2 / 31
二人目のオス
しおりを挟む
私の今の人生で出会った、二人目のオスは青年だった。シュゼ同様ガリガリに痩せている。おそらく二十歳前後だと思われると彼を連れてきた娼館の主人が言っていたが、長く伸ばした髪の毛で顔のほとんどを隠してしまっているため、見た目からは年齢を判別できない。髪を伸ばしているのも顔を隠しているのも、ぱっと見ではオスだとばれないようカムフラージュして生活している為だろう。
「私はここの主人の、ミツコ・マイカトール。ミツコと呼んでもらえたら嬉しいのだけれど。」
ミツコは私の前世の名前だ。私はシュゼと一緒に暮らす際に家族と縁を切った。その時に名前も名字も変更したのだ。
恐怖心を与えないように微笑みながら『キミの名前も教えてもらえる?』と言うと、私の足元に向かって唾が吐き出された。呆然とする私に彼は、髪の毛の隙間からこちらを睨んだ。
「俺は何をすればいい?ご主人サマ。」
オス特有の低めの声で、威嚇されるように言われ、どうしたものかと悩む。
名前を呼び合い馴れ合うつもりはない、という意思表示だ。初日から仲良く出来るなどと夢見ていたわけではないが、同じオスでもシュゼとは全く違う反応をされてどう対処したらいいのか迷う。私が何も話せないでいると、苛立ちが更に増したのか先程より大きな声で怒鳴られた。
「……優しい顔をして甘やかせて、気が緩んだところで、俺を殴るんだろォ!?それとも火炙りか!?水攻めか?なんでもいいから早くしやがれ、クソが!!」
クソ、などという汚い言葉を口にする人間も、自分のことを『俺』と称する人間にも、今の世界で会ったことが無かった私は目を瞬かせてしまう。
『俺』という一人称は、不良っぽい人間が好んで使うものだ。だからフタナリでも『私』ではなく『俺』と言う人もいる。しかし、私は比較的お上品な世界で育ったので聞き馴染みがない、はずなのだけれど、前世を思い出し、口が勝手に動いた。
「……やっぱり、男の一人称は、俺、に限るわ。」
「……は?オトコ?」
「あっ、なんでもない、気にしないで。……ええとね、私はキミに危害を加えるつもりはないから。」
危害を加えない、取り敢えずそう言われて落ち着いたのか、彼を覆っていた刺々しい空気が少しだけ薄まったように思えた。少しだけ打ち解けたところで、食事を一緒に摂ろうと思った。先程まで私は経営するレストランのメニューの試作品を作っている最中だった。二人分以上の量があるので、それが昼食でいいだろう。
「ねぇ、さっそくキミに仕事をしてもらいたいのだけど、いい?」
私が微笑みながら問いかけると、彼は一瞬体をびくんと強張らせ、髪の毛の間から見えている瞳を伏せた。そして顔を背けるようにして「勝手にしろよ」と返事をした。
私はそんな彼を見て、自分が犯した過ちを悔いた。
きっと彼は、自分が危惧した通りに、油断したところを痛め付けられる、という仕事をさせられるのだと思って、絶望しているのだ。
「違うの!私の経営するレストランの新メニューを開発してみたのだけれど、試食して味の感想を聞かせてほしいの。それを頼みたかっただけで。……変な言い方をしてごめんなさい。」
「……試食?」
「そう。お腹、減ってない?」
彼の腹が『ぐう』と返事をした。
食堂のテーブルの上には、この世界には無い、前世で人気の食べ物が並んでいる。
お好み焼き、クレープ、天ぷらうどん、焼きうどん、鶏のクリーム煮。
そう、今日は粉もののメニューを考案、というか前世の記憶の再現をしながら作ってみた。
この世界には塩や胡椒、ハーブ、砂糖などの基本的な調味料から、幸いなことに魚醤まであった。なので似たようなものを作れたとは思う。
テーブルの上に、ところ狭しと置かれた料理を見て、彼の腹は悲痛な叫び声を上げた。すぐさま彼に席についてもらってカトラリーを渡した。
