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ネネとシンデレラのお城
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ママが最初に自殺未遂をしたのは、あたしが中学生のときだった。
学校から帰るとお風呂場で水の音がして、ママが手首を切ってた。浴槽は真っ赤で、ママの顔は真っ白で、最初に映画みたいだな、って思った。こういうのって本当にあるんだ、って。
ママの手首をお湯から出して、タオルで手首をしばって、救急車を呼んだ。首つりとかじゃなくてよかったなってちょっと思った。泣かなかったし、救急隊のひとが心配するくらい冷静だった。
パパと連絡がとれたのは三日後だった。そのあいだ、あたしはママのママに預けられてた。
「結納......」
「分かんないけどするんでしょ? そういうの」
「そう......なのかな。えっと、ママはなんて言ってるの?」
「パパに聞けって」
嘘だった。結婚のハナシなんて出てないし、ママに連絡なんてしてないし、結納なんてやるわけない。
「そ......っか。えっと、相手はどんな感じのお家の人なの? セレブな感じ?」
パパはロクデナシのイロオトコだ。売れない俳優で、いっつもお金がなくて、なんなら住所だって不定だ。
それでもあたしはだいすきなのに。
「セレブかもね」
「経営者とかそういうの? 政治家とか? 医者? まいったね、うちはほら......ちゃんとしてないから」
ワインが運ばれてくる。さいあくな元カレの真似をしてテイスティングってやつをする。にっこり笑う。お店の人もうれしそうにする。
「おめでとうって言ってくれないんだね」
パパは知らないんだろうな。あたしはしょっちゅうパパの名前を検索して、お芝居に出てれば観にいってたし、映画とかドラマの端役だってみてたんだ。
「おめでとう、嬉しいよ。ただなんて言うか......」
知ってるよ。おカネないんでしょ。めんどくさいのはきらいなんでしょ。自分のことで精いっぱいなんでしょ。
「ところでママは元気なの? ちょっとこういうことはやっぱりママと話した方がさ」
「そうだね」
スマイル。得意のスマイル。
パパもさいあくの元カレも、ロクデナシはみんなこのスマイルにだまされるのにな。
そーいちろーはロクデナシじゃないから、だからあたしは戸惑ってるんだ。
*
「ネネちゃん、今度ライブ観にこない?」
餃子を包みながらそーいちろーが言う。
今日はあたしの家じゃなくてそーいちろーの家で、晩ごはんに餃子を作ることになった。
特製のレシピで具を作る、って息巻いてたそーいちろーが用意してたのはタバスコとかチョコレートとかで、思わずひぇ、って声がでた。
「そーいちろーが出るやつ?」
「うんそう。メタルバンドだからうるっさいんだけど、いちばん仲いいヤツがボーカルなんだ。紹介するよ」
そーいちろーが作った特製の具を、あたしも一緒に皮に包む。っていうか皮多すぎ。五十枚以上あるじゃん!
「紹介してくれるの?」
「うん。紹介したいんだよね。見た目こわいけどいい奴だから心配しないで」
餃子を包むって聞いたからネイルは落としてきた。そーいちろーはそれに気づいて、そんなの良かったのに!って本気で言ってくれた。
「ひとりじゃイヤだったら友だち連れてきてもいいし」
友だち。
餃子を包む手が止まる。
友だちかぁ。
「あたし、友だちいないんだよね。ちび丸がユイイツの親友」
「え、そうなの? おれたちが出会った合コンの子は?」
「知りあい。イベントのバイトで一緒だった子で、借りがあって断れなかっただけ」
小学校のころはママに独占されてた。中学校以降は自分から避けてた。ゆえに、あたしには友だちがいない。
「そっか。じゃあ、ライブでだれかと友だちになるかもよ」
そーいちろーは楽しそうに言う。カノジョが友だちゼロのコミュ障なのに気にしないみたいだ。
「引かないの?」
「引くって?」
「友だちいないとかヤバくない?」
「そんなの人それぞれでしょ」
そーいちろーは餃子を作るのも早い。料理は苦手って言いながら、なかなかの手さばきであたしなんて必要ないみたい。
「そーいちろーはすごいね」
「なにが?」
「まわりに、人がいっぱいいるんだね」
なんだかちょっと淋しくなって、餃子作りに集中した。
「ご両親もすてきだし」
「あ、両親といえば、あのあと反省会したらしいよ」
「反省会?」
餃子を数える。今のところ三十六個。どうするのこれぜんぶ食べるの?
