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鍵
しおりを挟む「アザリ君、ただいま。」
「……何で、ディル?」
「それが、帰り道偶然会っちゃって。」
「そうなのよ。お邪魔しまーす。あら、随分と狭い部屋ね。」
里芋の煮っころがしは、まぁまぁの出来だった。初めてにしては上出来と言ってもいいかもしれない。
ありがとう冷凍里芋。
ディルも『ねちょねちょ感がちょっと足りないわね』と言いながらも、鍋いっぱいの量を全て平らげた。
アザリ君も、黙々と食べてくれていたので、気に入ったのだと思いたい。
食後のお茶を飲みながら、話題はアザリ君との契約の話になった。
「お嬢ちゃんは、アザリシェルムと契約したのね。」
「そうです。私の記憶が封印されちゃってるんですけど、どうやったらアザリ君に思い出してもらえるのか、ディルさん、分かりますか?」
「うーん、残念ながら、分からないわ。そんなことしたことないもの。」
「そうですか。」
アザリ君にわからないのだから、ディルにも分かる訳ないよね。
「……でも、アタシがもし自分の記憶を封印するなら、ロックを解く鍵は用意しておくわね。」
「鍵、ですか?」
「そう。五感のうちのどれかが、何かで刺激されれば解けるとか、ね。……でも、それが絶対に一生思い出さなくていいものなら、鍵は用意しないかもしれないわ。」
アザリ君は、鍵なんて用意したのだろうか。
していなければ、私のことは、何があっても思い出さなくてもいい、と考えたということになる。
ディルの推理では、だが。
私は不安な気持ちでアザリ君を見ると、彼は脈絡もないことをディルに言った。
「ディル、爽子は明日も仕事だから。」
なんでこのタイミングでそんな話?と呆気に取られていると、言われた本人は口を尖らせた。
「はいはい。もう帰るわ。」
「えっ。」
「お嬢ちゃん、作ってくれてありがとね。教えてもらったお店にも行ってみるわ。」
そう言って、ディルは持っている紙をヒラヒラとさせた。
それには私が調べて手書きした、里芋の煮っころがしを出す居酒屋のマップが記してある。
「お邪魔、したわね。」
ディルは、何故かアザリ君に対してそう言って、帰っていった。
「アザリ君、まだ、9時前だよ?」
お客さんを、あんな感じで追い返して良かったのだろうか。
「…ディルは悪魔だから。」
「うん?」
勿論、知っている。
悪魔だから、何なのだろう。
「危ないから、あんまり近寄らないで。」
「え?」
危ない感じは全然しないけど。
「…ディルは、美しいものが、好きだから。」
「うん。」
知っている。
さっきから一体何が言いたいんだろうか。
「……。」
ひょっとして私がディルと、アザリ君の記憶のことで新たに契約をしてしまいそうに見えて、心配してくれたのだろうか。
やっぱりアザリ君は優しい。
顔のニヤつきを何とか抑え込み、アザリ君と向かい合うと、眉を八の字にした彼が、不安そうに見つめ返してきた。
「ディルとは契約しないから、安心して。それに次に会う機会もなかなかないだろうし。」
契約したら、胸を持っていってもらえない以上『アザリ君を好きな気持ち』を渡さなければならない。
それだけは絶対に嫌だ。
私がそう言って微笑み掛けると、アザリ君はフイッと視線を逸らした。
「……おかえり。」
何故今さらそんなことを言うのか、アザリ君の意図が分からず、ポカンとしてしまった。
「だから、おかえり。」
「え?た、ただいま?」
疑問形で答えた私のことをアザリ君は、引き寄せ、ぎゅっと抱き締めてきた。
それは力強い抱き締め方で、かなりの密着度だった。
今日は、ハグを一回損したと思ってたから、嬉しい。
しかも、こんなに強く抱き締めてもらえるなんて。
かなりドキドキして心臓に悪いけれど、離れたくない。
「好き。」
愛しい気持ちが胸から溢れて、口からポロリと言葉として出てきてしまった。
アザリ君に聞こえただろうか。
聞こえてもいい。
私の気持ちはどんどん伝えていくべきだ。
けれど、アザリ君の言葉で、私は現実に引き戻された。
「ハグは、鍵じゃなかった。」
――確かに、そうだ。
鍵ならとっくに私のことを思い出しているだろう。
それを再確認するために、抱き締められただけだったのに、一人で浮かれてしまった。
いたたまれなくなって、体を離そうとした私を、彼は更に強く抱き締めてきた。
「アザリ、君?」
彼の吐く息が頭に当たって暖かい。
「でも僕は、もっとこうしてたいと、思う。何でそんなことを思うのか、自分の気持ちがよくわからないけど……これからも、爽子を、抱き締めてもいい?」
アザリ君の声は掠れていて何だか切なそうで、私は胸がぎゅっと締めつけられた。
「うん。私も、したいから。毎日、何回でも。」
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