「あ、ちょっと待って、髪の毛邪魔じゃない?……結ってあげるから頭に触っても、いい?」
「……そうしなきゃ、食わせてもらえないんなら、いいよ。でも醜ぇ面だって殴るのは食後にしてくんねーか。」
「だから、殴らないって。でも髪は結わせてもらうね。髪の毛まで一緒に食べちゃったら、正しい味の評価が聞けなくなるもの。………!!…驚いた。あなたは、とても綺麗な顔をしているのね。」
「……は?アンタ、頭おかしいんじゃねーの!?俺の顔は汚ねーだろうが!」
汚い顔だなんてとんでもなかった。確かにこの世界の美的感覚からは外れているのだろう。けれど、前世の私の記憶の中では、こんなに整った顔の美男子を見たことがなかった。やや切れ長で涼しげな目元に、鼻の先までつんと尖り通った鼻筋、苛立ちを隠していない歪んだ唇さえも(私の基準では)形良い。
髪の毛だって今はボサボサの伸ばしっぱなしだけれど、ちゃんと綺麗にすればとても美しい銀髪の艶を取り戻すだろう。肌の張りといい、確かに娼館の主人がいう通り二十歳前後のようだった。
食事が終わったら風呂に入れよう。磨けばもっと美しくなるに違いない。
ここには風呂がある。裏山から温泉が出てたから、この屋敷にも湯を引いたのだ。
この世界には風呂という概念そのものがない。魔力を持つ人間は自浄の魔法を使える。だから風呂に入る必要がないのだ。ちなみにトイレはどこの家にもある。しかし用を足した後に使う紙はない。でもこの屋敷には用意してある。シュゼを迎え入れた時から、彼が生活しやすいように設備、備品等を整えたのだ。けれど風呂についてはシュゼだけの為に用意した訳ではない。前世の私は多くのニホンジンがそうであるように温泉好きだった。
しかし、食事が終わったらお風呂に入ろうと、風呂の説明もしながら提案すると――
「は?風呂?湯?なんだよそれ。……ああ、わかった。熱湯責めね。ったく、お綺麗な顔していいご趣味だな。」
「あのね、私はあなたに、本当に、これっぽっちも痛い思いをさせるつもりはないの。」
彼の疑り深さが、受けた傷の深さだと思うと胸が痛くなる。
「……じゃあ笑い者にすんのか?ケツに包丁の柄をぶっ刺して踊ってやればいいのか?それとも裸にして縛り上げて見せ物にでもするか?客人はさぞ喜ぶだろうよ。あんたは俺を買った、だから何でも命令しろよ。笑い者にでもなってやる。でもな、オスなんて汚ねーもん、買うアンタだって、とんでもねー変態で異常者なんだってこと忘れんなよ。」
「……違う。オスは、汚くなんてない。シュゼは、…私の愛したオスは心が強くて美しい人だった。…死ぬ間際には、辛い人生だったろうに、私にお礼まで言って、しかも自分と同じ境遇のオスを救ってほしいって言い残したの。……私は約束したから、あなたを救いたいって思う。だから、誓ってあなたに酷いことは、しない。……あと、ね、私はオスの顔と体が好きだから、キミのことも美しいなって思うよ。」
「……なっ、アンタ、ガチ変態じゃねーかよ。……っ、で、ご主人サマは俺をどうやって救うつもりなんだよ。こんなクソみたいな人生をさ、どう変えてくれるわけ?」
「キミが、少しでも幸せに生活出来るようにサポートする。読み書きや計算も、キミが望めば何だって教える。それで、体を痛め付けられたりされないような真っ当な仕事をしてもらいたいと思ってる。私の会社で働いてくれてもいいし。」
私の頭の中には、いつもシュゼが最期に残してくれた言葉がある。
『私のようなオスを愛して、救ってやってくれ』
どうしたら救えるのか、どんな形の愛を渡せるのか、私にはよく分からない。でも、辛い状況にいるのならばそこから抜け出してほしいと思う。それに彼はまだ若いから、これからやりたいことを見つけて、その道を進んでほしい。その手伝いがしたい。
