1 / 1

壱、

しおりを挟む
久しぶりに香貫山に登山したのだけれども、山頂附近の状況は一変していて荘厳な雰囲気に妖艶な煙ズ、霊廟のような建造物、黄泉の人間にしか判らないような文言の千社札のようなものが貼られているアーチ状の屋根を備えた玄関スペースの柱。ここは社務所かなんかか 。そして、展望台としての役割をおそらくは担っているのであろう岬のように突き出たエリアから鈍曇りのなか見晴らすと、遠くの街ではなくすぐ麓の街からは巨大なサグラダファミリアのようなゴシック建築が天に向かって突き刺すように伸びていてそれがまた異世界間を醸し出しているのだけれども、それを見てあそこへ行きたいー!無邪気にはしゃぐ             。社務所のような建物に向かい、柱に貼られていた千社札数枚を俺は何の躊躇いもなく勝手に剥がして封印を解き、這入るとすぐ眼前に廊下が在った。「快楽室」と書かれた部屋に這入ると其処は果たして給食室で、麓の小学校の子供たちの給食づくりに専念している給食のぉばさんたちが汗を流す。とんだ快楽事業だ。もうここまで来たのだから、後には引けない。給食のおばさんたちの物凄い熱気と気迫に圧倒されながら、何もすることがないかと思いきや、いやいやまだ時間が早過ぎると思い、売店でも見に行こうと歩いて向かう途中で、背後にひとの気配を感じ誰かがいると思ったらぬっと現れたそれは麓に住んでいると思われる老婆であった。何故かこちらが振り向くと、急に顔を覆って何処かへ行ってしまった。なんだか怖くなって、そのまま一気に社務所から飛び出した。いつもとは様子がまるで違う山頂で風音のみが虚しく吹き過ぎて行く。売店は既に終了していた。視界は開けているのだけれども、何故か、広場の片隅に朽ち果てる寸前の、山門の門戸だけが存在しており、その扉を開けると、先ほどの老婆が佇んでいて、只、只管、こちらを睨みつけている。髪は灰色のざんばらで、身なりはひどく粗末なものだった。この老婆だけでなく老婆同様、数人の何者かが俺を見張っていて他の場所からこちら睨んでいるような気がして振り返ると、何処にも誰もいなかった。無言で俺と対峙し、佇む老婆に対してなんだか気まずい空気が流れ出したので、…こ、こ、こんな山のてっぺんのこんなところに、如何してこんなものが設置されているのですか?見るからに、かなり昔から在るみたいですけど…?老婆は何も答えようとしなかった。そして、あたかもそう俺に訊ねられることは既に判っていたかのような素振り、しかし、判っていながらも、いざ、そのときが来ると緊張しだして何処かに恥じらいらしきものがあったような老婆は、顔を真ッ赤にしながら、俯いてしまった。口を利こうとしない老婆を呆れて見ていると、急に眼配せをしたかと思うと、片手で手招きして道案内をしてくれるようだった。薄暗い道を老婆の後ろからついて行く途中、片側が崖のようになっている        で少し奇妙な感懐を抱いた。それというのも、突然、見晴らしのいいエリアに出たかと思うと、すぐにその見晴らしのいい景色は消え失せてしまう。うまいこと言語化出来ないのだけれども、チカチカと             のように交互に移り変わる景色はなんとも不思議な体験だった。「…そー言えば、あのときも、                                               だったなァ…? 」そんなことをふと考えていながら歩いていたら、老婆が案内したい目的地に辿り着いた。その場所にはなにもなかった。

