黄金の鳥が羽ばたくとき

渡辺 佐倉

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本編7

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「――俺が、本当に何も覚えていないと思ってるんすか、あんた。」
「何の話だ。」
「最初は、二人で飲みに行った日でしたか?お互い酔って俺の家であんたを半ば無理矢理抱いたんだ。
翌朝あんまりにもあんたが普通だったから、夢でも見たんだと思ってた。
その後も、飲むたびに前後不覚に近い状態で抱き続けてたな。」

アルフレートが見せた笑みは、片方の口角をニヤリと上げただけの非常に嫌みなものだった。

「それからは、無し崩しだろ。王宮へ上がる前日なんて酒なんぞ一滴も飲んでねーよ。
気が付いたら執務室であんたの事犯してただろ。
さすがに、忘れる訳が無いだろ。
……なあ、何で、何で一言言ってくれなかったんだ。
何で、一緒に背負わせてくれなかったんだ!!」

アルフレートに掴みかかられ、少しだけ体制を崩した。
俺の服をぐちゃぐちゃに掴んで揺さぶる様にされる。
苦しそうな顔をしながら抱きしめられた。表情がある時に抱きしめられ面食らう。


でも、ああ、愛おしいなと漠然と思った。
この不器用で色んなものを背負ってしまった男が愛おしいと思った。

自然と顔が笑みを作った。

「お前にはもう、背負えねーよ。
貴族としての誇りに、男爵家初の騎士団長、陛下から恐らく密命でも受けてるんだろ?
これ以上は無理だ。」

公式には大した用件も無いのに王宮に呼ばれ、その後ぐちゃぐちゃに抱かれた。まあ、なにか碌でも無いお願いなのか命令なのかを陛下からされたのだろうと容易に想像が付いた。
アルフレートはぐっと返答に詰まった。

「俺はこの通りぴんしゃんしてるし、子どもも大丈夫。俺が世界で一番愛してやるから。」
「嫌だ。嫌に決まってるだろ。あんたが居ないなら意味が無いだろ。それなら俺は全部捨てる。」

アルフレートの金色の瞳からはボロボロと涙があふれた。

「捨てられるんなら、とっくに捨ててんだろ?
最初に俺を抱いたのは団長の人事が内定した直後だ。
その後だって、お前の手のひらに捨てられない物が増える度に俺のとこに来てたのに気付いてないとでも思ってんのか?」

アルフレートは暴力的に引き寄せていた手を離すと、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめた。
まるで駄々をこねる子どもだな、と苦笑が漏れる。をあやす様にアルフレートの背中に手を伸ばしそっとさすった。

「あんたのそれは、赦しなのか?それとも諦めなのか?」

アルフレートに問われた。

「俺にもわかんねーよ。」

それが分かったら俺もこんなに頭の中も心もぐちゃぐちゃにならねーよ。
それから、アルフレートは目を伏せてそっと懇願した。

「子ども、一目で良いから合わせてくれますか?」

抱きしめたまま、耳元でアルフレートは言った。

「……分かった。」

アルフレートの腕から抜け出すと、寝室で静かに寝息を立てている、少女の元へと案内した。
心臓はずっと、ドクドクと破裂しそうな音を立てていた。

アルフレートは寝室に入ると子どもの元へ駆け寄った。
俺は部屋のドアに背を預けながら、その様子を見つめていた。

「かわいい。かわいいね。」

アルフレートはしゃがみこみ、そっと少女の髪の毛を撫でると涙を流した。

「ありがとう。俺の子を生んでくれて、育ててくれて。」

その涙はきれいで、表情にも一点の曇りも無くなった。
振り向いてふわりとアルフレートは微笑んだ。
まるで天使の様な笑みだった。

アルフレートは我が子の額にそっとキスを落とすと、こちらに向かって歩を進めた。
俺の目の前まで進むとそっと跪き、手を取った。

その姿は騎士が王の前で忠誠を誓う時のそれに似ており、慌てて手を払おうとしたが、その瞬間思いの外強い力で手を握られてしまい叶わなかった。

「グレンの人生を背負わせてください。」
「それは」

否定しなければいけない。これ以上彼に重荷を背負わせてはいけない。
俺が、その言葉を言うために口を開こうとすると、それにかぶせるようにアルフレートは続けた。

「そのかわり貴方の人生を俺に下さい。」
「何を……。」

何を言っているんだ。俺の人生が欲しいだなんて、こいつは何を言っている。

アルフレートはグレンに縋りつく様な視線で見上げた。

「俺が背負いきれないと言うのなら、俺の人生を一緒に支えてくれませんか?
きっと苦労をさせるし、貴族の軋轢にも巻き込むと思う。
だけど、俺と共に歩んで欲しい。
愛してるんです。」
「お前、馬鹿だろう。」
「はい。だからあんたが居ないと駄目なんです。」

ぶわり、瞳から我慢していた物が溢れた。

愛しているのだ。愛しているからこそ、甘んじて抱かれる事を選んだのだ。
愛している男の子どもだからこそ、生む事を選んだのだ。

「騎士団長様と平民の婚姻が許されると思うか?」
「俺が居なければ戦況を維持出来ない国だ。何とかしますよ。」

あの子の為にも。そう言ってアルフレートは笑った。
その顔は、晴々としており、覚悟に満ちていた。

「あー、クソったれ。
お貴族様の奥方なんて俺には出来ねぇからな!!」

俺はアルフレートと同じ目の高さまでしゃがみこんで、指さしながら言った。

「あんたが居てくれれば、俺はそれで充分だから。」

そっと、誓いの様なキスをが降ってきた。
ヘニャリと笑うアルフレートにああ、ちゃんとキスをするのも初めてだったなとしみじみと思った。

こいつと娘と3人で生きていくのも悪くないと思った。

それから暫く甘ったるい様な包容とキスを繰返し、我に返った時にはかなりの時間が経っていた。
スコットが替え玉として待っているのでは無かったか。慌てて、アルフレートを野営地に戻した。

一人になった後も、ほんのりと心が温かいのが分かった。
こんな幸せは初めてだった。

END
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