言霊の國

渡辺 佐倉

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邂逅2

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リツが指定したのは、翡翠の国の景勝地の一つである湖のほとりだった。

この近くに翡翠の国の王族のための別荘があるらしい。
離宮と別荘の違いがアラタには分からなかったが、護衛とは別行動で会えると連絡が来たため、信用するほかなかった。


相手に気づかれ無いように言霊を使うか、索敵の為の言霊を使うか考えたけれど結局どちらもしなかった。

この国の人間で広範囲に言霊を試して結果を確認したことが無い。
仮にリツ以外に誰かがいたとして、自分ひとりで何とかできるとは思っていない。

どうにもならない事のために言霊を使う意味はないだろう。

御子というご神体になるつもりは毛頭ないが、逆に言えばこの世界は言霊を使う人間とどう対峙するかの心構えが無い。
他の国の御子を害してしまえばいいという人間さえアラタは見たことが無い。

時間におおよそぴったりにリツは、王族だという青年を伴って現れた。

「よう久しぶり」
「やー、久しぶりやな」

お互いに声をかけあう。
本当にリツ本人なのか、確認すべきだろうかと思ったところでリツが思わぬことを言った。

「なんか、俺の知らない知識をなんでもいいから言って!!」

もう、自分が頭おかしくなってるんじゃないかって疑念を晴らしたくてたまらない。
だから、自分の頭に無いことをなんでもいいから言って欲しい。

リツの懇願に思わず吹き出す。

「あー、わかるわ。
なんぞ、自分の妄想の世界に居るんやないかて思うわな」

リツがぐっと息を詰める。

「何がええかな。
ああ、そういえばこっち来てから好きな人おるよ」

リツが、ゴクリと唾を飲み込む。

「冗談的なアレだろ?」
「まさか」

あり得ないだろ。リツの言葉がやけに響いてアラタは自分でも少しおかしくなる。

多分リツの妄想の世界だったら、アラタは誰かに恋をすることは無いだろう。
リツは多分そう思っている。

実際、アラタもこの世界に来るまでは、このまま一生誰にも恋なんてものはしないと思っていた。

それでリツが信じてくれるかは分からないけれど、どこかで聞いたことのある可能性のある適当な知識とやらを披露するより大分マシだ。

「初めまして、御子様」

リツの傍らにいた青年、ウィリアムがアラタにそう言う。

「自分は御子やないよ」

アラタがそう言って笑う。

「跪け」

アラタが笑顔を浮かべたままウィリアムに言う。
ウィリアムはリツの傍らに立ったままだった。

「どや、何も起きへんやろ」

リツが舌打ちをする。
ウィリアムは目を細めた。

「俺の声に、力なんかない」

だから、楽しくお話しよか。アラタはウィリアムに向かって笑いかけた。


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