この世界には遺すべき価値すらないものばかりが後世に遺されるらしい…。

…まぁ、当然というか、如何もその話があまりに深遠過ぎて、俺には到底、理解出来なかった。だから、その場所で聴かされた話を、正直に言って殆んど憶えていないのだけれども、しかし、ひとつだけ、はっきりと記憶に残っている話があって、それは、こんな話であった。男は、自らが信仰する宗教の教義を信じていた。或る時、教団の教祖から呼び出され、なんでも重大な話をしたいのだという。そこで男は、言われた通り指定された場所へと赴いた。そこは小さな会議室のような部屋で、椅子と机が理路整然と並べられ置かれているだけの簡素な作りだった。其処に男が這入っていくと、既にそこには数人の信徒が椅子に座っていた。男は自らの席であろう場所に腰掛けた。すると教祖はおもむろに話し出した。「この世界には遺すべき価値すらないものばかりが永久に遺される…」まず、初めにそうことわってから話を始めたらしい。やがて男は、自分は教祖に心酔し、日々祈りを捧げてきた事を伝えた。それから、教祖は自らが主催する宗教団体の教義について改めて語り始めた。それによると、この世界は神の創造物であり、本来はこの世に存在しているものは総て必ず何かしらの意味があり、遺すべき価値のあるものしかなかった。それは楽園のような生態系の世界であったのだけれども、それを人間が掻き乱し、滅茶苦茶にしてしまったのだと。しかし、そのことに既に気づいている選ばれし人間たちがいる。それが、我々なのだと。遺すべき価値のあるものと、遺すべき価値のないものの選別が出来るの能力を有するのは我々だけである、つまり、我々の精神だけがこの世界で唯一崇高であり、その理論に則った行いを行使することが出来るのは我々の特権であると、熱く語った。そして、私には特別な力が授けられている。それはそれこそはこの世の真理を見抜くことが出来るというものであり、私が半眼で世界を見渡せば光が顕現する。それじっと見つめているだけで、私は世界の総てを把握することが出来る。なんて素晴らしい能力だろう。これほどのしあわせはないとは思わないか?そうして教祖は暫くの間一人で喋り続けた。未曾有の感染症の蔓延による人類の危機はそのトリガーなのだと。犠牲を伴い、純粋培養されている                 を解き放てば、世界は救われることだろう。その頃、その部屋の外で待機していた他の信者たちは何事か?と声をひそめて互いなにかを囁き合っていた。その中には、老婆も含まれていた。教祖の話は熱を帯びヒートアップしてゆき、それはマントラを唱えてるかのように言葉の意味は次第次第に殺ぎ落とされ、狂気を孕んでいった。そうこうしている内に、到頭、我慢の限界に達したのかトランス状態に陥った一人の信者が寄声を上げた。それに呼応するかのように他の信者達も次々に騒ぎ出すようになった。しかし、それでも、尚、教祖の話はやむことを知らなかった。逆に勢いづいていったのだった。遂に、堪忍袋の緒が切れた一人の信者が部屋に駆け込みこう叫んだらしい。お前は狂っている!と。すると教祖はゆっくりと振り返り、こう呟いた。あなたもですよ…と。こうしてその翌日、謎の集団自殺が起きた。教祖は建物の外に植えられていた松の木で首を吊った状態で発見され、その後、死亡が確認された。あの山門の一部のような門戸はその事件の名残りで、社務所のような建物は、当時はまだなくまったく関係ないらしい。また、その建物の周囲には人骨が散乱しており、事件性があるとして警察が捜査に乗り出した。しかし、身元不明で、事件は、結局、迷宮入りとなってしまった。只、ひとつだたけ確かなことは教祖と思われる男の遺体は首吊りの状態で発見されたものの、それ以外の物的証拠なようなものはなにひとつとして見つからなかったということだった。同時多発テロを阻止する為、自殺を装いながら、信者の誰かが教祖を殺めたのか?真相について老婆はなにも語らなかったが、老婆はその宗教団体の唯一の生き残りであって、そんな由縁がこの場所にあったことなど俺はまったく知らなかったので、恐怖を感じた。そして、同時に今まで信じて疑わなかったものを根底から覆されるような感覚に陥った。




















しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...