「は?俺なんかに真っ当な仕事なんて出来るわけねーだろ。アンタ馬鹿だろ。第一周りの人間が許すはずないだろうが!」
「少なくとも私の会社では大丈夫。社長の私に逆らえる人間がいると思う?」
「……。」
言い返す言葉がないのか、はたまた途中になってしまっている目の前の料理に気を取られているのか、彼は不服そうに口を尖らせ黙り、食事を再開した。
叩き上げのワンマン社長。誰の力も借りずに(前世の記憶頼りだけど)がむしゃらに働いて、気がつけば富を得ていた。食品から医療品まで手広く広げた商売は、今や私が現場に顔を出さなくとも、つつがなく回る。今の私がする仕事と言えば、食品、衣料、アイディア雑貨などの新商品の企画をたまに上げることと、報告書を読み、承認申請書にイエスかノーで答えるだけという引きこもっていても出来るものだ。けれど、私が産み出したものはほぼヒット商品になる。ズルをしているのだから当たり前だが、部下は私をカリスマ社長と崇めている。
だから、会社で私に逆らう人間などいない。
差別を無くす。
それは今の世の中では難しいことに思う。でも彼が社会に出ることで、何も知らないくせに、――昔の私のようにオスを見たこともないくせに――蔑んでくる人間に、オスも同じように心があるし、ちゃんと働けるということを見せることができるのではないかと思っている。それがオスの地位向上への小さな一歩になるのだと信じたい。
彼はほとんどの料理を平らげた。よほど腹が減っていたらしい。味を聞くと、腹が空き過ぎていてよく分からなかったと残念な返答をされた。しかし甘いものが好きなのか、クレープ(オレンジ果汁と砂糖とバターを煮詰めた温かいソースを絡めたもの)をえらく気に入って、皿まで舐めていた。……テーブルマナーも後で教えなくては。
私もクレープは良い出来だったと思うし、おまけに原価も安くつくので、デザートの新メニューとして採用した。細かくレシピを書き、値段設定をしたら後はシェフにお任せだ。
食後に少し休憩をしてから、彼を風呂に入れることにした。
魔力をもたないオスとメスは自分の手で体を清めなくてはいけない。それは体を拭き、盥に入った水で頭を洗う程度のことだろう。夏であれば川に入ったりもするかもしれない。
正直なところ、彼は少し匂うのだ。娼館にいたようなので、出会った頃のシュゼよりは酷くはない。でも、長年で蓄積されたのであろう脂の臭いが染み付いている。それは温かい湯に浸かり、石鹸で洗い流せばすっきり消えるだろう。
しかし、風呂、というものを知らない彼に入浴をさせるのは大変だった。岩で出来た浴槽の中に湯がたっぷりと入っているのを見て、やっぱり熱湯責めをするつもりだ!とまた騒がれた。仕方ないので、大丈夫だと分からせる為に私が先に服を脱いで湯に浸かった。
彼は娼館にいたくせに、私の裸を見て顔を赤くした。
私は、――フタナリ全般に言えることだが、裸を見られることにはあまり抵抗がない。なんせ99.99%は同性なのだ。同じものがついているんだからと羞恥心が薄めなのである。
私が湯に浸かりながら『熱くないからおいで』と言うと、渋々服を脱いだ。タオルで体を隠していたけれど、見えているところには火傷や擦り傷があり痛々しかった。風呂が済んだら薬を塗ってあげなくては。
彼も、私がしたように掛け湯をして、恐る恐る浴槽の中に入ってきた。5人くらいはゆうに入れる広さなので二人で入っても問題はない。
「大丈夫?熱くない?傷に滲みる?」
「ん、だいじょ……!!オイっ、なんでアンタ、ぺニス起ててんだよ!」
温泉の湯は無色透明で、私の張り詰め起ち上がったぺニスが丸見えだった。
「あぁ、オスの体見たの一年ぶりだから興奮しちゃった。でも何もしないから、安心して。……ふぅ、やっぱりお風呂は、気持ちいいなぁ。」
