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「死んだだろ、お前が好きなやつ」
帰宅したキヨカズはまずそう言った。
二日ぶりに見るキヨカズの顔は疲れきってて目の下には隈がある。ダイニングテーブルにポケットの中身と何やら紙袋を放って、そのままキッチンで手を洗う。シャワーは職場で浴びたのか知らない石鹸の匂いがした。
「おかえり」
キヨカズはいつも疲れはててる。ホテルのナイトポーターは自律神経を破壊されて早死にするらしい。キヨカズはいつもそれをジョークにしてて、キヨカズを愛してる僕は悲しくなる。
ヘンリー、僕はキヨカズを愛してるんだ。店長とヤってるし、あなたに魂ごと焦がれてるけど。キヨカズを愛してる。
「死んでないよ、撃たれただけ」
シンクからキヨカズがどくのを待つ。サラダは冷蔵庫にあってチキンは焼くだけになってる。安ビールもストックしてある。
「そうだっけ。電車でニュースみてなんか撃たれたって言ってたから。勝手に死んだと思ってた」
「ファンに撃たれたんだって。まだあんまり情報がないんだ」
「冷静じゃん。泣いてるかと思った」
「まさか」
だってヘンリー、あなたは僕と共にいる。
「泣かないよ。ねぇその袋なに?」
ダイニングテーブルの上の紙袋を指さす。貰い物。キヨカズは答えて、それで僕は理解する。盗品かチップ。僕たちの隠語。
「開けるね」
袋から出てきたのは高そうなお菓子で、僕は少し落胆する。換金できるやつが良かった。お菓子は好きだけど。
「ホテルの部屋にあるやつ?」
「そう。女の子がくれた」
「女の子?」
「デリ嬢の子。まえ話したじゃん、チョコバーくれた子」
「血まみれの子」
「怖い言い方すんなよ」
丁寧に手を洗い終えたキヨカズは笑う。力が抜けたみたいにダイニングセットの椅子に座って、僕が眺めてる外国製のクッキーを奪う。
「今日は流血してなかった。珍しく笑ってたし、いい客だったんじゃね?」
「SMの子なの?」
「さぁ? なんでもやるんじゃねぇの、ナンバーワンらしいし」
「可愛い?」
「いや普通」
クッキーの袋を開封する。どぎついバニラの香りがする。
「普通なのにナンバーワンなの?」
「あぁいうのは顔じゃねぇんだよ」
「身体?」
「いや、マインド」
キヨカズがクッキーを食べ始める。もうすぐ夕食なのに。袋を差しだされて一つもらう。甘い。僕の勤務先には売ってない外国の味だ。
「なんでも受け入れてくれる感じがいいんだよ。なにしても怒んなくて軽蔑しない女」
「ファンタジーだね」
「だから大金稼げんだよ」
デリバリーされてくる女の子たちを、裏口から出入りさせるのもキヨカズの仕事だ。むしろそれで貰えるチップの方が普通の給料よりもおいしい。女の子から、ドライバーから、そして女の子の派遣元の誰かから。キヨカズはたくさんチップをもらう。まるでキヨカズ自身が娼婦みたいに。
「僕も結構怒んないと思うけど。キヨカズがなにしても」
「だな。お前はイカれてるもんな。だからおれといられんだよ」
僕とキヨカズはもう十年一緒にいる。気がついたらふたりとももう二十八歳だ。ヘンリー、あなたもだね。僕たちはみんな同じ年に生まれて、みんな同じように死にかけてるんだね。
「またデモがあった」
クッキーを頬張りながらキヨカズは喋る。テーブルのピッチャーからグラスに水を注いで、言葉の合間にそれを飲む。飢えて死にそうな吸血鬼みたいに。
「職場で?」
「そう。昼間に囲まれた。警察が来て水ぶっかけて追い払った。なにも壊れてないしだれも怪我してなかった。ほんとなら」
「ほんとなら?」
「せっかく警察が追い払ったのに客がキレた。俺たちに。俺は仮眠中で見てなかったけど、受付のヤツが怪我した。デモのせいで商談が延期になったって怒鳴り散らすクソ野郎をなだめようとして突き飛ばされた。運悪く大理石にアタマぶつけて流血。死んじゃいねーけど」
「ひどい」
「でもカネにはなるぞ。慰謝料と口止め料。おれも軽く突き飛ばされてくるか」
キヨカズは笑ってない。本気なのかもしれない。僕は食事の準備をはじめる。キヨカズはクッキーを食べるのをやめない。
「もう夕食だから」
批判的に聞こえないように気をつける。僕はキヨカズを否定したくない。どんなに小さいことでも。キヨカズがやりたいと思うことを止めたくない。食事の前のお菓子でも、核のスイッチを押すことでも。
「なぁ」
呼ばれて、キッチンから振り返る。キヨカズはクッキーをテーブルに放って、疲れた瞳で僕を見てる。十年間。その間にキヨカズは劣化して、そして進化した。キヨカズはあの頃の彼じゃない。
ヘンリー、キヨカズはロクデナシなんだ。あなたほどじゃないけどなかなか最低な男なんだよ。だけど僕は愛してる。だから僕は愛してるんだ。
「死ぬときは一緒だぞ」
見慣れた、それなのに知らない男の顔を見つめながら頷く。もちろん一緒だ。僕たちは魂をシェアしちゃってるから、もう永遠に道連れになるしかないんだ。
ヘンリー、僕たちはみんなもうすぐ会えるのかもしれないね。そこが天国なのか地獄なのか、それとももっと別の場所なのかは分からないけど。
