俺がこんなに無能なはずはない!

あかねる

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俺がこんなに無能なはずはない!

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 別に作家になりたいわけじゃない。そう言ったら嘘になるかもしれない。俺はチヤホヤされたいんだ。凄い人間だと思われたい。俺は凄い人間なんだ。ただ、ちょっと怠け者なだけで……そう、本当の力を使ってないだけ。本気を出せばその辺の奴なんか軽く追い越せる。周りからも「地頭がいい」と言われる。


(お前が最後に本気を出したのはいつだ?)


 うるせえな。本気なら出したよ。この間ネトゲでパーティーメンバーがピンチになってた時な。俺はヒーラーで、無我夢中になって蘇生と回復をしたんだ。結果、壊滅寸前だったパーティーを立て直してボスを討伐できた。凄いだろう?


(そうか。人生の目標に向かって本気を出したのはいつだ?)


 ……うるせえ。


 俺は契約しているアニメ配信サイトを開き、何度も観たアニメのタイトル文字をクリックする。見慣れたデザインのキャラがストリーミングの画面に映った。俺は安堵の表情を浮かべる。未視聴のアニメを観るにはエネルギーがいるんだよな。


 導入部分のパートが終わり、OP曲が流れ始める。俺はこのOPが好きだ。曲だけでなく曲中のアニメもな。

 OPが終わり、緻密な設定に裏付けされたストーリーが展開される。脳内麻薬が溢れてきた――と同時に、これを制作し得た輝かしい才能に圧倒され始める。これはよろしくない兆候だ。

 訓練された俺の脳内は、すぐさま【防衛機構】を作動させる。


『アニメ化とかすげーなぁ。原作はもう23巻も出してるんだろ? 働きながら書いてるって大変だよなぁ』

『まぁ作家なんて不安定な商売だからね。ギリギリまでは会社員と両輪でやるつもりだよ。まぁさすがに最近はゲームの監修もあったりしてキツくなってきたから、退職は時間の問題かもなぁ。まっ、社長は週1時間でもいいからうちにいていいんだぞって言ってくれてるんだけどな』

『すげー好待遇じゃん。言われてみてぇ~!』

『ははっ、でも他の人の手前もあるし、さすがに辞めると思うけどな。今後は各種インタビュー記事とかで顔出していくと思うから、俺の顔はそこで拝んでくれよな』

『うわっ、すっかり大物!』


 脳内が良い感じに酩酊してきた。

 俺が【防衛機構】と名付けているこの能力(?)は、劣等感に襲われそうになった時、『憧れの成功者』を俺自身にすり替えて妄想することによって自分を守ることができるのだ。

(またそれを使っているのか。劣等感は自分を成長させる燃料だぞ。それを有耶無耶にしていたら一生底辺のままだ)


 黙れ。

 俺は心の中に巣食う説教マンを防衛機構の圧力で潰し、続けて糖分の塊を口に放り込み、アルコール度数9%の『マグナムゼロ』で押し流した。


 劣等感を燃料として推進力に変えるには強いエンジンが要るんだ。車は燃料だけで前に進むわけじゃない。俺に搭載されているエンジンはとにかく根性がない。ほんの少し負荷がかかるだけで、すぐ動きを止めてしまう。そんな車があるかよ。


(失敗が怖いのか? お前は高校受験に失敗してからいつもそうだな。中学の時のお前はもう少し推進力があったように思うがな)


 また出てきたのか。どうやったらお前を消せるんだ? それと、高校受験に失敗したからというのはちょっと違うな。俺は確かに当時それなりに頑張ってはいたが、成績が伸び悩んでからは逃避のためにエロ絵を描き出した。お前も知ってるだろう?