「っ、……やっぱりガチ変態じゃねーか。」
彼はぼそっと呟くと、恥ずかしかったのか、私に背を向けた。
「私はここの主人の、ミツコ・マイカトール。ミツコと呼んでもらえたら嬉しいのだけれど。」
ミツコは私の前世の名前だ。私はシュゼと一緒に暮らす際に家族と縁を切った。その時に名前も名字も変更したのだ。
恐怖心を与えないように微笑みながら『キミの名前も教えてもらえる?』と言うと、私の足元に向かって唾が吐き出された。呆然とする私に彼は、髪の毛の隙間からこちらを睨んだ。
「俺は何をすればいい?ご主人サマ。」
オス特有の低めの声で、威嚇されるように言われ、どうしたものかと悩む。
名前を呼び合い馴れ合うつもりはない、という意思表示だ。初日から仲良く出来るなどと夢見ていたわけではないが、同じオスでもシュゼとは全く違う反応をされてどう対処したらいいのか迷う。私が何も話せないでいると、苛立ちが更に増したのか先程より大きな声で怒鳴られた。
「……優しい顔をして甘やかせて、気が緩んだところで、俺を殴るんだろォ!?それとも火炙りか!?水攻めか?なんでもいいから早くしやがれ、クソが!!」
クソ、などという汚い言葉を口にする人間も、自分のことを『俺』と称する人間にも、今の世界で会ったことが無かった私は目を瞬かせてしまう。
『俺』という一人称は、不良っぽい人間が好んで使うものだ。だからフタナリでも『私』ではなく『俺』と言う人もいる。しかし、私は比較的お上品な世界で育ったので聞き馴染みがない、はずなのだけれど、前世を思い出し、口が勝手に動いた。
「……やっぱり、男の一人称は、俺、に限るわ。」
「……は?オトコ?」
「あっ、なんでもない、気にしないで。……ええとね、私はキミに危害を加えるつもりはないから。」
危害を加えない、取り敢えずそう言われて落ち着いたのか、彼を覆っていた刺々しい空気が少しだけ薄まったように思えた。少しだけ打ち解けたところで、食事を一緒に摂ろうと思った。先程まで私は経営するレストランのメニューの試作品を作っている最中だった。二人分以上の量があるので、それが昼食でいいだろう。
「ねぇ、さっそくキミに仕事をしてもらいたいのだけど、いい?」
私が微笑みながら問いかけると、彼は一瞬体をびくんと強張らせ、髪の毛の間から見えている瞳を伏せた。そして顔を背けるようにして「勝手にしろよ」と返事をした。
私はそんな彼を見て、自分が犯した過ちを悔いた。
きっと彼は、自分が危惧した通りに、油断したところを痛め付けられる、という仕事をさせられるのだと思って、絶望しているのだ。
「違うの!私の経営するレストランの新メニューを開発してみたのだけれど、試食して味の感想を聞かせてほしいの。それを頼みたかっただけで。……変な言い方をしてごめんなさい。」
「……試食?」
「そう。お腹、減ってない?」
彼の腹が『ぐう』と返事をした。
食堂のテーブルの上には、この世界には無い、前世で人気の食べ物が並んでいる。
お好み焼き、クレープ、天ぷらうどん、焼きうどん、鶏のクリーム煮。
そう、今日は粉もののメニューを考案、というか前世の記憶の再現をしながら作ってみた。
この世界には塩や胡椒、ハーブ、砂糖などの基本的な調味料から、幸いなことに魚醤まであった。なので似たようなものを作れたとは思う。
テーブルの上に、ところ狭しと置かれた料理を見て、彼の腹は悲痛な叫び声を上げた。すぐさま彼に席についてもらってカトラリーを渡した。
「あ、ちょっと待って、髪の毛邪魔じゃない?……結ってあげるから頭に触っても、いい?」
「……そうしなきゃ、食わせてもらえないんなら、いいよ。でも醜ぇ面だって殴るのは食後にしてくんねーか。」
