちが募って、つい口調がきつくなる。
深く息を吸って空を仰ぐ。落ち着かないと、だめだ。
「・・・君と勘解由小路くんの関係がどんなものかなんて知らないけど、2人で解決しないとだめなんじゃないのかな」
「・・・わかってるけど、怖いんだよ」
「何が?」
「なっちゃんに聞いたでしょ?僕、よっちゃんに無理矢理、されたんだよ」
「抵抗するのが怖いの?」
「違う・・・。僕の、独りよがりなのかなと思ったら、確かめるのが怖い・・・」
「・・・」
「・・・1年の時、よっちゃんとなっちゃんがレギュラーになって・・・なっちゃんはいつものようにどっしり構えてたけど・・・よっちゃんは違った・・・。プレッシャーに押しつぶされそうになって、毎日毎日辛そうで、悩んでた・・・。元気付けたくて、少しでも、軽くしてあげたくて、いつもみたいによっちゃんの部屋に行ったら、その時・・・。僕は、よっちゃんのことが好きだから・・・嬉しかった。けど、よっちゃんは、違うかもしれない・・・そう思ったら、何もできない・・・」
「・・・その後も、そういうことあったの?」
「・・・うん。よっちゃんが、どういうつもりか分からないけど・・・。体、目当て、かもしれないけど・・・」
声が震えていた。
体目当て・・・。
自分がそういう対象にされていたら、どうしていたんだろう。
真喜雄の顔が浮かんだ。優しく名前を呼ぶ笑顔。柔らかに触れる指先。
想像もできなかった。彼に、乱暴に扱われることなんて。
「嬉しい、けど・・・虚しくて・・・できたら、君たちみたいな関係を、築きたいって、思って・・・」
「・・・僕に聞くのは間違ってる。2人で話すべきだと思う」
「・・・そう、だよね。ごめんね」
「・・・もうこれ以上、真喜雄を、」
巻き込まないでくれと、言おうとした時だった。
グラウンドからわっとどよめきが上がった。
皇くんと2人で顔を見つめ合う。
なんとなく嫌な予感がしてグラウンドに走ると、ゴールの前で真喜雄と勘解由小路くんがもみくちゃになっていた。
ざっと血の気が引く。
2人の叫び声というか、怒号が聞こえる。気圧されて誰も近づけないようだった。
田所くんが止めにはいってるけど、勘解由小路くんが突き飛ばした。
真喜雄に馬乗りになり、拳を振り上げた時、僕は走り出していた。
「真喜雄!!」
「よっちゃんダメだぁ!!」
スライディングして真喜雄の顔の前に滑り込んだ時、拳が落ちてきた。石を叩きつけられたような衝撃だった。頭の奥でごつりと鈍い音がする。左の頬が熱く燃え、世界が七色に光って、元に戻った。脳みそが揺れるって、こういうことなのかもしれない。
何も考えられないのに、僕の腕はしっかり真喜雄を抱きしめ、庇っていた。
「透吾!?」
「み、水出!?何で!?」
「よっちゃんダメだ!!何してるんだよ!」
「離せアデル!この馬鹿、ぶっ潰してやる!!」
頭、痛い。顔も、痛い。
クラクラしてきた。よく考えたら、殴られたのは生まれて初めてだ。
口の中が血の味になって、どろりと隙間から溢れた。
田所くんが肩を揺する。
「水出、大丈夫か?!」
「透吾・・・!良人、てめぇ・・・!!」
「ダメだ!やり返しちゃダメだ!試合に出られなくなる!それだけは、嫌だ!!」
真喜雄の体を抑え、必死に叫ぶ。
勘解由小路くんは皇くんに抑えられていた。2人とも怒りで顔が真っ赤だった。
「お兄ちゃん!!大丈夫!?水出さんも・・・!」
「和泉、おま、あぶねぇから近づくなよ、」
田所くんを見ると、口の端が真っ青になっていた。
弟さんが泣きながらハンカチで傷口を拭いた。
ぼんやりしているとガシッと肩を掴まれた。
「透吾、大丈夫か?おれ、分かるか?見えるよな?!」
「う、うん、うん・・・」
「何だよ、何でいるんだよ・・・!庇うなよ、おれなんか・・・!」
泣きそうな顔で僕を見た。そんな顔しないで。真喜雄が傷つく方が、嫌なんだ。
「水出さん、これ使ってくださいっ、」
「透吾?おい、透吾!!」
「水出!」
差し出されたタオルを掴もうとした時、体が大きく揺れた。ふわっと後ろに倒れそうになったところで意識が途切れた。
遠くで、僕の名前を叫ぶ声がこだました。
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