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《紫苑》

事態の進展

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「焦っている……か」


《長》の部屋で、独りごちて呟く。


「……確かに、焦ってるのかもな」


胸の中に生まれた、言い知れぬ不安感。
 俺の推理が本当なら、これから立ち向かうであろう者は、かなりの強敵。
 しかし、それがただの思い過ごしという点も否めない。
 だから、焦っている。

数ヶ月前。鷹宮邸で彩乃から告げられた、父親の死の真相。
 俺はそれに協力すると約束し、そのための伝達を上手く進めるために、《鷹宮》と協力関係さえ持った。
 
だから、アイツにとっても俺にとっても、この件は他人事じゃない。
 いずれ──俺たち自身の手で、裁きを下すことになる。
 組織の最高責任者として。そして、武装警察の端くれとしても。


「……《紫苑》」


月ヶ瀬美雪と井納欽造からの情報から、流出者の所在は十分すぎるほどに分かった。

 ──《鷹宮》に深く関係している人物。少なくとも、本部には在しているレベル。
 それでいて、《紫苑》という名の組織に属している。
 はぐれ者なのか、はたまた……反乱分子の1人なのか。故に、隠れ家とやらを持っているのだろう。  

──堂本充と少なからず関係を持っている人物。井納欽造の証言では、2人は知人だと言っていた。
 ……可笑しい。俺の推理なら、美雪の言う通り。その流出者は堂本充と同年代だ。
 なのに、何故。20代の男だと井納欽造は告げた?

証言と俺の推理とで、些か読み違いが生じている。
 それが人為的なモノだとしたら? ヤツ自身が、素性を明かさぬよう、別人を装っているのだったら?

……考えれば考えるほど、分からなくなる。
 だが、今。俺たちがやるべきことは、とある1つを指し示している。


「……彩乃。俺、決めた」
「……うん」
「お前との約束はキチンと守るさ。だから、少々荒事に首を突っ込まなきゃならないらしい。それも、《鷹宮》という組織の」


──否。《鷹宮》を相手にする、というよりかは、   


「《鷹宮》の中の、とある1人。それを相手にしなきゃならない」 







バシャバシャと水しぶきが跳ねる音と、辺りから聞こえてくる笑い声。
 ここ、武警高の対水戦特訓用プールで──俺は、周りから少し離れた場所の椅子に腰掛けていた。
 何故ここに居るかと問われれば、普段授業で使うハズのプールがだ。

というのも、特攻科顧問の四宮那月。どうやらアイツが原因らしい。
 特訓の最中にRPGの発射訓練をしたというのだが、その軌道が有り得ない方に飛んでいき、何やかんやあってプールが壊れたのだそうだ。
 勿論やる気など無いので、俺含め過半数は、見学なうである。


(しても、馬鹿げたことするよなぁ……)


そう心中で毒吐けば、人混みの中からトコトコとこちらに歩いてくる2人の少女。
 プールというシチュエーションに反して、俺同様に武警高の制服を着ている彼女ら。
 1人は茶髪ロングヘアの神凪鈴莉だからいいとして、もう1人は──


「や、雫か。久しぶりだな。1年の時の狙撃科の実戦以来か」
「……お久しぶりです」


小さくお辞儀をした、蒼髪でボブカットの少女。小柄な彩乃と同じくらいに背の低い彼女は──片山雫かたやましずく
 狙撃科の麒麟児として校内でも名を馳せており、《百発百中の狙撃手スナイパー》と言われれば、彼女に他ならない。
 
その理由としては彼女の異能にあるのだが、確か──『身体強化スポットアップ』といったか。
 それで視力を上げている……という話を、本人から聞いたことがあるぞ。


「珍しいな、お前が雫と一緒にいるなんて」
「暇そうにしてたから、すずりんが呼んできちゃいましたー!」
「俺のとこに来ても何も無いぞ。とはいっても、まぁ……こっちも暇だしな。ちょうど良かった」


流石に水深8mという馬鹿げたプールで泳ぎたくない。
 そう苦笑いしながら告げれば、やたら辺りが騒がしくなってきた様子。
 見れば、入口付近に人が群がっている。その中から出てきたのは──


「はいはーい、どいてー! どいてー!」


スク水を着て、何かを持っている少女。名札には『平賀彩葉ひらがいろは』と、ネームペンで書かれていた。
 実は、俺の持っているベレッタのバースト改造を施してくれたのは、彼女である。
 装備科のSランクで、その技量と苗字から、かの平賀源内の子孫ではないかと噂されているほどだ。

そんな彼女は持っていた何かをプールに浮かべ、手にしていたコントローラーを構える。
 プールに浮かべたそれは、全長1mほどの船。
 
……あぁ、確か見覚えがある。伊400という、第二次世界大戦中の潜水空母だ。
 だが、戦時中に行方不明になってしまい、未だに見つかっていないのだとか。
 俺はそんな彼女らを横目で見つつ、


「そういえば、彩乃は?」
「んー、私は知らないなぁ。ここにも来てないし、医務室とかじゃない? 夏風邪とか。……雫ちゃんは? 何か知ってる?」
「……私も、特には」


夏風邪、ねぇ。アイツが風邪ひくってのも珍しいが。
 ちと、メールでも送ってみるかな──と思い、スマホを取り出す。
 するとそこには、メール着信が1件入っていた。……どうやら、話題に上がっていた彩乃かららしい。


「『体調崩した。医務室で寝てくる』……か。ホントに体調崩したのかよ、アイツ」
「あ、スマホ貸してっ!」


と言いながら半ば興奮気味に俺からスマホを取り上げた、すずりんこと鈴莉。
 彼女は物凄い速さで何かを入力していくと、『o(`・ω´・+o)』の如く顔をしてから、迷いなく送信しやがった。
 ……あれ。何か嫌な予感がするぞ。あの顔からして。

冷や汗を頬に伝わせつつ、メールの内容を見れば──思わず、凍り付いた。

『体調、大丈夫か? あまり無理しないほうがいいぞ。拗らせたらたまらないからな。
 ……そうそう、これは余談なんだが、どうやら来週土曜に学園都市全域で夏祭りやるらしい。良ければ一緒に行くか? 浴衣も用意してあるから』

……マズイ。マズイぞ、これ。
 アイツが見たらどんな返答が来るか──場合によっては、行動を起こすか俺には理解不能だ。
 

「おい、何だよこれっ!」
「え? いいじゃーん。カップルでしょ? てっきり話はつけてあると思ったのに。その様子じゃ、まだだったのかなぁー?」
「うるせぇっ!!」
「うわっ!?」


ニヤニヤしながら俺をイジる鈴莉にどうしようもない怒りが募り、せめてもとプールの中に突き落としてやる。
 そして再度本文を読み直し、


「どうすんだよ、これ……」


と、1人呟くのだった。


~to be continued.
 









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