「だから、殴らないって。でも髪は結わせてもらうね。髪の毛まで一緒に食べちゃったら、正しい味の評価が聞けなくなるもの。………!!…驚いた。あなたは、とても綺麗な顔をしているのね。」
「……は?アンタ、頭おかしいんじゃねーの!?俺の顔は汚ねーだろうが!」
汚い顔だなんてとんでもなかった。確かにこの世界の美的感覚からは外れているのだろう。けれど、前世の私の記憶の中では、こんなに整った顔の美男子を見たことがなかった。やや切れ長で涼しげな目元に、鼻の先までつんと尖り通った鼻筋、苛立ちを隠していない歪んだ唇さえも(私の基準では)形良い。
髪の毛だって今はボサボサの伸ばしっぱなしだけれど、ちゃんと綺麗にすればとても美しい銀髪の艶を取り戻すだろう。肌の張りといい、確かに娼館の主人がいう通り二十歳前後のようだった。
食事が終わったら風呂に入れよう。磨けばもっと美しくなるに違いない。
ここには風呂がある。裏山から温泉が出てたから、この屋敷にも湯を引いたのだ。
この世界には風呂という概念そのものがない。魔力を持つ人間は自浄の魔法を使える。だから風呂に入る必要がないのだ。ちなみにトイレはどこの家にもある。しかし用を足した後に使う紙はない。でもこの屋敷には用意してある。シュゼを迎え入れた時から、彼が生活しやすいように設備、備品等を整えたのだ。けれど風呂についてはシュゼだけの為に用意した訳ではない。前世の私は多くのニホンジンがそうであるように温泉好きだった。
しかし、食事が終わったらお風呂に入ろうと、風呂の説明もしながら提案すると――
「は?風呂?湯?なんだよそれ。……ああ、わかった。熱湯責めね。ったく、お綺麗な顔していいご趣味だな。」
「あのね、私はあなたに、本当に、これっぽっちも痛い思いをさせるつもりはないの。」
彼の疑り深さが、受けた傷の深さだと思うと胸が痛くなる。
「……じゃあ笑い者にすんのか?ケツに包丁の柄をぶっ刺して踊ってやればいいのか?それとも裸にして縛り上げて見せ物にでもするか?客人はさぞ喜ぶだろうよ。あんたは俺を買った、だから何でも命令しろよ。笑い者にでもなってやる。でもな、オスなんて汚ねーもん、買うアンタだって、とんでもねー変態で異常者なんだってこと忘れんなよ。」
「……違う。オスは、汚くなんてない。シュゼは、…私の愛したオスは心が強くて美しい人だった。…死ぬ間際には、辛い人生だったろうに、私にお礼まで言って、しかも自分と同じ境遇のオスを救ってほしいって言い残したの。……私は約束したから、あなたを救いたいって思う。だから、誓ってあなたに酷いことは、しない。……あと、ね、私はオスの顔と体が好きだから、キミのことも美しいなって思うよ。」
「……なっ、アンタ、ガチ変態じゃねーかよ。……っ、で、ご主人サマは俺をどうやって救うつもりなんだよ。こんなクソみたいな人生をさ、どう変えてくれるわけ?」
「キミが、少しでも幸せに生活出来るようにサポートする。読み書きや計算も、キミが望めば何だって教える。それで、体を痛め付けられたりされないような真っ当な仕事をしてもらいたいと思ってる。私の会社で働いてくれてもいいし。」
私の頭の中には、いつもシュゼが最期に残してくれた言葉がある。
『私のようなオスを愛して、救ってやってくれ』
どうしたら救えるのか、どんな形の愛を渡せるのか、私にはよく分からない。でも、辛い状況にいるのならばそこから抜け出してほしいと思う。それに彼はまだ若いから、これからやりたいことを見つけて、その道を進んでほしい。その手伝いがしたい。
「は?俺なんかに真っ当な仕事なんて出来るわけねーだろ。アンタ馬鹿だろ。第一周りの人間が許すはずないだろうが!」
「少なくとも私の会社では大丈夫。社長の私に逆らえる人間がいると思う?」
「……。」
