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1章 旅立ちと始まり

1-18 やり過ごせたのは良い事でも

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‥‥‥爺ちゃんが剛腕の老子と呼ばれる冒険者だったことには驚かされたが、とりあえず今回の目的としての報告は無事に終わった。
 
 一応すぐに表に出すわけではなく、きちんと公表をして周知させていくらしいが、それでもハクロが危険ではないという認識は持ってくれたようである。

「まぁ、一番不味いのは制御できないような力任せの化け物が産まれる事だけど、この子は賢い分しっかり色々と理解して動ける魔物のようだからのぅ。前者と後者を比べるなら、圧倒的に後者の方が国として管理が楽なのもあるゆえに、厳しい措置を取る必要もないと考えたのじゃろう」
「なるほど。確かに、ハクロは賢いもんね」
【シュル♪】
「だったらさ、なぜ危険じゃないと認定してもらって早々、わたしがこうもぐるぐる巻きにされているのかなぁ?」

 謁見室から出て、再びエルモスタウンへ戻るためにギルドの移動用の魔法陣がある部屋へ向かいつつ喋っている中、ぶらーんぶらーんとミノムシのように捕縛された状態のギルド長ゴラムリアがそう口にする。

【シュル、シュルルル】
『副ギルド長さん言ってたこと、実行しただけ』
「そう言えば、『帰る時にはしっかり厳重に縛り上げて持ち帰ってきてください』って言ってたな」

 文字を空中に描き、そう伝えるハクロ。
 
 どうやら忘れずにいたようで、用事が済んですぐに縛り上げておこうと思っていたようだ。

「で、でもさぁギルドへのお土産の饅頭とかはまだ買ってないよねぇ?せっかくだから王都名物の多種多様なお土産用饅頭を選びたいから、ほどいて欲しいなぁ」
「あ、それは大丈夫じゃよ。ギルド間の親交を深める経費で送っておくからのぅ。ほれ、ジークとやらこれを副ギルド長へ渡してくれ。これだけで、直ぐに理解してくれるはずじゃしなぁ」
「先に動いて逃げ道を潰すなバルゾーンの爺さん!!」
「ほっほっほ。お主の行動パターンなんぞ当の前に読めているからのぅ」

 じたばたと逃れようと動きつつ叫ぶギルド長ゴラムリアに対し、軽快に笑ってそう告げる王都のギルド長バルゾーン

 どうやら一枚上手の人だったようで、既に適した手を打っていたようであった。








「‥‥‥ふぅ、無事に終わったのは良いのだが、そろそろ開放してくれないか妃よ」
「あらあら。まだだめですわぁ」

‥‥‥謁見も終わり、護衛の騎士たちも去っていた全力逃走した謁見室では、国王陛下と王妃が残っていた。

 国王を優しく背後から抱きしめつつも、離す気のないような力の強さに国王は立つことができない。

 なお、呪いなどによる効果ではなく、素で成人男性を椅子から立てないほど抱きしめているだけである。


「あなた、確かに途中でうっかりのセクハラやあの子の美しさから口説くようなことはしなかったのは良かったことですわねぇ」
「そうだろそうだろ、やったら確実に葬り去られると分かっているのならば、やるはずもない。それなのになぜ、このままでいさせるのだ」
「当り前よ。だってあの子が去り際にお辞儀をした後、姿勢を正した瞬間に揺れた胸に目を向けてしまったものねぇ」
ギリィギリィ…‥‥
「ぐえぇぇ‥‥‥し、仕方がないだろう…‥‥じ、事故なのだ」

 苦しい言い訳のようだが、事実なのでどうしようもない。

 とにかく今は、話題を変えなければこのまま意識を落され、ベッドへ直行し明日には灰になるだろう。

 必死にどうにかできないかと考え、言葉を慎重に選んで発する。

「そ、それにしても、彼女の主である少年‥‥‥まさか、あの剛腕の老子の孫とはな」
「そうねぇ。良いわねぇ孫‥‥‥ああ、私達の子供はまだ結婚もしていないから、見れないのが惜しいわねぇ」
「そうだ。そして事前の報告などでもあったが‥‥‥拾い子のようだ。それなのに、国を滅ぼせるような魔物を従わせる子供に育て上げるとは流石老子と言ったところか」
「ええ、そうですわね。わたくしも耳にしたことはありましたけれど、何となく納得できてしまいましたわね」

 老子の話題に切り替えたことで少し緩んだようだ。

 無理にあの国滅ぼしの美しい魔物を話すよりも、その主となった彼の方に話題を向けたほうが気をそらせるようである。

「でも、拾い子というのが気になりましたわね。知り合いの方で、確か生まれたばかりの子が攫われる事件が昔ありましたけれども‥‥‥」
「うむ。該当する子かもしれぬが、そこまでの情報を流すのは少し時期早々かもしれぬな」

…‥‥国王夫妻は知っている。昔、別の国にいた知り合いの中で、産まれたばかりの赤子が怪鳥に連れ去られてしまったという事件を。

 話を聞く限り、その子供があのジークという少年の可能性が大きいのだが…‥‥その情報を攫われたと言っている親へ知らせるのは危険かもしれないと思えたのだ。

「彼の手を見るとアレが無かったので確定ではないかもしれぬが、老子は多種多様な術にも長けていたと聞く。隠蔽することぐらいは造作なく、施している可能性もある」
「けれども、もしも彼がそうだとしたら‥‥‥かの国の中でも過激な方々が全力で暗殺を目論みかねないですわ。そうではないと思う人もいるようですけれども、それでも危険ですわ」
「ああ、国滅ぼしの出来る魔物を従えている時点で、そもそも手を出すような輩が出るとは言えないが‥‥‥過激な奴らは、後先を考えずにやらかす可能性がある。ある程度の情報統制は必要だろうな」


 国を統べる者として、守るために努力を惜しむことはない。

 その上、一応はこの国のギルドで登録された冒険者であれば、この国の民として見るようにしており、だからこそ民を守るために上に立つ者として動かなければならないだろう。

「‥‥‥魔王、そう呼べる子が産まれ、攫われた事件。そもそもその事件自体が事故なのか人為的なものなのかは不明だが、しっかり見極めねば他国へ飛んだとばっちりが広がるからなぁ‥‥‥」

 ある程度の情報を広める必要があるとは言え、余計な情報までは掴ませないようにするしかない。

 ならば自由にしなければよかったかもしれないが、国を滅ぼせるような魔物を従えている時点で拘束などは下策だと分かっているのだ。

 色々と頭の痛くなるようなことになりつつあると実感しつつも、今はただ、国王としては国を守るために最善の手を常に模索するしかないのであった…‥‥


「さて、妃よ。だからそろそろ開放してくれぬか?仕事があるからな」
「それもそうですわね。なら、離してあげますわ」
「ああ、ありがたい。折角だ、仕事を終えた後はゆったりとディナーでも‥‥‥」
「その前に、一つ良いかしら?‥‥‥金庫の壁の中に仕込んでいた、仕掛け金庫の中身。これについて、弁明できるかしら?」
「‥‥‥はい?」

‥‥‥いつの間に、いや、そもそもどこでそれを知り、そして現物をここに出せているのか国王は理解できなかった。

 ただ一つ言えるとすれば、もしや今日の謁見時に来ていたのはハクロという魔物が自分を誘惑しないか不安になったとかいう理由ではなく、最初からこの件に関して追求するためだったのか…‥‥






 そして数日後、王城の方から国中へ向けて、とある魔物を発見したという報告がなされた。

 一応、安全も確認されており、無事に従魔として仕えることになっているから、むやみに手を出すようなことをしなければ良し。やらかす気なら国が動くという脅しもかけたものである。

 ついでに言うのであれば、本来国王が民の前に出ていう事もあったのだが、何故かその日に限って、王妃だけが自ら出て宣言しており、国民は「またいつものことか」と慣れた様子を見せるのであった。


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