帰宅したキヨカズはまずそう言った。
二日ぶりに見るキヨカズの顔は疲れきってて目の下には隈がある。ダイニングテーブルにポケットの中身と何やら紙袋を放って、そのままキッチンで手を洗う。シャワーは職場で浴びたのか知らない石鹸の匂いがした。
「おかえり」
キヨカズはいつも疲れはててる。ホテルのナイトポーターは自律神経を破壊されて早死にするらしい。キヨカズはいつもそれをジョークにしてて、キヨカズを愛してる僕は悲しくなる。
ヘンリー、僕はキヨカズを愛してるんだ。店長とヤってるし、あなたに魂ごと焦がれてるけど。キヨカズを愛してる。
「死んでないよ、撃たれただけ」
シンクからキヨカズがどくのを待つ。サラダは冷蔵庫にあってチキンは焼くだけになってる。安ビールもストックしてある。
「そうだっけ。電車でニュースみてなんか撃たれたって言ってたから。勝手に死んだと思ってた」
「ファンに撃たれたんだって。まだあんまり情報がないんだ」
「冷静じゃん。泣いてるかと思った」
「まさか」
だってヘンリー、あなたは僕と共にいる。
「泣かないよ。ねぇその袋なに?」
ダイニングテーブルの上の紙袋を指さす。貰い物。キヨカズは答えて、それで僕は理解する。盗品かチップ。僕たちの隠語。
「開けるね」
袋から出てきたのは高そうなお菓子で、僕は少し落胆する。換金できるやつが良かった。お菓子は好きだけど。
「ホテルの部屋にあるやつ?」
「そう。女の子がくれた」
「女の子?」
「デリ嬢の子。まえ話したじゃん、チョコバーくれた子」
「血まみれの子」
「怖い言い方すんなよ」
丁寧に手を洗い終えたキヨカズは笑う。力が抜けたみたいにダイニングセットの椅子に座って、僕が眺めてる外国製のクッキーを奪う。
「今日は流血してなかった。珍しく笑ってたし、いい客だったんじゃね?」
「SMの子なの?」
「さぁ? なんでもやるんじゃねぇの、ナンバーワンらしいし」
「可愛い?」
「いや普通」
クッキーの袋を開封する。どぎついバニラの香りがする。
「普通なのにナンバーワンなの?」
「あぁいうのは顔じゃねぇんだよ」
「身体?」
「いや、マインド」
キヨカズがクッキーを食べ始める。もうすぐ夕食なのに。袋を差しだされて一つもらう。甘い。僕の勤務先には売ってない外国の味だ。
「なんでも受け入れてくれる感じがいいんだよ。なにしても怒んなくて軽蔑しない女」
「ファンタジーだね」
「だから大金稼げんだよ」
デリバリーされてくる女の子たちを、裏口から出入りさせるのもキヨカズの仕事だ。むしろそれで貰えるチップの方が普通の給料よりもおいしい。女の子から、ドライバーから、そして女の子の派遣元の誰かから。キヨカズはたくさんチップをもらう。まるでキヨカズ自身が娼婦みたいに。
「僕も結構怒んないと思うけど。キヨカズがなにしても」
「だな。お前はイカれてるもんな。だからおれといられんだよ」
僕とキヨカズはもう十年一緒にいる。気がついたらふたりとももう二十八歳だ。ヘンリー、あなたもだね。僕たちはみんな同じ年に生まれて、みんな同じように死にかけてるんだね。
「またデモがあった」
クッキーを頬張りながらキヨカズは喋る。テーブルのピッチャーからグラスに水を注いで、言葉の合間にそれを飲む。飢えて死にそうな吸血鬼みたいに。
「職場で?」
「そう。昼間に囲まれた。警察が来て水ぶっかけて追い払った。なにも壊れてないしだれも怪我してなかった。ほんとなら」
「ほんとなら?」
「せっかく警察が追い払ったのに客がキレた。俺たちに。俺は仮眠中で見てなかったけど、受付のヤツが怪我した。デモのせいで商談が延期になったって怒鳴り散らすクソ野郎をなだめようとして突き飛ばされた。運悪く大理石にアタマぶつけて流血。死んじゃいねーけど」
「ひどい」
「でもカネにはなるぞ。慰謝料と口止め料。おれも軽く突き飛ばされてくるか」
キヨカズは笑ってない。本気なのかもしれない。僕は食事の準備をはじめる。キヨカズはクッキーを食べるのをやめない。
「もう夕食だから」
批判的に聞こえないように気をつける。僕はキヨカズを否定したくない。どんなに小さいことでも。キヨカズがやりたいと思うことを止めたくない。食事の前のお菓子でも、核のスイッチを押すことでも。
「なぁ」
呼ばれて、キッチンから振り返る。キヨカズはクッキーをテーブルに放って、疲れた瞳で僕を見てる。十年間。その間にキヨカズは劣化して、そして進化した。キヨカズはあの頃の彼じゃない。
ヘンリー、キヨカズはロクデナシなんだ。あなたほどじゃないけどなかなか最低な男なんだよ。だけど僕は愛してる。だから僕は愛してるんだ。
「死ぬときは一緒だぞ」
見慣れた、それなのに知らない男の顔を見つめながら頷く。もちろん一緒だ。僕たちは魂をシェアしちゃってるから、もう永遠に道連れになるしかないんだ。
ヘンリー、僕たちはみんなもうすぐ会えるのかもしれないね。そこが天国なのか地獄なのか、それとももっと別の場所なのかは分からないけど。
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