「はしゃぎすぎたこととか、料理に統一感がなかったこととか、いろいろさ」
「えぇぇ、全部さいこうだったよ!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ネネちゃんのこと大好きになっちゃったみたいだから」
「うれしいな」
スマイル効果があったみたいだ。よかったよかった。
「栗の剥き方が最高にキュートだったってさ」
「へ?」
栗の剥き方?
「よく分かんないけど可愛かったらしいよ。あと、モデルだって知らなくて食べ物勧めまくったことは本気で反省してた」
なんだ。
スマイルとかが好きだったわけじゃないんだ。
「そういえば、なんにも訊かれなかったな」
あの日のことを思いだしてみる。
「あたしの仕事とか、ガクレキとか、両親のこととか。そーいちろーから話してあったの?」
「いやいや。なんにも話してないよ。ネネちゃん連れてくってことだけ」
「なのに訊かなかったんだ」
あたしがそーいちろーにふさわしいかどうかとか、何にもチェックしなかったんだ。
「いい人たちだな、ほんとに」
あたしの声は、なんだかものすごく暗く響いた。そーいちろーがちょっとびっくりしたみたいに手を止める。
「こないだね、パパに会ったんだ。二年ぶりくらいに」
「そうなんだ?」
「イタリアン奢ったの。ちょっと高いやつ」
「おいしかった?」
やっぱり訊かない。パパに会ってどうだったのかとか、そーいちろーのこと話したのかとか。
「料理は美味しかったよ」
「よかったね」
「でもパパはね」
包もうとした餃子の皮が破れる。失敗。力が入りすぎた。
「相変わらずロクデナシだった」
学校から帰るとお風呂場で水の音がして、ママが手首を切ってた。浴槽は真っ赤で、ママの顔は真っ白で、最初に映画みたいだな、って思った。こういうのって本当にあるんだ、って。
ママの手首をお湯から出して、タオルで手首をしばって、救急車を呼んだ。首つりとかじゃなくてよかったなってちょっと思った。泣かなかったし、救急隊のひとが心配するくらい冷静だった。
パパと連絡がとれたのは三日後だった。そのあいだ、あたしはママのママに預けられてた。
「結納......」
「分かんないけどするんでしょ? そういうの」
「そう......なのかな。えっと、ママはなんて言ってるの?」
「パパに聞けって」
嘘だった。結婚のハナシなんて出てないし、ママに連絡なんてしてないし、結納なんてやるわけない。
「そ......っか。えっと、相手はどんな感じのお家の人なの? セレブな感じ?」
パパはロクデナシのイロオトコだ。売れない俳優で、いっつもお金がなくて、なんなら住所だって不定だ。
それでもあたしはだいすきなのに。
「セレブかもね」
「経営者とかそういうの? 政治家とか? 医者? まいったね、うちはほら......ちゃんとしてないから」
ワインが運ばれてくる。さいあくな元カレの真似をしてテイスティングってやつをする。にっこり笑う。お店の人もうれしそうにする。
「おめでとうって言ってくれないんだね」
パパは知らないんだろうな。あたしはしょっちゅうパパの名前を検索して、お芝居に出てれば観にいってたし、映画とかドラマの端役だってみてたんだ。
「おめでとう、嬉しいよ。ただなんて言うか......」
知ってるよ。おカネないんでしょ。めんどくさいのはきらいなんでしょ。自分のことで精いっぱいなんでしょ。
「ところでママは元気なの? ちょっとこういうことはやっぱりママと話した方がさ」
「そうだね」
スマイル。得意のスマイル。
パパもさいあくの元カレも、ロクデナシはみんなこのスマイルにだまされるのにな。
そーいちろーはロクデナシじゃないから、だからあたしは戸惑ってるんだ。
*
「ネネちゃん、今度ライブ観にこない?」
餃子を包みながらそーいちろーが言う。
今日はあたしの家じゃなくてそーいちろーの家で、晩ごはんに餃子を作ることになった。
特製のレシピで具を作る、って息巻いてたそーいちろーが用意してたのはタバスコとかチョコレートとかで、思わずひぇ、って声がでた。
「そーいちろーが出るやつ?」
「うんそう。メタルバンドだからうるっさいんだけど、いちばん仲いいヤツがボーカルなんだ。紹介するよ」
そーいちろーが作った特製の具を、あたしも一緒に皮に包む。っていうか皮多すぎ。五十枚以上あるじゃん!
