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第一章
焦燥
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エルヴィスに抱えられて屋敷に戻ると、玄関ホールでイザークが放心状態で待っていた。
俺に気づくや否や、猛然と立ち上がって駆け寄ってきた。
「殿下ああああ!」
「ただいま、イザーク」
「ただいま、じゃないですよ! どこほっつき歩いていたんですか!」
軽く抱きついてきたイザークの頭を撫でていると、頭上から小さなうなり声が聞こえた。
深々と眉間にしわを寄せ、目をすがめたエルヴィスが俺たちを見下ろしていた。
「イザーク、いつまでライアンを殿下と呼ぶつもりだ。この子はもう陛下だぞ」
「お黙りください。何百年経とうと、私にとって殿下は殿下なのです!」
「・・・・・・別にかまわんが、一つ忘れているぞ」
不意に肩を抱き寄せられたかと思うと、エルヴィスは俺の顎を指先で持ち上げた。
「エルヴィス、何すーーん!?」
驚く俺をよそに、舌先で舐め上げるように俺の唇をはむ。
赤面する俺を眺めながら、惜しむようにゆっくりと唇を離した。
「ーーライアンは王である前に、私の妻。その妻に軽々しく抱きつかないで欲しいものだな」
「ちょっと! 私の殿下に何するんですか! けだもの!」
「私の殿下、だと・・・・・・?」
鼻先がくっつきそうなほど至近距離でにらみ合う二人。
俺はお腹を撫でながら、さて部屋に戻ろうかときびすを返した。
だが、あわただしい足音が外から聞こえてきて、出入り口を振り返る。
それとほぼ同時に、屋敷の扉が大きく開き、デズモンドとカトリーヌが駆け込んできた。
顔色が悪く、少し息が上がっている。
二人は羽織っていた日除けのマントを脱ぎ捨てると、主であるエルヴィスの側に片膝を付いた。
「エルヴィス様、ただいま戻りました」
デズモンドが、ややかすれた声を発する。
疲弊した二人を見下ろし、エルヴィスは眉根を寄せた。
「大丈夫か、二人とも」
「ご心配には及びません。仰せの通り、昨晩戦闘があった場所の偵察をして参りました」
デズモンドはそう言うが、カトリーヌは床を見つめたまま、震えていた。
「カトリーヌ? 大丈夫か?」
「も、申し訳ありません、陛下」
「何かあったのか?」
普段冷静な印象が強いぶん、ここまで感情を露わにしている姿は珍しい。
ひとまず彼女を落ち着かせようと背中を撫でてやると、デズモンドが表情を曇らせた。
「・・・・・・昨晩の戦闘で、カトリーヌが初めて眷属にした者が殺されたのです」
ヴァンパイアは血を分けることで、眷属と絆を結ぶ。
自分の分身であり、可愛い我が子のような存在。何にも代え難い、一番の理解者だ。
その眷属が死ぬだけでも大変な悲しみだというのに、ましてや第一の眷属が殺されたとなれば、彼女の苦しみは俺では計れない程大きな物だろう。
俺が彼女の立場なら、イザークを失うと同じ事。
唯一の眷属であるイザークを失ったとき、俺はきっと怒りに支配されてしまうにちがいない。
「ーーデズモンド、彼女を休ませてやってくれ。地上での報告は、またあとで聞くから」
「仰せの通りに、陛下」
カトリーヌを連れて去っていくデズモンドを見送ると、俺はエルヴィスの顔を仰ぎ見た。
何か言おうと口を開くが、俺から発せられたのはうめき声だけだった。
毎日、仲間が大勢殺される。
中には見知った顔の者もいた。
彼らを守ると誓ったのに、俺は安全な場所で一人過ごすだけ。
子供のためにも、それが最善策だというのは分かってはいるが、俺の胸には漠然とした無力感が溜まりつつあった。
同時に、先の見えない不安感が体内をねっとり這い回る。
このまま戦い続けたら、一体俺たちはどうなるのだろう。
誰が生き残ってーー誰が死ぬのだろう。
俺が王として配下たちにしてやれることは、他にもないのだろうか。
俺にもっと力があればーー。
「ライアン」
自分を追い込むように自問自答を繰り返していると、エルヴィスが俺の手に触れた。
知らない間に拳を強く握りしめていたようで、掌には血がにじんでいた。
「全くお前は・・・・・・」
俺の手を握ったまま、エルヴィスは掌の傷に唇を寄せ、真っ赤な舌で血を舐めとった。
節目がちに掌を見下ろす彼が妙に艶っぽくて、俺は息を呑んだ。
「エルヴィーー」
「一人で何を考え込んでいたのか知らないが、お前が心配する事は何もない」
「え・・・・・・」
「大丈夫だから」
俺の心へ刷り込むように、エルヴィスは「大丈夫」と繰り返した。
愛しい人の声は、いつも安堵となって胸にしみこんでくる。
自分でも抑えようのなかった不安が、体の外へ押し出されて消えていくようだった。
エルヴィスの手を握り返して微笑すると、完全に蚊帳の外だったイザークが、ふくれっ面でそっぽを向いた。
「はいはい、私の存在をお忘れになるほどお熱いご様子なので、私は自室に戻りますね!」
俺が止めるまもなく、イザークは足音荒く遠ざかっていく。眷属にのばしかけていた手をゆっくり下ろすと同時に、エルヴィスが「さて」と声を発した。
「私はデズモンドに話を聞いてくるとするか。お前は部屋に戻るといい」
「・・・・・・いや、少し下に行ってくるよ」
「また研究か?」
「うん。少しでも早く完成させたいから」
「あまり根を詰めすぎるなよ」
