ね、寂しいよ。

ふぁーぷる

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「また明日」は不確実な約束。

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 怪猫が夜な夜な行燈の皿の油をぴちゃぴちゃと舐める。
 何で舐めるか?分かるかえ。
 昔はね、精製された油なんて無かったから動物性の脂を行燈の燃料にしてて魚の
 脂を使っていたからなんだよね。
 ね~おばば様、そんな魚臭い油なんて舐めないよ!
 今夜のお勉強終わりでイイかな。
 今夜は村の鎮守の夜祭なんだよ。
 ね、行って良いよね。
 ね、ね。

 身も入らないのに勉強しても時間の無駄じゃな。

 行っておいでくれぐれも人間に悟られない様にな!

 ありがとう!大好き!ニャ~。

 山深い谷間にある大きな屋敷の障子を開け放ち中庭に飛び出し、塀を飛び越え
 疾風の如くに走り去る。

 やれやれと残されたおばばは、ため息一つして行燈の油を舐める。
 障子に映るその影は怪猫。

 真っ暗な山野を駆けて里へと下りていく。
 里の鎮守の森を抜けると祭囃子が聴こえて来る。
 楽しそう~!
 楽しそう~!

 鎮守の祠の裏から現れたのは、黒いタートルネックに黒いレザーのベスト、黒い
 ハイソックスそしてレザーの超ミニタイトスカート、目元がキリッとしたボイッ
 シュな感じの美少女。

 るんるんルン。

 境内に向かうと露店が沢山出ている。
 子供達も沢山居て小さな浴衣の女の子が「あーミケちゃんだ!」と指を指す。
 子供達がわあーっと走り寄って来る。

 通称ミケちゃん、村の子供達のアイドルだ。

 露店を子供達に手を引かれて練り歩く内にピタッとミケちゃんが足を止めた。
 真剣な眼差しで凝視する先は金魚すくいの金魚。
 彼女の目線はもう釘付け。

 浴衣の女の子がミケちゃんのミニスカートに手を入れて尻尾を思いっ切り引っ
 張る。
 ニャ~~とミケちゃんが跳び上がる。

「駄目だよミケちゃん!金魚さんは食べちゃいけないんだよ!」

 ニャ~ここにも先生が居たニャんだな。
 分かった分かった!

 盆踊りに行こう~。
 わーいわーい。

 蒸し暑い夜。
 でも子供達は汗びっしょりに踊り楽しんだ。

「今宵の盆踊りは終わりです。」
「足元気を付けてお帰り下さい。」
 村内放送に促されて子供達も親に連れられて帰って行く。

 浴衣の女の子もミケちゃんに手をずっとずっと振りながら「また明日ね」と
 軽トラに乗せられて家路についた。

 ミケちゃんもトボトボと山奥に帰る。
 鎮守の森を抜けて漆黒の森に入る手前で〈ウーーーー〉とサイレンの音が響く。

 村内放送が聞こえる。

「松尾タカシさん、松尾優衣さんが農業用水路に落ちて病院に搬送されました!」
「病院は隣町の呪い坂病院です。」
「身内の方はお願いします。」

 村内放送も気が動転している。

 ミケちゃんはクルリと踵を返して駆け始める。

 優衣ちゃんは浴衣の女の子の名前だ!
 走りながらまたまた信じられないほど不吉な名前の病院じゃないか~と吠えなが
 ら駆ける。

 呪い坂病院の玄関前ロータリに救急車が入ってくる。

 ロータリ真ん中の大楠木の上から眼が光る。
 ミケちゃんは先に着いて救急車を待っていた。
 ギリギリギリギリ歯軋りして待っていた。

 担架が二つ病院の中に吸い込まれる。

 無事なのか優衣ちゃん!無事なのか!