「紹介してくれるの?」
「うん。紹介したいんだよね。見た目こわいけどいい奴だから心配しないで」
餃子を包むって聞いたからネイルは落としてきた。そーいちろーはそれに気づいて、そんなの良かったのに!って本気で言ってくれた。
「ひとりじゃイヤだったら友だち連れてきてもいいし」
友だち。
餃子を包む手が止まる。
友だちかぁ。
「あたし、友だちいないんだよね。ちび丸がユイイツの親友」
「え、そうなの? おれたちが出会った合コンの子は?」
「知りあい。イベントのバイトで一緒だった子で、借りがあって断れなかっただけ」
小学校のころはママに独占されてた。中学校以降は自分から避けてた。ゆえに、あたしには友だちがいない。
「そっか。じゃあ、ライブでだれかと友だちになるかもよ」
そーいちろーは楽しそうに言う。カノジョが友だちゼロのコミュ障なのに気にしないみたいだ。
「引かないの?」
「引くって?」
「友だちいないとかヤバくない?」
「そんなの人それぞれでしょ」
そーいちろーは餃子を作るのも早い。料理は苦手って言いながら、なかなかの手さばきであたしなんて必要ないみたい。
「そーいちろーはすごいね」
「なにが?」
「まわりに、人がいっぱいいるんだね」
なんだかちょっと淋しくなって、餃子作りに集中した。
「ご両親もすてきだし」
「あ、両親といえば、あのあと反省会したらしいよ」
「反省会?」
餃子を数える。今のところ三十六個。どうするのこれぜんぶ食べるの?
「はしゃぎすぎたこととか、料理に統一感がなかったこととか、いろいろさ」
「えぇぇ、全部さいこうだったよ!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ネネちゃんのこと大好きになっちゃったみたいだから」
「うれしいな」
スマイル効果があったみたいだ。よかったよかった。
「栗の剥き方が最高にキュートだったってさ」
「へ?」
栗の剥き方?
「よく分かんないけど可愛かったらしいよ。あと、モデルだって知らなくて食べ物勧めまくったことは本気で反省してた」
なんだ。
スマイルとかが好きだったわけじゃないんだ。
「そういえば、なんにも訊かれなかったな」
あの日のことを思いだしてみる。
「あたしの仕事とか、ガクレキとか、両親のこととか。そーいちろーから話してあったの?」
「いやいや。なんにも話してないよ。ネネちゃん連れてくってことだけ」
「なのに訊かなかったんだ」
あたしがそーいちろーにふさわしいかどうかとか、何にもチェックしなかったんだ。
「いい人たちだな、ほんとに」
あたしの声は、なんだかものすごく暗く響いた。そーいちろーがちょっとびっくりしたみたいに手を止める。
「こないだね、パパに会ったんだ。二年ぶりくらいに」
「そうなんだ?」
「イタリアン奢ったの。ちょっと高いやつ」
「おいしかった?」
やっぱり訊かない。パパに会ってどうだったのかとか、そーいちろーのこと話したのかとか。
「料理は美味しかったよ」
「よかったね」
「でもパパはね」
包もうとした餃子の皮が破れる。失敗。力が入りすぎた。
「相変わらずロクデナシだった」
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