「そうするよ」
夫の頬に軽く口付けすると、俺はお腹の子に気を使いながら、屋敷の地下へ向かった。
俺に気づくや否や、猛然と立ち上がって駆け寄ってきた。
「殿下ああああ!」
「ただいま、イザーク」
「ただいま、じゃないですよ! どこほっつき歩いていたんですか!」
軽く抱きついてきたイザークの頭を撫でていると、頭上から小さなうなり声が聞こえた。
深々と眉間にしわを寄せ、目をすがめたエルヴィスが俺たちを見下ろしていた。
「イザーク、いつまでライアンを殿下と呼ぶつもりだ。この子はもう陛下だぞ」
「お黙りください。何百年経とうと、私にとって殿下は殿下なのです!」
「・・・・・・別にかまわんが、一つ忘れているぞ」
不意に肩を抱き寄せられたかと思うと、エルヴィスは俺の顎を指先で持ち上げた。
「エルヴィス、何すーーん!?」
驚く俺をよそに、舌先で舐め上げるように俺の唇をはむ。
赤面する俺を眺めながら、惜しむようにゆっくりと唇を離した。
「ーーライアンは王である前に、私の妻。その妻に軽々しく抱きつかないで欲しいものだな」
「ちょっと! 私の殿下に何するんですか! けだもの!」
「私の殿下、だと・・・・・・?」
鼻先がくっつきそうなほど至近距離でにらみ合う二人。
俺はお腹を撫でながら、さて部屋に戻ろうかときびすを返した。
だが、あわただしい足音が外から聞こえてきて、出入り口を振り返る。
それとほぼ同時に、屋敷の扉が大きく開き、デズモンドとカトリーヌが駆け込んできた。
顔色が悪く、少し息が上がっている。
二人は羽織っていた日除けのマントを脱ぎ捨てると、主であるエルヴィスの側に片膝を付いた。
「エルヴィス様、ただいま戻りました」
デズモンドが、ややかすれた声を発する。
疲弊した二人を見下ろし、エルヴィスは眉根を寄せた。
「大丈夫か、二人とも」
「ご心配には及びません。仰せの通り、昨晩戦闘があった場所の偵察をして参りました」
デズモンドはそう言うが、カトリーヌは床を見つめたまま、震えていた。
「カトリーヌ? 大丈夫か?」
「も、申し訳ありません、陛下」
「何かあったのか?」
普段冷静な印象が強いぶん、ここまで感情を露わにしている姿は珍しい。
ひとまず彼女を落ち着かせようと背中を撫でてやると、デズモンドが表情を曇らせた。
「・・・・・・昨晩の戦闘で、カトリーヌが初めて眷属にした者が殺されたのです」
ヴァンパイアは血を分けることで、眷属と絆を結ぶ。
自分の分身であり、可愛い我が子のような存在。何にも代え難い、一番の理解者だ。
その眷属が死ぬだけでも大変な悲しみだというのに、ましてや第一の眷属が殺されたとなれば、彼女の苦しみは俺では計れない程大きな物だろう。
俺が彼女の立場なら、イザークを失うと同じ事。
唯一の眷属であるイザークを失ったとき、俺はきっと怒りに支配されてしまうにちがいない。
「ーーデズモンド、彼女を休ませてやってくれ。地上での報告は、またあとで聞くから」
「仰せの通りに、陛下」
カトリーヌを連れて去っていくデズモンドを見送ると、俺はエルヴィスの顔を仰ぎ見た。
何か言おうと口を開くが、俺から発せられたのはうめき声だけだった。
毎日、仲間が大勢殺される。
中には見知った顔の者もいた。
彼らを守ると誓ったのに、俺は安全な場所で一人過ごすだけ。
子供のためにも、それが最善策だというのは分かってはいるが、俺の胸には漠然とした無力感が溜まりつつあった。
同時に、先の見えない不安感が体内をねっとり這い回る。
このまま戦い続けたら、一体俺たちはどうなるのだろう。
誰が生き残ってーー誰が死ぬのだろう。
俺が王として配下たちにしてやれることは、他にもないのだろうか。
俺にもっと力があればーー。
「ライアン」
自分を追い込むように自問自答を繰り返していると、エルヴィスが俺の手に触れた。
知らない間に拳を強く握りしめていたようで、掌には血がにじんでいた。
「全くお前は・・・・・・」
俺の手を握ったまま、エルヴィスは掌の傷に唇を寄せ、真っ赤な舌で血を舐めとった。
節目がちに掌を見下ろす彼が妙に艶っぽくて、俺は息を呑んだ。
「エルヴィーー」
「一人で何を考え込んでいたのか知らないが、お前が心配する事は何もない」
「え・・・・・・」
「大丈夫だから」
俺の心へ刷り込むように、エルヴィスは「大丈夫」と繰り返した。
愛しい人の声は、いつも安堵となって胸にしみこんでくる。
自分でも抑えようのなかった不安が、体の外へ押し出されて消えていくようだった。
エルヴィスの手を握り返して微笑すると、完全に蚊帳の外だったイザークが、ふくれっ面でそっぽを向いた。
「はいはい、私の存在をお忘れになるほどお熱いご様子なので、私は自室に戻りますね!」
俺が止めるまもなく、イザークは足音荒く遠ざかっていく。眷属にのばしかけていた手をゆっくり下ろすと同時に、エルヴィスが「さて」と声を発した。
「私はデズモンドに話を聞いてくるとするか。お前は部屋に戻るといい」
「・・・・・・いや、少し下に行ってくるよ」
「また研究か?」
「うん。少しでも早く完成させたいから」
「あまり根を詰めすぎるなよ」
「そうするよ」
夫の頬に軽く口付けすると、俺はお腹の子に気を使いながら、屋敷の地下へ向かった。
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