だるま

ふぁーぷる

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目まぐるしく変わる心模様。ほんとの気持ちに辿り着けるか。

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【LINEの地獄】

 ――チッ。
 まただ。スマホの画面に、私を切り刻むような文字列。

『夏美があつ森で集まろうって言ったのに来ないんだもんね』
『信じられない~』
『呼んでないのにダルマは来るし』
『ないない、ダルマはない!』

 ……完全に名指し。
「ダルマ」って、私の隠語。みんな知ってるくせに。

 悔しい。歯痒い。
 でも指は震えて、何も書けない。
 ただスマホを凝視するだけで、頭の奥で――
 カリカリカリ。黒板をひっかく爪音が鳴り続ける。

 視線を感じ、顔を上げた。
 電車のボックス席。窓際にミスドの紙袋。向かいにラクロスの道具袋。
 通路に立つのは……革靴。スラックス。

 オヤジ? ウザッ。
 でも――声が落ちてきた。

「ソコ ノ オナゴ――ナニヲ シテイル」

 背筋が氷で満たされる。

 顔を上げると、そこに座っていたのは“ダルマ親父”。
 真紅の隈取を刻んだような無表情。
 目は丸く見開き、口は笑ってもいないのに笑っている。

「テ モ アシ モ デナイ トナ。ナラバ フヨウ ダロウ」

 カッカッカッカツ。木魚のような響き。
 その瞬間、スマホが手から滑り落ちた。
 腕も足も――動かない。



【病院の闇】

 ――原因不明の難病。

 無機質な白い天井。
 消毒液の匂いが染みついた病棟。
 夜になるとナースステーションの蛍光灯がぼんやり滲み、
 遠くから車椅子のタイヤが床を軋ませる音が近づいては遠のく。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
 中学生になった妹が、泣きそうな笑顔を貼りつけて見舞いに来る。
「ご飯、食べられた?」と母が背中をさすり、
「俺が肩を持つからな」と弟はぶっきらぼうに呟いて帰る。
 父は無言で椅子に腰を下ろし、新聞を広げるだけ。

 みんなが私のために時間を削り、生活を変えていく。
 それが痛いほどわかるのに、私はただの“転がるダルマ”。

 一年。二年。……十五年。



【婆ちゃんのお通夜】

 その夏。
 毎日欠かさず通っていた婆ちゃんが、突然来なくなった。
 炎天下のお見舞いの帰り、熱中症で、そのまま逝った。

 お通夜の夜。
 白い蛍光灯の明かりが、じんじん滲んでいる。
 線香の匂いが消毒液と混ざり、むせ返るほど重い。

 喪服の影が行き交う。
 黒い布、白い襟、腰を折る影。
 声が混ざり合い、押し寄せてくる。

「いいお婆ちゃんだったねえ」
「夏でも毎日、病院に通ってさ……」
「孫のために……無理をして……」

 違う、違う!
 私のせいじゃない。叫びたいのに、喉が潰れたカラスみたいにかすれるだけ。

 障子の向こうに仏壇の蝋燭が揺れている。
 煙が立ち昇り、涙に滲んだ視界の中で、婆ちゃんの笑顔が一瞬浮かんだ。

「……ごめん……ごめんね……」

 声にならない声を絞ったその時――
 線香の煙がすっと裂ける。

 革靴。スラックス。
 黒い影が立っていた。

「ソコ ノ オナゴ――ナニヲ シテイル」

 ダルマ親父の声。
 誰にも気づかれず、私だけに届く低音。

 その瞬間、世界が静止した。
 蝋燭の炎さえ凍りつくように。


【這いずる贖罪】

 私はベッドから転げ落ちた。
 血をにじませながら床を這う。
 ドアを頭で押し開け、廊下をずるずる進む。
 自動ドアが開き、夜の外気が吹き込む。
 コンクリートの道に、腕も足もなく這いつくばる私の身体。

 ――謝りたい。婆ちゃんに。

 その願いだけで、皮膚が裂けても進む。
 涙が頬を焼き、呼吸が喉を裂く。

 その視界に――革靴。

「テ モ アシ ヲ セツボウ スル ココロ 二ハ ヒツヨウ」
「カンシャ ノ ココロ 二ハ――ヒツヨウゾナ」

 木魚の音。カッカッカッカツ。
 狂ったように点滅するナースコールの赤い光。
 その中で、ダルマ親父は影と光をまとい、私の前に立っていた。



【終幕 七転び八起き】

 次の瞬間――私は電車の中にいた。

 スマホを拾い、ミスドの袋を膝に置き直し、ラクロスの道具を網棚へ。
 LINE通話を繋ぎ、一人一人に告げる。

「言いたいことがあるなら、直接言え」

 そう告げ、グループを退会した。

 耳に響く。

「ジンセイ――ナナコロビ ヤオキ」
「カンシャ アレバ ヨキ ジンセイ ナリヤ~」

 カッカッカッカツ……「よ~」……カッ。

 消毒液の匂いと、電車の揺れ。
 現か夢か、境界はもう曖昧だった。

 ただ一つ確かなのは――
 “ダルマ親父”は怪異であり、同時に私を救ったダークヒーロー。

 私はもう、転がるだけのダルマじゃない。
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