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そーいちろーと青い鳥
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女の子と付き合ったことは人並みにある。みんな良い子たちだったし、それなりに好きだったし、楽しい思い出も多かった。
だけど彼女たちはみんなおれを「何か」にしようとした。たとえば有名ミュージシャンだったり、正社員ってやつだったり。
将来のために、って彼女たちは言った。あなたとわたしの未来のために、って。おれにはそれが理解できなかった。おれはたしかにロクデナシで、だから長くは続かなかった。
ネネちゃんは違う。ネネちゃんはおれをおれのまま好きでいてくれる。ネネちゃんはカッコいい。世界中の秘密を知ってるみたいで、強くて、やさしい。
おれはどうすればいいんだろう。どうすればこの美しい人に、ちょっとでも何かを返せるんだろう。
「愛されるものはカタチを変えるの。たましいには過去も未来もカタチもなくて、だからずうっと一緒にいるの」
「どうしてそんなすごいこと知ってるの」
「ちび丸が言ってた」
ネネちゃんの親友のぬいぐるみだ。あいつめ、ネネちゃんとこんな話までしてるのか。
「ねぇネネちゃん」
「なぁに?」
「おれ、ネネちゃんとずっと一緒にいたい」
タナトフォビアが、恐怖症が、おそってくる。
怖い。彼女が死んじゃうことが怖い。おれが死んじゃうことも怖い。それがいつなのか分からないことが怖い。
いつか絶対にいなくなるんだっていう事実が怖い。こんなに幸せなのに。こんなに美しくて完璧なのに。真っ黒い穴はいつだってある。今だって。この瞬間にだって。
「うん。あたしも」
「おれといてくれる? あんまりパッとしない人生だと思うけど」
「よゆうだよ」
心臓がバクバクする。いとしいのと怖いのとはすごくよく似てる。どっちも平常心じゃいられない。
「こんなことになるとは思わなかったな」
「こんなこと?」
「最初に会ったとき。こんなに好きになるなんて思わなかった」
おれはネネちゃんにすがりついてる。子どもが母親にするみたいに。今日分かった。おれはまさかのマザコンだった。
「あたしはクソヤロウと付き合ってたしね」
「でも友だちになってくれて嬉しかった」
ネネちゃんはモデルで、写真を撮る大人の男と付き合ってて、おれなんか眼中になかった。おれだってまさか友だち以上の関係になれるなんて考えなかった。
こんなに、世界一、大切な人になるなんて。
「ちび丸は知ってたよ」
「なにを?」
「ちび丸はずうっとそーいちろー推しだったんだよ」
「まじか」
ネネちゃんがおれの腕の中から抜ける。逃げる感じじゃなくて、するっと、羽ばたくみたいに。
「うちに泊まってく?」
ネネちゃんは軽やかに歩きはじめる。いつも以上にベタベタしたがるおれを、嫌がるわけでも心配するわけでもない。
「今日は塩ラーメン作ってあげるよ。オリジナルの新作」
笑いながら振り返って手を差しだす。ヒールを履いた細い脚は、しっかりと大地を踏みしめてる。
「やったね」
差しだしてくれた手を握る。あたたかい。何でもできる器用な指。その手がおれを繋いでる。
「ネネちゃん、レストラン開こうよ。ライブもできるやつ」
「そーいちろーが出るの?」
「そうそう。おれが爆音でビミョーなクオリティのギター弾いてサポートするからさ」
「それサポートの真逆じゃん?」
大丈夫だ。ぜったいに大丈夫だ。恐怖は消えないけど共存することはできる。おれは彼女のたましいを愛してる。
「じゃあ、ただ平穏に暮らそう。平均以下の収入で毎日ヒーヒー言いながら。それでも平穏に暮らそう」
「いいよ」
「快諾しすぎ」
おれは彼女について行く。自由できれいな青い鳥。おれは羽ばたく彼女を追いつづける。
大丈夫だ。
その先には必ず幸せがあることを、おれはちゃんと知っている。
〈了〉
だけど彼女たちはみんなおれを「何か」にしようとした。たとえば有名ミュージシャンだったり、正社員ってやつだったり。
将来のために、って彼女たちは言った。あなたとわたしの未来のために、って。おれにはそれが理解できなかった。おれはたしかにロクデナシで、だから長くは続かなかった。
ネネちゃんは違う。ネネちゃんはおれをおれのまま好きでいてくれる。ネネちゃんはカッコいい。世界中の秘密を知ってるみたいで、強くて、やさしい。
おれはどうすればいいんだろう。どうすればこの美しい人に、ちょっとでも何かを返せるんだろう。
「愛されるものはカタチを変えるの。たましいには過去も未来もカタチもなくて、だからずうっと一緒にいるの」
「どうしてそんなすごいこと知ってるの」
「ちび丸が言ってた」
ネネちゃんの親友のぬいぐるみだ。あいつめ、ネネちゃんとこんな話までしてるのか。
「ねぇネネちゃん」
「なぁに?」
「おれ、ネネちゃんとずっと一緒にいたい」
タナトフォビアが、恐怖症が、おそってくる。
怖い。彼女が死んじゃうことが怖い。おれが死んじゃうことも怖い。それがいつなのか分からないことが怖い。
いつか絶対にいなくなるんだっていう事実が怖い。こんなに幸せなのに。こんなに美しくて完璧なのに。真っ黒い穴はいつだってある。今だって。この瞬間にだって。
「うん。あたしも」
「おれといてくれる? あんまりパッとしない人生だと思うけど」
「よゆうだよ」
心臓がバクバクする。いとしいのと怖いのとはすごくよく似てる。どっちも平常心じゃいられない。
「こんなことになるとは思わなかったな」
「こんなこと?」
「最初に会ったとき。こんなに好きになるなんて思わなかった」
おれはネネちゃんにすがりついてる。子どもが母親にするみたいに。今日分かった。おれはまさかのマザコンだった。
「あたしはクソヤロウと付き合ってたしね」
「でも友だちになってくれて嬉しかった」
ネネちゃんはモデルで、写真を撮る大人の男と付き合ってて、おれなんか眼中になかった。おれだってまさか友だち以上の関係になれるなんて考えなかった。
こんなに、世界一、大切な人になるなんて。
「ちび丸は知ってたよ」
「なにを?」
「ちび丸はずうっとそーいちろー推しだったんだよ」
「まじか」
ネネちゃんがおれの腕の中から抜ける。逃げる感じじゃなくて、するっと、羽ばたくみたいに。
「うちに泊まってく?」
ネネちゃんは軽やかに歩きはじめる。いつも以上にベタベタしたがるおれを、嫌がるわけでも心配するわけでもない。
「今日は塩ラーメン作ってあげるよ。オリジナルの新作」
笑いながら振り返って手を差しだす。ヒールを履いた細い脚は、しっかりと大地を踏みしめてる。
「やったね」
差しだしてくれた手を握る。あたたかい。何でもできる器用な指。その手がおれを繋いでる。
「ネネちゃん、レストラン開こうよ。ライブもできるやつ」
「そーいちろーが出るの?」
「そうそう。おれが爆音でビミョーなクオリティのギター弾いてサポートするからさ」
「それサポートの真逆じゃん?」
大丈夫だ。ぜったいに大丈夫だ。恐怖は消えないけど共存することはできる。おれは彼女のたましいを愛してる。
「じゃあ、ただ平穏に暮らそう。平均以下の収入で毎日ヒーヒー言いながら。それでも平穏に暮らそう」
「いいよ」
「快諾しすぎ」
おれは彼女について行く。自由できれいな青い鳥。おれは羽ばたく彼女を追いつづける。
大丈夫だ。
その先には必ず幸せがあることを、おれはちゃんと知っている。
〈了〉
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