言い返す言葉がないのか、はたまた途中になってしまっている目の前の料理に気を取られているのか、彼は不服そうに口を尖らせ黙り、食事を再開した。
叩き上げのワンマン社長。誰の力も借りずに(前世の記憶頼りだけど)がむしゃらに働いて、気がつけば富を得ていた。食品から医療品まで手広く広げた商売は、今や私が現場に顔を出さなくとも、つつがなく回る。今の私がする仕事と言えば、食品、衣料、アイディア雑貨などの新商品の企画をたまに上げることと、報告書を読み、承認申請書にイエスかノーで答えるだけという引きこもっていても出来るものだ。けれど、私が産み出したものはほぼヒット商品になる。ズルをしているのだから当たり前だが、部下は私をカリスマ社長と崇めている。
だから、会社で私に逆らう人間などいない。
差別を無くす。
それは今の世の中では難しいことに思う。でも彼が社会に出ることで、何も知らないくせに、――昔の私のようにオスを見たこともないくせに――蔑んでくる人間に、オスも同じように心があるし、ちゃんと働けるということを見せることができるのではないかと思っている。それがオスの地位向上への小さな一歩になるのだと信じたい。
彼はほとんどの料理を平らげた。よほど腹が減っていたらしい。味を聞くと、腹が空き過ぎていてよく分からなかったと残念な返答をされた。しかし甘いものが好きなのか、クレープ(オレンジ果汁と砂糖とバターを煮詰めた温かいソースを絡めたもの)をえらく気に入って、皿まで舐めていた。……テーブルマナーも後で教えなくては。
私もクレープは良い出来だったと思うし、おまけに原価も安くつくので、デザートの新メニューとして採用した。細かくレシピを書き、値段設定をしたら後はシェフにお任せだ。
食後に少し休憩をしてから、彼を風呂に入れることにした。
魔力をもたないオスとメスは自分の手で体を清めなくてはいけない。それは体を拭き、盥に入った水で頭を洗う程度のことだろう。夏であれば川に入ったりもするかもしれない。
正直なところ、彼は少し匂うのだ。娼館にいたようなので、出会った頃のシュゼよりは酷くはない。でも、長年で蓄積されたのであろう脂の臭いが染み付いている。それは温かい湯に浸かり、石鹸で洗い流せばすっきり消えるだろう。
しかし、風呂、というものを知らない彼に入浴をさせるのは大変だった。岩で出来た浴槽の中に湯がたっぷりと入っているのを見て、やっぱり熱湯責めをするつもりだ!とまた騒がれた。仕方ないので、大丈夫だと分からせる為に私が先に服を脱いで湯に浸かった。
彼は娼館にいたくせに、私の裸を見て顔を赤くした。
私は、――フタナリ全般に言えることだが、裸を見られることにはあまり抵抗がない。なんせ99.99%は同性なのだ。同じものがついているんだからと羞恥心が薄めなのである。
私が湯に浸かりながら『熱くないからおいで』と言うと、渋々服を脱いだ。タオルで体を隠していたけれど、見えているところには火傷や擦り傷があり痛々しかった。風呂が済んだら薬を塗ってあげなくては。
彼も、私がしたように掛け湯をして、恐る恐る浴槽の中に入ってきた。5人くらいはゆうに入れる広さなので二人で入っても問題はない。
「大丈夫?熱くない?傷に滲みる?」
「ん、だいじょ……!!オイっ、なんでアンタ、ぺニス起ててんだよ!」
温泉の湯は無色透明で、私の張り詰め起ち上がったぺニスが丸見えだった。
「あぁ、オスの体見たの一年ぶりだから興奮しちゃった。でも何もしないから、安心して。……ふぅ、やっぱりお風呂は、気持ちいいなぁ。」
「っ、……やっぱりガチ変態じゃねーか。」
彼はぼそっと呟くと、恥ずかしかったのか、私に背を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる