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1章 旅立ちと始まり

1-02 旅のお供が欲しいのだが

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―――ぱちぱちと焚火の火を見つつ、周囲の警戒を怠らない。

 眠気はそろそろ来ているが、まだまだ人気のありそうな場所には辿り着けておらず、油断できない。


「というか、僕らのいたところってどれだけの魔境だったの爺ちゃん。魔障の森を抜けても、その周辺って荒れまくっているし、魔物が多いんだけど」

 厳しい状況にちょっと心細くはなるが、幸いこの周辺の相手であれば、まだ何とか対応できる。

 魔障の森に住まう凶悪な奴らと比べると、外に出るだけでかなり弱い奴らが多い。



 だがしかし、対応できるのとその精神的な不安さを考えると、何とも言えない。

 ひ弱そうな少年という見た目のせいなのか、都合の良い肉としか見られていないのか大量に襲いかかってくるのは子供心に結構来るものがある。というか、群れで一気に来られると結構怖い。

 まぁ、幸いというか魔障の森で万が一が無いように爺ちゃんから護身術を少々学んでいたので乗り切れたが、それでもやはり、頼れる人がいない状況で襲われるというのは怖いものがある。


「うう、できればあと一人か二人ほど、仲間が欲しいよぅ」

 寝ている時こそ一番無防備であり、できれば交代しながら寝たいが、そう都合の良い相手はいない。

 家にいた時のように、寝る時は罠を仕掛けて安全にしたいところではあるが、爺ちゃんほど素早く対応できるわけでもないので、やれないのだ。

 そのため早く他の人に出会って、どうにかして旅路を共にできないかと思っていた…‥‥その時だった。


ガサガサ
「ん?」

 がさりと、一瞬茂みの奥の方が揺れたことに気が付き、僕は警戒する。

 何かが忍び寄ってきているのかと思ったが、どうも揺れ動いただけだ。

 とは言え、何かが触ったかのような感じであり、警戒を引き上げる。

「もしかして、夜襲をかけようとしているやつかな…?」

 真夜中でもずるがしこい輩はいるもので、寝ている時を狙ってやってくるやつはいるのだ。

 爺ちゃんといた時は、家の周囲に起きるほどの音を出す罠を仕掛けてから寝ており、なった瞬間に爺ちゃんが飛び出してアッパーをかます光景をよく見たものである。

 
 在りし日のそんな出来事を思い出しつつも、警戒を引き上げる。

 相手が仕掛けてくるのであれば、こっちから先に襲撃をかけ、何処かへ追っ払うか明日の朝食になってもらうか考えながら見てみれば‥‥‥


「‥‥‥うわ、すっごい血の香りと…‥‥大怪我をした魔物?」

 風が吹き、月明かりに照らされてその光景が目に入った。

 周囲にはかなりの血だまりが出来ている中、その発生源となったらしい大きな魔物。

 獣のような魔物ならばいくつも見たことがあるけど、この魔物はどちらかと言えば虫っぽい。どう考えてもこのサイズの虫は普通いないというか、巨大な蜘蛛のようだ。



【‥‥‥】

 目をこちらに向けつつも、かすかに呼吸しているように動く程度で、ほぼ虫の息の状態。

 この様子ならば、放置していてもそう長くは持たなさそうであり、襲われる可能性は無さそうだ。


「でも待てよ?こんな大きな魔物が、そもそも何でここに血だらけで…‥‥うわ、嫌な可能性が出てきたかも」

 見たところ弱い魔物でもなく、明かに結構強そうな大きな蜘蛛の魔物。

 それなのに、ここまで瀕死の状態になっているという事は、この状態にさせるだけの強さを持ったやばい奴がいるという証拠にならないだろうか?


