54 / 101
惑星イオ 光国編
第54話 虚構の令と真なる目的
しおりを挟む
シールド領北東樹海の入口にほど近い前線基地から、イザーナ皇女の捜索隊が出発してすでに十日が経過していた。
この前線基地は、樹海から出てくる魔物を防ぐべく建てられた防衛拠点のひとつであり、高い防御壁が北へ向かってゆるやかな円を描きながら、千五百キロにもわたって連なる長壁へと繋がっていた。通常はこの壁上から弓兵や魔術師が魔物を討伐するのが任務だが、今やその目的は大きく変わっている。
――皇女イザーナの捜索と奪還。
基地の士気は緊迫していた。帝国の皇女を攫った魔獣の正体が依然として不明なまま、兵士たちは焦りと苛立ちを隠せずにいた。
その基地から南へおよそ二十キロ、北東樹海の中にひっそりと存在するダンジョンを改良したアジトがあった。昼でも薄暗いこの樹海の洞窟で、キールたちは妖狐やゴブリンたちに監視されながら、息を潜めるように日々を過ごしていた。
すでに先発隊の兵士たちがこの周辺に到達していてもおかしくない頃合いだったが、アジトは今なお発見されていなかった。
それも当然のことだった。
「さすが妖狐はんの幻術や。アジトなんかまるっきり分からへんわ」
リスに化け、外の様子を窺っていたぽん吉が、霧の結界の中に戻ると感心したように呟いた。
「ふふ、そらそうやろ。あたしの幻術を見抜くなんて、そうそうおらへんよ」
妖狐は艶めいた口元に薄い笑みを浮かべながら、長い尾をくゆらせる。
「けどなぁ、最近はちょくちょく第一師団の兵士らしい奴らも見掛けるようになってきてるんや」
「ほぉ……ということは、イザーナ捜索ってのも本気みたいやね」
「それとや。北の方から魔物たちが追い払われるようにして南下してきとる。おそらく北側全体から、兵士らが森に入って来とるんとちゃうかな」
「……ふむ。最初に潜入して来た連中には、暗殺部隊も混じってた。キールたちやイザーナを見つけ次第、即座に処分する腹づもりやろな」
「ひぃ~、怖いなぁ。キール、お前達を殺しに来とるで~?」
ぽん吉が茶化すように振り返ると、キールは返事もせずに目を逸らした。その横で、ゴブリンの一体が棍棒のような木の棒で彼の足をコチコチと叩いていた。
「ギギッ、さっさと働けッ!」
小さな衝撃。しかしキールにとっては、それ以上の痛みだった。
彼の体には拷問具――「アイアンメイデン改」が装着されており、あらゆる刺激が痛覚神経に直接届くよう改造されていたのだ。ささいな刺激が激痛へと変換され、逃れようのない苦痛となって襲いかかる。
(……ハリアの兵士達が俺たちを殺しに来る。やはり証拠隠滅するつもりか。逃げ場なんて、最初からなかったんだ……)
キールの胸中には、かつて己が積み重ねてきた数々の悪行が重くのしかかっていた。それを今すべて暴いてハリアを道連れにするか、あるいは口を閉ざしたまま地獄へ堕ちるか――。
(……くそっ、どうする俺……)
その内なる葛藤を見透かすように、ぽん吉がにやりと笑う。
「悩んどる悩んどる。もう全部バレとるっちゅーのに、ホンマ人間っておもろいわぁ」
そのとき、長椅子の影から静かに一人の男が現れた。
「妖狐様」
「……あら、半蔵やないの。どないしたん?」
現れたのは、死してなお任を解かれぬ忍者、半蔵であった。彼は地獄の十王の一柱・五官王に仕える鬼であり、地上に顕現された雅閻魔に付き従い、もう一人のルシフィスの監視を任されている特殊な存在である。
「ここより南西側の森にて、茶褐色の肌、赤い目をした人間サイズのゴブリン五体を確認。隊列を組み、小隊のような動きを見せておりました」
「……人間サイズのゴブリンやと?」
妖狐が目を細めると、ぽん吉が顔をしかめた。
「普通のゴブリンは百二十センチ前後、力も子供並。そいつらが成人並みの体格で装備もしとるなら、間違いなく……ダークゴブリンやな」
「せやな。統率されてるってことは……リーダー格が出てきとるかもしれへんな」
「それと……奴ら、突如として森の中に現れました。おそらく、地下にトンネルがあり闇国側から移動してきているのでは、と推測しております」
「地下から来とったら、そら見つからんわけやわ……ぽん吉、空はんにこの情報伝えて、ついでに調査も頼んどいてくれる?」
「了解、まかせとき!」
ぽん吉は軽やかに跳ねて、天空門へと消えていく。
「半蔵はん、ありがとな。うちのアジト、使いたいときは好きに使ってええよ。料理も悪くないで?」
「御意。感謝いたします。では、私は持ち場に戻ります」
一礼し、すっとその姿を霧の中に消していった半蔵の背を見送りながら、妖狐は小さく呟いた。
「さてさて……ブラックゴブリンキングが、何をしようとしてるのか。見ものやわ」
妖狐とぽん吉の真の任務――それはキールたちの監視であると同時に、ブラックゴブリンキングの行方を追うことにあった。
アジトに入ってから二週間、姿も気配も掴めなかったが、ついに半蔵が持ち帰った情報が状況を大きく動かしたのだ。
キールたちのアジトから南西に位置する樹海に、突如として現れたダークゴブリンたち。
その出現の背後に見え隠れする、地下トンネルという存在。
