上 下
27 / 27
そーいちろーと青い鳥

14

しおりを挟む
 女の子と付き合ったことは人並みにある。みんな良い子たちだったし、それなりに好きだったし、楽しい思い出も多かった。

 だけど彼女たちはみんなおれを「何か」にしようとした。たとえば有名ミュージシャンだったり、正社員ってやつだったり。

 将来のために、って彼女たちは言った。あなたとわたしの未来のために、って。おれにはそれが理解できなかった。おれはたしかにロクデナシで、だから長くは続かなかった。

 ネネちゃんは違う。ネネちゃんはおれをおれのまま好きでいてくれる。ネネちゃんはカッコいい。世界中の秘密を知ってるみたいで、強くて、やさしい。

 おれはどうすればいいんだろう。どうすればこの美しい人に、ちょっとでも何かを返せるんだろう。

「愛されるものはカタチを変えるの。たましいには過去も未来もカタチもなくて、だからずうっと一緒にいるの」
「どうしてそんなすごいこと知ってるの」
「ちび丸が言ってた」

 ネネちゃんの親友のぬいぐるみだ。あいつめ、ネネちゃんとこんな話までしてるのか。

「ねぇネネちゃん」
「なぁに?」
「おれ、ネネちゃんとずっと一緒にいたい」

 タナトフォビアが、恐怖症が、おそってくる。
 怖い。彼女が死んじゃうことが怖い。おれが死んじゃうことも怖い。それがいつなのか分からないことが怖い。

 いつか絶対にいなくなるんだっていう事実が怖い。こんなに幸せなのに。こんなに美しくて完璧なのに。真っ黒い穴はいつだってある。今だって。この瞬間にだって。

「うん。あたしも」
「おれといてくれる? あんまりパッとしない人生だと思うけど」
「よゆうだよ」

 心臓がバクバクする。いとしいのと怖いのとはすごくよく似てる。どっちも平常心じゃいられない。

「こんなことになるとは思わなかったな」
「こんなこと?」
「最初に会ったとき。こんなに好きになるなんて思わなかった」

 おれはネネちゃんにすがりついてる。子どもが母親にするみたいに。今日分かった。おれはまさかのマザコンだった。

「あたしはクソヤロウと付き合ってたしね」
「でも友だちになってくれて嬉しかった」

 ネネちゃんはモデルで、写真を撮る大人の男と付き合ってて、おれなんか眼中になかった。おれだってまさか友だち以上の関係になれるなんて考えなかった。

 こんなに、世界一、大切な人になるなんて。

「ちび丸は知ってたよ」
「なにを?」
「ちび丸はずうっとそーいちろー推しだったんだよ」
「まじか」

 ネネちゃんがおれの腕の中から抜ける。逃げる感じじゃなくて、するっと、羽ばたくみたいに。

「うちに泊まってく?」

 ネネちゃんは軽やかに歩きはじめる。いつも以上にベタベタしたがるおれを、嫌がるわけでも心配するわけでもない。

「今日は塩ラーメン作ってあげるよ。オリジナルの新作」

 笑いながら振り返って手を差しだす。ヒールを履いた細い脚は、しっかりと大地を踏みしめてる。

「やったね」

 差しだしてくれた手を握る。あたたかい。何でもできる器用な指。その手がおれを繋いでる。

「ネネちゃん、レストラン開こうよ。ライブもできるやつ」
「そーいちろーが出るの?」
「そうそう。おれが爆音でビミョーなクオリティのギター弾いてサポートするからさ」
「それサポートの真逆じゃん?」

 大丈夫だ。ぜったいに大丈夫だ。恐怖は消えないけど共存することはできる。おれは彼女のたましいを愛してる。

「じゃあ、ただ平穏に暮らそう。平均以下の収入で毎日ヒーヒー言いながら。それでも平穏に暮らそう」
「いいよ」
「快諾しすぎ」

 おれは彼女について行く。自由できれいな青い鳥。おれは羽ばたく彼女を追いつづける。

 大丈夫だ。

 その先には必ず幸せがあることを、おれはちゃんと知っている。

                 〈了〉
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...