 その結果として俺は実際に失敗を引き寄せてしまった。当時と同じ自傷行為を、数十年経った今も繰り返しているのさ。


(お前はいつも目標が高すぎるんだよ。いきなり100万キロ走れと言われたら、お前のエンジンだって尻込みするだろうさ。目標は次の100mでいいんだ。それを達成したら、また次の100m。気がついたら、凄い距離を走っているものさ)


 俺は馬じゃないんだよ。そんな子供騙しに引っかかる俺じゃない。目標を小刻みにしたところで、最終目標が脳内にチラつけば同じことだ。

 だがまぁ……確かにお前の言う通りだ。けどな――今日はもう遅い。明日やるとしよう。


(ああ、このやり取りももう何度目か分からないな。明日もまた、同じやり取りをするんだろう)


 そうだな。明日になったらとりあえず会社に行って、嫌々仕事をやりながらきっとこう思うんだろう。『帰ったら小説を書きまくるぞ』と。今日も、昨日も同じだったからな。でも安心しろ。今日の俺は違う。このまま夜更かしをして、少し書いてみる。


(そうか。今日もまたお前はそうするのか)


 今日こそは違う。今日は書く。書くぞ。まずはコーヒーを淹れる。あぁ夜食も必要だな、コンビニへ行って……。部屋も散らかっている。集中するために片付けよう。


 ふぅ、ちょっと疲れたから横になるか――おっと、心配するな? スマホの執筆アプリを起動しているからな。


 ……


 …………


 俺は数分後、契約しているアニメの動画配信アプリを開き、何度も観たアニメのタイトル文字をタップしていた。記憶はそこで途切れている。


 翌朝、朦朧とした頭で会社に出勤する。クソつまらないルーティンワークと一向に進まない時間、疑問も抱かず黙々と仕事をこなし続ける同僚たち。俺は仕事を完了直前まで手際良く進め、浮いた時間は脳内で超人気作家を、あるいは気ままな英雄を演じていた。また、『今は仕事中だから』書けないことにフラストレーションを募らせてもいた。よし、今日こそ帰ったら書きまくるぞ。

 意識を明後日の方向に向けていると、背後から俺様上司の媚びへつらう声と、もう一人聞き慣れない男の声が聞こえてきた。あぁ、今日は本社の偉いさんが視察に来ているんだったな。

 パワハラまではいかないものの、普段から俺様な性格が鼻につく上司。20代前半で結婚し、子供は4人。平均年収程度で専業主婦の奥さんと住宅ローンを抱えていて、生活がギリギリだと聞いている。奥さんは中学時代から付き合っていたとのことだから、きっと処女だったのだろう。さぞかし美人に違いない。そんな相手と本能のままに生殖して、生物界の頂点に立ったと勘違いしているのかもしれない。
 ……もっとも、その本能が仇となって、妻子を養うため早い時期から大人にならざるを得なかっただろう。俺みたいな空想にとらわれている暇はないはずだ。そう考えると少し可哀想だな。

 次の瞬間、俺は会社の給料の10倍以上を作家業で稼ぎながらも、あえて会社員は辞めず、かつ周囲は俺が作家なことを知らない兼業作家(愛人を数人囲っている)になり切っていた。もちろん脳内で。そしてある日、俺様上司だけにそっと自分の身分を明かし、お前は憤死するんだ。お前も凄いかもしれないが、俺はもっと凄いんだよと。もちろん俺が本気を出せば、これは現実になる。

 18時。当然の如く定時で退社だ。家に帰ったらやっと書ける。満員電車に乗っていても心はウキウキだ。

 帰宅。PCを起動し、テキストエディタを開く。さっきまでの高揚が、自宅に一歩足を踏み入れた瞬間から消失していることに気づく。手が、指が、キーボードのホームポジションに乗ったまま動かない。椅子に座った状態でフリーズする。まるでこの部屋だけに10倍の重力がかかっているかのようだ。

(その重力の正体を教えてあげようか)

 うるせえ、聞き飽きたわ。

(毎日教えてあげるさ。それは現実リアルっていうんだ。とっても重いだろ? けど君が日々夢想する先人たちは、毎日その手を動かしてきたんだ。だから――)

 別に作家になりたいわけじゃない。そう言ったら嘘になるかもしれない。俺はチヤホヤされたいんだ。凄い人間だと思われたい。俺は凄い人間なんだ。ただ、ちょっと怠け者なだけで……そう、本当の力を使ってないだけ。

 本気を出せば、俺は――

 約束された未来を確認するため、俺は契約しているアニメ配信サイトを開き、何度も観たアニメのタイトル文字をクリックした。
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