すべては、嵐の前触れに過ぎなかった。
この前線基地は、樹海から出てくる魔物を防ぐべく建てられた防衛拠点のひとつであり、高い防御壁が北へ向かってゆるやかな円を描きながら、千五百キロにもわたって連なる長壁へと繋がっていた。通常はこの壁上から弓兵や魔術師が魔物を討伐するのが任務だが、今やその目的は大きく変わっている。
――皇女イザーナの捜索と奪還。
基地の士気は緊迫していた。帝国の皇女を攫った魔獣の正体が依然として不明なまま、兵士たちは焦りと苛立ちを隠せずにいた。
その基地から南へおよそ二十キロ、北東樹海の中にひっそりと存在するダンジョンを改良したアジトがあった。昼でも薄暗いこの樹海の洞窟で、キールたちは妖狐やゴブリンたちに監視されながら、息を潜めるように日々を過ごしていた。
すでに先発隊の兵士たちがこの周辺に到達していてもおかしくない頃合いだったが、アジトは今なお発見されていなかった。
それも当然のことだった。
「さすが妖狐はんの幻術や。アジトなんかまるっきり分からへんわ」
リスに化け、外の様子を窺っていたぽん吉が、霧の結界の中に戻ると感心したように呟いた。
「ふふ、そらそうやろ。あたしの幻術を見抜くなんて、そうそうおらへんよ」
妖狐は艶めいた口元に薄い笑みを浮かべながら、長い尾をくゆらせる。
「けどなぁ、最近はちょくちょく第一師団の兵士らしい奴らも見掛けるようになってきてるんや」
「ほぉ……ということは、イザーナ捜索ってのも本気みたいやね」
「それとや。北の方から魔物たちが追い払われるようにして南下してきとる。おそらく北側全体から、兵士らが森に入って来とるんとちゃうかな」
「……ふむ。最初に潜入して来た連中には、暗殺部隊も混じってた。キールたちやイザーナを見つけ次第、即座に処分する腹づもりやろな」
「ひぃ~、怖いなぁ。キール、お前達を殺しに来とるで~?」
ぽん吉が茶化すように振り返ると、キールは返事もせずに目を逸らした。その横で、ゴブリンの一体が棍棒のような木の棒で彼の足をコチコチと叩いていた。
「ギギッ、さっさと働けッ!」
小さな衝撃。しかしキールにとっては、それ以上の痛みだった。
彼の体には拷問具――「アイアンメイデン改」が装着されており、あらゆる刺激が痛覚神経に直接届くよう改造されていたのだ。ささいな刺激が激痛へと変換され、逃れようのない苦痛となって襲いかかる。
(……ハリアの兵士達が俺たちを殺しに来る。やはり証拠隠滅するつもりか。逃げ場なんて、最初からなかったんだ……)
キールの胸中には、かつて己が積み重ねてきた数々の悪行が重くのしかかっていた。それを今すべて暴いてハリアを道連れにするか、あるいは口を閉ざしたまま地獄へ堕ちるか――。
(……くそっ、どうする俺……)
その内なる葛藤を見透かすように、ぽん吉がにやりと笑う。
「悩んどる悩んどる。もう全部バレとるっちゅーのに、ホンマ人間っておもろいわぁ」
そのとき、長椅子の影から静かに一人の男が現れた。
「妖狐様」
「……あら、半蔵やないの。どないしたん?」
現れたのは、死してなお任を解かれぬ忍者、半蔵であった。彼は地獄の十王の一柱・五官王に仕える鬼であり、地上に顕現された雅閻魔に付き従い、もう一人のルシフィスの監視を任されている特殊な存在である。
「ここより南西側の森にて、茶褐色の肌、赤い目をした人間サイズのゴブリン五体を確認。隊列を組み、小隊のような動きを見せておりました」
「……人間サイズのゴブリンやと?」
妖狐が目を細めると、ぽん吉が顔をしかめた。
「普通のゴブリンは百二十センチ前後、力も子供並。そいつらが成人並みの体格で装備もしとるなら、間違いなく……ダークゴブリンやな」
「せやな。統率されてるってことは……リーダー格が出てきとるかもしれへんな」
「それと……奴ら、突如として森の中に現れました。おそらく、地下にトンネルがあり闇国側から移動してきているのでは、と推測しております」
「地下から来とったら、そら見つからんわけやわ……ぽん吉、空はんにこの情報伝えて、ついでに調査も頼んどいてくれる?」
「了解、まかせとき!」
ぽん吉は軽やかに跳ねて、天空門へと消えていく。
「半蔵はん、ありがとな。うちのアジト、使いたいときは好きに使ってええよ。料理も悪くないで?」
「御意。感謝いたします。では、私は持ち場に戻ります」
一礼し、すっとその姿を霧の中に消していった半蔵の背を見送りながら、妖狐は小さく呟いた。
「さてさて……ブラックゴブリンキングが、何をしようとしてるのか。見ものやわ」
妖狐とぽん吉の真の任務――それはキールたちの監視であると同時に、ブラックゴブリンキングの行方を追うことにあった。
アジトに入ってから二週間、姿も気配も掴めなかったが、ついに半蔵が持ち帰った情報が状況を大きく動かしたのだ。
キールたちのアジトから南西に位置する樹海に、突如として現れたダークゴブリンたち。
その出現の背後に見え隠れする、地下トンネルという存在。
すべては、嵐の前触れに過ぎなかった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる