一から百まで

渡辺 佐倉

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静かに挨拶をして百目鬼が顧問の先生と何か話している。

駆け寄って、抱きしめてしまいたい気持ちをぐっと抑えてメッセージアプリに「おめでとう」とだけ打ち込む。

この後は表彰式まで今日中に行われるらしい。

あそこで歓声を上げているのは百目鬼の両親だろうか。

県大会の後は邪魔をしてしまった。
今回はさすがに遠慮しなければと思う。

その時、こちらを振り返る百目鬼と目があった気がした。
彼は満面の笑みで笑うと、ピースサインを俺に向ける。

俺も目立たないように作ったピースサインを百目鬼に見せる。
百目鬼は唇だけで、何かをこちらに言っている様だけれど、読唇術の心得なんかない。

何を伝えたいのか分からない。
帰りのバスの時間もそれほど余裕はない。

首をかしげると、百目鬼手で電話のジェスチャーをした。
電話するって事だろう。

頷くと立ち上がる。


丁度、バスを待っている最中に電話が入る。
表彰式はもう終わったのだろうか。

百目鬼の周りはざわついているみたいだ。
色々な声が小さく聞こえる。

「きちんと、約束を果たしたい。」

彼が唇で作った言葉は“約束”だったらしい。
俺が「分かった。」と言う。

「また後で連絡する。」

忙しいだろうに百目鬼は、そんなことを言って電話を切った。

百目鬼は約束を果たした。

もう一つの約束、再戦に向けて今から気持ちが昂ってしまう。
夜行バスに揺られながら、何度も、何度も、百目鬼の動きを頭の中で思い出した。
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