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約束をしましょう

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次の日の朝、わたくしは新しいネグリジェを身に付け、クロードに抱き付かれている状態で目を覚ましました。

昨日のことを思い出し、赤くなったり青くなったりしておりましたが、クロードは普段と変わりない様子でわたくしに接してきました。まるで昨日のことは夢だったかのようです。わたくしも、なんとなく昨日の夜のことを朝から話すのは気が引けて、普通に接するように心掛けました。

クロードは元軍人に変装し、わたくしは彼の用意してくれた、庶民の娘さんが着るような外出着を身に付けました。

そしてクロードは筆談と身振り手振りで新しい馬車を手配していました。

馬車にも彼は変装したまま乗り込みます。

今日ばかりはクロードの顔がまともに見れないと思っていましたので、マスクで顔が隠れていて丁度よかったです。

「目的地まではどれくらいかかるのかしら?」

正面の席に座ったクロードに話掛けます。

南に向かうと言っていましたが具体的に場所が決まっているのでしょうか。

「馬車で1週間くらいかかると思います。本当は船で行けば早いのですが、姉さまの体調を見ながら、ゆっくり進みたいと思っています。」

確かに今の状況で船に乗ったら常に吐いてしまいそうです。

「住むところは決まっているのでしょうか?」

「はい。姉さまは去年まで僕の家庭教師だった、カイン・リュシュットハント先生を覚えてらっしゃいますか?」

ええ、もちろん覚えています。50代前半の物腰の柔らかな紳士です。わたくしも昔、勉強を教えていただきました。でも去年急に田舎暮らしがしたいとおっしゃって、伯爵家を去っていかれました。

「リュシュットハント先生。…言いづらいのでカイン先生とお呼びしますね。」

ええ、同感です。

「僕は数年前に偶然見掛けてしまったのです。カイン先生が裏庭の庭用具入れの陰で、メイドと致しているところを。」

……致している、と言いますのはもしかしなくても、男女の交わりのことでしょうか。

「お部屋の、お話ですのよね?」

「はい。カイン先生は色々なメイドに手を出していたのです。独身とはいえ、かなりの遊び人だったようです。」

先生の紳士的なイメージがガラガラと崩れ去っていきます。

「弱味を握った僕は、カイン先生に、理由を聞かずに家を手配するようにお願いしました。あ、ちゃんとお金は払いましたよ。それと誰にも見つからないような逢瀬の場所もカイン先生に提供してあげました。ですのでウィンウィンなはずです。」

クロードは一体いつからこの準備を始めていたのでしょうか。全然気がつきませんでした。

「でも、わたくしが懐妊しなければ無駄になってしまうでしょう?」

素朴な疑問です。

「子ができなくても姉さまを連れ去るつもりでした。昨日乗った馬車も少し前から手配していたものでした。」

だからこそ、この結構な量の荷物も一緒に運ぶことができたのですね。

結局わたくしは懐妊していてもしていなくても、同じことだったということでしょうか。

「僕はこの5年、姉さまの懐妊を待ちわびながら、色々なことを準備してきたのです。お金、住む家はもちろん、逃げるルート、姉さまの髪の毛の結い上げ方とか、育児書をくまなく読むことなど、言ったらきりがないくらいです。」

そうだったのですか。クロードが知らない土地でも堂々と宿や馬車の手配が出来ているのは、そういった下準備があったからなのですね。

彼はやり方は間違っていましたが、一生懸命頑張ったのでしょう。それにわたくしの着る服や下着なども用意してくれていました。

わたくしと暮らす為に、時には少し卑怯な手を使うこともあったでしょうが、コツコツと準備することなんて15歳以下の少年ができるこではありません。

「昔のようにクロードの頭を撫でてもいいかしら?」

頑張った時のご褒美を久々にしてあげたくなりました。

逃げなくてはいけない状況を作った元凶がクロードなのに、褒めてあげるのはおかしいでしょうか。でもわたくしは弟に甘い姉なのです。

「急に、何です?」

「嫌かしら?」

「い、嫌なわけ、ありません。」

彼は帽子とマスクを取り真っ赤になった顔を見せると、わたくしの隣に腰を掛け、頭を膝に乗せました。

顔の向きが昔と違う気がしますが、体勢的に苦しくないのでしょうか。でもクロードは目を瞑り、撫でられるのを待っています。彼が苦しくないのならいいとしましょう。

ゆっくりと撫でてあげました。サラサラな髪の毛が気持ちいいです。

「頑張りましたね。」

「……はい。」

クロードがわたくしのお腹にすりすりと顔を寄せてきます。

小動物のような仕草に、思わず頬が弛んでしまいます。

こうしていれば昔と変わらない可愛い弟です。

「姉さま。」

何でしょう。

「このお腹の中に、僕の子がいるなんて本当に夢のようです。」

クロードは顔を上げ、私と目線を合わせました。その顔はとても真剣でした。

「姉さまもこの子も絶対に幸せにします。ですから僕にチャンスをください。」

「チャンス、ですか?」

「はい。もし出産までに姉さまの方から、男女の交わりを持ちたいと思えるようになったなら、僕と夫婦になってください。」

どうしたらいいのでしょう。

わたくしがクロードと男女の交わりを持ちたいと思える日など、来ないような気がします。ですがこれを了承して、下手に期待を持たせるのも可哀想です。

わたくしは返事ができません。

「姉さま、お願いです。出産までです。もしダメならその先は良いきょうだいになれるよう努力しますから。子が歩けるようになったら、伯爵家にも戻ります。全部姉さまの言う通りにしますから。」

泣きそうな顔で見つめ、懇願してくるクロードにわたくしは絆されてしまいました。

何度も言いますが、わたくしは弟に甘いのです。

「わかりましたわ。でも、本当に出産までですよ。」

クロードは頷き、白い歯を覗かせてわたくしに抱きついてきました。

「はい。約束です。姉さま、大好きです。」
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