 そう考えると、周囲にとんでもない魔物が潜んでいることになる。

「どう考えても、すっごいロクでもないことになることぐらい、わかるんだけど。え、本気で眠れない夜になるよね?」

 周囲をぐるっと見渡して確認するが、姿は見えないし気配もない。

 この近くにいないのか、はたまたはしっかりと気配を完全に隠しているだけなのか。




 爺ちゃんが亡き今、そんな魔物に対抗できる手段は僕には無い。

「本当にどうしたらいいんだよこの状況!!」
【‥‥‥シュルルルゥ】

 本気で悩んでいると、何か思うことがあったのか蜘蛛の魔物が鳴いた。

 巻き添えにさせるようなことに対して申し訳なく思ったのか、はたまたは偶然鳴いただけか。

 そう言えば、強い魔物ほど結構知能も高いと聞くが、この蜘蛛の魔物も例外ではなく状況を把握し、同情してくれているのだろうか。


「そう思っても、何の慰めにもならないし、一人だけの状況じゃどうにも…待てよ?」

 ふと思いつき、手持ちの荷物を探ると、中にはいくつかの旅路に使う予定の道具があったが、その中には薬もあった。

 薬に関しては爺ちゃんが薬草学を教えてくれていくつか作らせてもらったことがあったが、これは確かまだ僕が作ったことの無い上級回復薬とか言う代物。旅路に出るのを見越して、万が一に備えて用意していたのかもしれないが、今はこれが使えるかもしれない。


「ねぇ、そこの蜘蛛の魔物さん。僕の言葉が理解できるなら、取引しないか?」
【…シュル?】
「と言っても、大怪我を負わされている時点で、どうにかなるのかも分からないけど、もしも君を瀕死に追い込んだ魔物が来たら、どっちみち助からない可能性がある。でも、万に一つでも可能性があるのならばそれを手繰り寄せたいんだ」


 そう言いながら僕はその薬を取り出し、目の前の大きな蜘蛛の魔物に見せる。

「この薬、流れ出た血までは回復できないけど、ある程度の治療にはなる。だからこそ、これを使って治療するから、蜘蛛の魔物さん、あなたを襲った魔物が出てきたら一緒に戦ってほしいんだ」
【シュル!?】

 言葉が伝わり、意味を理解したのか驚くような声を出す蜘蛛の魔物。

 瀕死の重傷ではあるが、それでもまだ会話は可能のようではある。


「ああ、君を瀕死に追い込んでいる時点で、仮に治療して復活してもその魔物を倒せる可能性は限りなく0に近いだろう。けれども、それはあくまでも一匹で挑んだ時だけだ。こう見えても、僕は亡くなった爺ちゃんから罠の仕掛け方を習っていて、それを合わせれば少しでも勝利出来る可能性はあるだろう」


 嘘ではない。森での生活の中で、獲物を狩る方法として罠の仕掛け方を習ったことはある。

 けれども、その知識だけでやるとしても、相手が強すぎたら意味をなさないだろう。


「ああ、これで治療してすぐに逃げるって手もあるかも。でも、逃げたところで強い魔物と再び遭遇して、今度こそやられる可能性はある。だったら今ここで、僕と手を組んで少しでも倒せる可能性に欠けたほうが良いと思うけど‥‥‥どうかな?」
【シュルルル…‥‥シュル】

 少し悩んだそぶりを見せ、すぐに目を蜘蛛の魔物は向けて来た。

 どんな表情なのか蜘蛛ゆえに分かりにくいが、その目の感じからして決めたのだろう。


「それじゃ、治療を受け、僕と共同戦線を組むことに賛成するってことだね?」
【シュル】

 確認すると、こくりと頷く蜘蛛の魔物。

 どうやら今、無事に取引が出来たようで、直ぐに僕は回復薬を用いて蜘蛛の魔物の治療を行う。

 ああ、でも仮に魔物を討伐できても、その後に僕がこの蜘蛛の魔物に喰われる可能性もあるんだよなぁ‥‥‥うん、まぁその時はその時で、今は狙われているかもしれない状況からすぐにでも抜けなければいけない。

 そう思いつつ、治療を急ぐのであった‥‥‥


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