だいきらい

鳥井ネオン

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だいきらい

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 あたしのママが冬哉のパパと再婚したとき、冬哉はもう独立してた。

 あたしは十四歳で冬哉は十八歳だった。だからあたしたちは一緒に暮らしたことはない。

 初めて冬哉を見た日のことは忘れない。顔合わせのためのレストランに、冬哉は一時間くらい遅れてやってきた。そして悪びれもしないで微笑んだ。

『まじで? かわいーね!』

 個室のドアがいきなり開いて、現れた冬哉はまずそう言った。視線はまっすぐあたしを見てて、ママの挨拶とかパパの小言なんて何も聞こえてないみたいだった。

『ありさちゃんだよね、よろしくね』

 満面の笑顔であたしの真向かいに座った少年を、あたしはただぽかんと眺めるしかなかった。

『おれ妹欲しかったんだ』

 高級レストランに似合わないジーンズとTシャツ。そしてパーカー。当時は黒かった髪は長めで、大きな瞳にかかってた。

『一緒に住むことはないけどさ、一応きみのお兄ちゃんだから。仲良くしてね!』

 それはあたしの初恋だった。そして同時に、失恋だった。

 その日あたしは永遠に結ばれることのない運命の人に、出会った。

「ちょっと待ってて、場所作るから」

 冬哉の部屋は駅から徒歩七分の1DKだ。玄関を開けるとすぐフローリングのダイニングキッチンで、その奥に八畳くらいの部屋がある。

「冷蔵庫の好きなの飲んでね」

 ダイニングキッチンには大きめのテーブル。載っているのはマネキンの首だ。前回来たときよりも増えてる。

「生首増えてるね」

 フローリングの床に散らばる髪の毛。人形のものと、たぶん人間のものと。

「生首って。物騒な言い方だな」
「可愛かったね、さっきの子」

 冬哉はテーブルの上のマネキンをどかす。大きめの卓上ミラーをセッティングして、何やら道具を用意してる。

「つき合って長かったの?」
「いやぜんぜん」

 それでニセ妻まで出すくらい揉めるのか。タチが悪すぎる。

「冬哉はさ、だれかをちゃんと好きになることってないの?」

 用意されたミラーにあたしが映ってる。平凡なビジュアルのポーカーフェイス。我ながら名演技だ。兄の女関係に呆れる妹の顔。

「どうだろうね」

 冬哉に促されて椅子に座る。店外ヘアサロン。人気ナンバーワンのイケメンスタイリストを独り占め。天国で、同時に地獄。

「ありさは? 彼氏は?」
「いるよ」
「まじか、お兄ちゃんに紹介しろよ」

 お兄ちゃんか。
 お兄ちゃん、ね。

「彼氏どんな人?」
「職場の。営業の人」
「そもそも仕事なんだっけ?」

 ムカつく。冬哉にとってあたしはその程度。ごっこ遊び用の妹。

「事務。保険会社」
「じゃああんまり派手にはできないよな」

 ケープをかけられる。冬哉の指があたしの耳に、首に、触れる。
 心臓がもたない。ふざけんな。

「イメチェンしたい」
「どんな感じに?」
「セクシーなのがいい」

 ミラー越しの冬哉はプロの顔になってる。真剣なまなざし。自然には存在しない赤い瞳。銀色の髪。まるで魔物だ。手を伸ばしたらそのまま鏡の向こう側に連れていかれそうな。

「冬哉が思うセクシーなのにして」
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