水色と恋

和栗

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友達だから

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「水出くん!」
ガシッと手を掴まれて振り返ると、息を切らせた宮田くんがいた。
目を見開いてまじまじと僕の顔を見る。
「い、痛そう・・・!大丈夫?蓮ちゃんから聞いて・・・」
「うん、大丈夫だよ」
あわあわと忙しなく目を泳がせて、じわじわと目に涙を溜めた。驚いて凝視すると、鼻をすすりながら言う。
「ご、ごめん、まさか水出くんだったなんて、思わなくて・・・!」
「・・・大丈夫?」
「うん・・・。噂で、サッカー部の喧嘩を止めに行って殴られた人がいたって聞いてはいたんだけど、・・・蓮ちゃんから聞くまで知らなくて・・・水出くん、大丈夫?なんで止めに行ったの?そんなこと、するような人じゃないのに・・・」
「・・・体が動いたんだ。僕もビックリした」
「アデルくんと良人くんがよそよそしかったから、・・・今は普通にしてるけど、不安だったよ」
すん、と鼻をすすって、壁に寄りかかった。隣に並んで立ち、窓から見える枯れた青空を見つめた。
わざわざ僕を心配してきてくれた事に、素直にありがたいなと思った。
「あ、佑いた。水出も一緒か」
小走りで山田くんがやってきた途端、宮田くんは顔を真っ赤にした。プルプルと首を横に振り、また僕を見る。
「あの、もう危ない事、しないでね」
「うん。気をつける」
「やー、あれビックリしたな。野球部外周走ってたんだけど、戻ってきたら乱闘になってるし、勘解由小路は暴れるし、成瀬取り乱してるし、水出失神してるし・・・大丈夫だったのか?」
「うん。夜は目が覚めてたから。・・・君、おでこにたんこぶ出来てない?」
少し上の位置にある山田くんの額を見ると、青く腫れていた。
顔をしかめると、同じく壁に寄りかかり、深くため息をついた。
「皇と田所だけじゃ抑えらんないから、おれともう1人、1番でかい後輩と止めに行ったらくらった。まぁ事故みたいなもんだけど、ダッセーよなー。他の奴らに母ちゃんに殴られたのかってからかわれたし」
「痛そうだね」
「・・・喧嘩の原因とか、分からないけど、僕、勘解由小路くん許せないんだ・・・。実は成瀬くんも、ちょこっと、許せない・・・」
ポツリと呟いた言葉に、山田くんと目を合わせる。
どんなことがあっても笑って場を和ませて、怒ることなんてしなかった彼が、悲しみながらも怒っているのだ。
山田くんは困ったように天井を見上げ、そしてクシャクシャと宮田くんの頭を撫でた。
「いーんじゃねぇの、許せなくても。時が解決するだろ」
「・・・うん」
「珍しいな、怒るの」
「だって、良人くんと成瀬くんのせいで2人が怪我したんだと思ったら、悔しい・・・」
「うーん、まぁ、やるなら学校外で喧嘩してほしかったな。その方がクラスの雰囲気悪くならないし」
「手は、出しちゃダメだ」
強く、言った。
山田くんは、そうだな、と微笑んで形のいい頭を撫でた。
帰ろうと壁から体を離して角を曲がると、階段下の踊り場に真喜雄がぽつりと立っていた。
少しだけ気まずそうな顔。今の、聞いてたのかな。
視界の端で誰かが動いた。杖をつきながら乱暴に階段を降り始めた宮田くんだった。
真喜雄の前に立つと、握り拳を震わせた。
「水出くんのこと、もう、巻き込まないでよ。僕の大事な、友達なんだよ。君にとっても友達かもしれないけど、友達なら、あんな痛い思い、させちゃダメじゃないかっ」
まっすぐに言葉を投げかけられ、真喜雄の顔が悲しそうに歪んだ。分かってる。彼は僕のことをよく理解してるから今回のことに頭の中で整理が追いつかないことも、喧嘩が嫌いなことも、僕のことを思ってくれてるのも分かっている。宮田くんの気持ちもありがたいけど、真喜雄の苦しそうな表情に心臓が悲鳴をあげそうになった。足が動かなくなった。
たんたんっとステップを踏むように山田くんが階段を降りる。
「たーすーくっ。落ち着け。成瀬、めちゃめちゃ反省してんだからさ。もうおしまい」
「・・・だって、」
「ごめんな、成瀬」
「・・・いや、宮田は、正しい」
「・・・もう、もう、絶対喧嘩は、しちゃダメだよ。君だってスポーツマンなんだから・・・インターハイ、出るんでしょ・・・それに、痛いだけだよ、喧嘩は・・・君だって、痛かったでしょ?」
「・・・うん」
消え入りそうな声で返事をした。階段を降りてそっと肩を叩く。
「成瀬くん、帰ろう」
「・・・ん」
「宮田くん、心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ」
「・・・ごめんね。でも、・・・許せなかったんだ・・・自分の感情だけをぶつけて、ごめんなさい・・・」
「・・・宮田は悪くないよ」
「・・・はい、おしまい。佑、気持ちはわかるけど一方的過ぎるぞ。成瀬はあまり思い詰めるなよ。喧嘩は相手にも非があるんだし。もう終わり。まぁ、ほとぼり冷めたら、また仲良くしてくれな」
山田くんは宮田くんのカバンを持つと、肩を組んで階段をくだって行った。別のルートから帰ろうと階段を上り、少し遠回りをして下駄箱へ向かう。グラウンドではサッカー部が練習を始めていた。今日は野球部は休みのようだ。
少しだけ静かになった校舎に、足音が響く。真喜雄は何も言わなかった。僕も何も言えなくて、駅まで歩いて電車に乗った。
混み合う車内で真喜雄は僕をドア側に追いやると、前に立ち少し体を寄りかからせた。見上げても、口元しか見えなかった。
吐き出されるように最寄駅で降り改札を出て、足を止める。
振り返ると、じっと僕を見つめる姿があった。
「・・・公園行く?」
「・・・」
「・・・真喜雄、気にしないで、大丈夫だよ。宮田くんも冷静じゃなかったから、」
「透吾、宮田は正しいよ。・・・自分が、どれだけ、人に優しくされてるかって、初めて、考えた。考えさせてくれた。宮田が、普通なんだ、きっと」
「・・・どういうことかな」
歩きだし、公園へ向かう。ベンチに座ると、くるりと向きを変えて僕を見た。
「中学の時、田所が、先輩に、お前のパスが悪いから負けたって言われたことがあって・・・突き飛ばされて、背中を打ったことがあるんだ。頭にきて、良人と2人でやり返した。おれと良人はそこのやり取りしか知らなかったけど、きっと他にも色々あったのかなって今は思う。でも、あの時は、我慢ができなかった。多分宮田は、あの頃のおれの立場なんだろうなって、さっき思った。友達が殴られたり突き飛ばされたのを、黙って見ていられなかったんだ」
「・・・なるほど、そっか。宮田くんは喧嘩に巻き込まれた僕が殴られたって事実しか、知らないんだもんね・・・」
「それは、透吾のお母さんも、お父さんも、澄人もそうなんだなって、思った。なのに、許してくれた。大人だから許せたんじゃないと思う。優しいからだ。優しくて、強いから、許せるんだ。おれは、甘えて受け入れてた。ダメなんだ。本当は、ちゃんと説明しなきゃならないのに」
「・・・いや、でも、」
「透吾、これは、事実だ。おれは甘えてた。宮田はそれを分からせてくれた。しんどかったけど、おれは馬鹿にならなくて済んだんだ。宮田の気持ち、大事にして。おれも言われたこと忘れない。大事にする。大丈夫。明日宮田にちゃんと話すから」
眼には強い力がこもっていた。
頷くと、少しだけ頰を緩めて、ぐっと肩を抱き寄せられた。
「ちょっとヤキモチは妬けるな。透吾にあんないい友達がいるなんて、知らなかった」
「・・・うん。よく考えたら、彼は友達だ。僕のこの性格、理解してくれた上で一緒にいるからね」
「・・・・・・それは、嫌だ。今のは嫌だ」
「え?」
「・・・宮田に取られないようにがんばる・・・」
「取られないでしょ」
「何があるか分からん」
真剣にいうものだから、おかしくなってしまった。笑い転げて頭を撫でる。甘えるように肩に顔を押し付けてきた。


