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聖女様

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聖女様をこんな場所に呼びつけるのはよくない事らしい。

私だったらよかったのか。
ああ、完全に切り捨てられる側なのだ。


アンリ様に案内された部屋は基本的には王族だけが立ち入ることを許可されている場所だ。
戸惑った顔をしながら入ってきた聖女様は、そんな顔をしていてもとてもお綺麗でかわいらしい。

ちらり。

聖女様は私の方ではなく、リヒトの方に視線を一瞬向けた。


幼馴染が彼女と親しい、という話は聞いたことが無い。
というか、誰かと親しいという話はまるで聞いたことが無い。

「聖女様、初めまして――」


名前を名乗ろうとお辞儀をした瞬間、アンリ様に遮られる。
私の名前すら聖女様に知らせたくは無いという意思を感じる。

「婚約者がいたという話すらしてないって、オチですか? これはぁ?」

リヒトが口角をいびつに上げながら言う。

「何をっ!」

怒気をはらんだ声がアンリ様の口から発せられるのも気に留めず、リヒトは聖女様の前に立つ。

「あなたが、裏庭の魔術師様ですか?」

かなり失礼なことを言ったリヒトに気を悪くした様子も無く。
しかも今の会話と何も関係なさそうに聞こえる言葉を聖女様が言う。

「あなたは、あなたの未来のために魔法を使えばいいし、俺は俺のために魔法を使うよ」

先ほどより穏やかな口調でリヒトが聖女様に話しかける。
まるで昔の様な口調で驚く。

「あなたは世界のためには魔法を使うつもりがないという事でしょうか?」

聖女様が首をかしげる。
美しいブロンドが部屋の中でも淡い光に反射してつやつやと輝いている。

「さあ?」

よく分からない会話に苛立った様に、アンリ様が聖女様に言葉をかける。

「君を今日の朝、突き飛ばしたのは彼女だろう?」

そこでようやく聖女様ときちんと目があった。

「あなたですの?」
「ち、違います」

きょとんとした聖女様は、アンリ様に「違うと言っておりますよ?」と聞いた。

先ほどから会話がかみ合っていない。
ちゃんと、私に分かる様に話してください! と叫びだしたいのを抑えて「今日、聖女様とは初めてお会いいたしました」と言う。

「という事ですわ」

ニッコリと笑って聖女様はアンリ様に言った。

どういうことなのか教えて欲しい、という顔をアンリ様はしていた。
私も正直同じ気持ちだった。
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