 小さな病院で医療設備も揃っていない中、医師と看護師が右往左往して懸命の処
 置に当たる。
 おじいちゃんのタカシさんは頭蓋骨陥没で敢え無く亡くなる。
 優衣ちゃんは若い命で生命を懸命に繋いでいた。
 ただ、外傷は見当たらず、医師も点滴を施す位しか手は無いようだ。
 貧乏な村人に町の医療の手は後回しにされ明日朝一番でヘリが来る手配となった。
 それまで自力で持たせろという事らしい。
 理不尽な…。

 優衣ちゃんは二階の治療室で心電図の動きで生命の鼓動を見守られている。
 着替え用の籠にはあの浴衣が畳んで置いてある。

 優衣ちゃんは爺ちゃんと二人暮らし。
 見守る人も居ない。

 夜は更けて行く。

 優衣ちゃんの横には爺ちゃんが心配そうに座っている。
 亡くなっても想いは残るのだろう。

 大楠木から二階の病室の窓際の木に移動してミケちゃんも見守る。
 何もできない事に涙がポタポタ落ちる。
 余りに悲しく見ていられないのでミケちゃんはこの裏で泣き噦る。

 丑三つを少し過ぎた頃、病室の扉がスーッと開く。
 巡回の看護師は今しがた出て行ったばかり。

 そこから長い黒髪がダラリと扉の隙間から現れる。

 黄泉醜女、あの世の入り口黄泉比良坂に棲まう。
 煩悩と業の塊の鬼女。
 それが扉を開いてニンマリと優衣ちゃんを見つめる。

 今夜の鎮守の境内の夜祭は年に一度あの世の亡者が現れるのを祓う行事。
 そしてここ呪い坂病院の裏山は亡者が現れいでると言い伝えがある洞穴がある。

 扉の向こうには黄泉醜女が幾つも幾つも顔を重ねて病室の中を覗いている。

 爺ちゃんが立ち上がって扉を閉めようとする。
 霊魂に物理的な作用は出来ない。
 足掻くばかりの半透明の爺ちゃん。

 黄泉醜女は構わず、病室に入ってくる。
 若い生命の香りじゃ、美味そうな、美味そうな~。

 ダラリとした長髪の隙間から白目を剥いた優衣ちゃんを見つめる。

 ドクン、違和感がミケちゃんに届く。
 木の陰から振り向きざまに病室の窓に飛び込む。

 ニャ~下衆な怨霊め!何しに来た!
 あたいの友達に何の用だ!

「何々妖怪か」
「鬼に楯突くとはヒヒヒッヒ」

 病室の扉が勢いよくバーンと開く。
 そこに入って来たのは片手に包丁を持った鬼婆。

「折角、川に突き落としたのに何をトロトロとしているウスノロの鬼女め」

 その言動が終わらぬ内にキーーーンと共振音が響き渡る。
 病室の空気がガラリと変わる。
 発しているのはミケちゃん。

「何だとーーーーーー」
 ギロンと眼光を向けられた黄泉醜女《よみしこめ》は眼光を受けた側が引きつり顔面神経つのように引きつる。
 亡者となっても真の恐怖は感じるようだ。
 5体の黄泉醜女は我先にと這うように逃げ出す。
 バケモノ、バケモノ~と。
 遅い、ミケちゃんが駆け抜ける。
 5体ともバラバラに引き裂かれている。

 鬼婆が叫ぶ。
「何故にこんなバケモノがここに居るのじゃ」
 叫びながら逃げ出すが、ミケちゃんの猫爪で一瞬で身体真っ二つに裂かれる。

 猫、百年の齢であるものは猫又となり、飼い主の無念の怨念を媒介に怪猫と化す。
 変幻の妖怪。
 怪猫は日本の妖怪。
 実はミケちゃんは別の類、猫の姿は愛する主人の想い出の形。
 実体は遠く遠く悠久の果てより生き長らえる神をも切り裂く魔神。
 そのルーツは別でお話しましょう。

 亡者どもの企みは消えた。

 優衣ちゃんの生命もさっき消えた。

 ミケちゃんはまた大事な愛する存在を失った。
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