**********


「あの、成瀬くん、昨日はごめんなさい!僕、冷静じゃなくて・・・」
お昼時間、宮田くんが教室にやってきた。田所くんがじーっと2人を見て、僕をちらりと見て、視線を逸らした。
「いや、宮田は正しいから・・・。ありがとうな」
「・・・あの、君は怪我、してない?大丈夫?」
「・・・え、あ、・・・うん・・・平気」
「よかった。・・・あの、これ、お詫びに・・・」
袋を漁ると、購買のチョコプリンが出てきた。
このプリンは週に一度しか販売されず、数も少ないので希少品だった。
真喜雄の目が少しだけ見開かれる。
田所くんが声をあげた。
「えー、宮田すげぇな。これ売ってたんだ」
「あ、うん。たまたまだけど・・・良かったら食べてね。甘いもの平気?」
「・・・ん、嫌いでは、ない・・・食べてみたかった・・・」
「良かった」
「佑ー。買えたの?」
コンビニまで行っていたのだろうか、大きな袋をカサカサ揺らしながら山田くんがやってきた。
宮田くんは笑顔で返事をして、じゃぁね、と言って山田くんの席に歩いて行った。
「なんかあったの?」
「ん・・・まぁ、少し・・・?」
「宮田はおれの恩人」
「待て、もっといるだろ、お前の恩人」
「・・・??」
「・・・ぜってースタメンから降ろしてやるからな!部長の権限をフル活用してやる!」
「んー・・・」
ぺりぺりと蓋を開け、ぱくりとプリンにかぶりつく。
まったく本気にしていないようで、田所くんを無視していた。
ちらっと僕を見て口の端をあげる。
同じように返すと、またプリンを口に入れた。







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