龍悲 武 地獄編

地獄での出発

第一章

世界は闇に包まれている。空を蛇が泳いでいる。地を鬼が歩いている。水面には血が滴っている。その水面に少年は浮かんでいた。少年の名を千葉武と言った。少年は青白く頬がひかり。まるで言うならば光ゴケで身をまとっているようだった。その両手と両の足は、そう、枯れ枝のようだ。静かに血の池を流れてゆく武。
その姿を避けるように鬼たちはいそいそと逃げてゆく。武が流れたあとの水面は静かに歌を奏でるようだった「シャーシューシャー」悲しい音符をまとった水の音が響く。
　　　
　　　　　　　　　1
　　
　　　武はその身を、まるで母のように抱いてくれていた水に投げ出され、鬼たちのゆくおどろおどろしい大地にほうり捨てられた。
　
　　「アォー…ウーッ、ウーッ…オーオッオッ…」鬼たちが奇声を上げて、武を歓迎すると、あっと言う間に武を取り囲む。
　　「ギャー…イーッ…オッオッ」奇声に歓迎された武は薄目を開くのだが、真っ赤な空の明かりに、耐えられなく、その眼の痛みに目を食いしばるのだった。
　　
　　武「なんだ此処は…そうか俺は死んだのか…」再び静かに目を閉じると、両の手をまっすぐ横に広げ、再び眠ったような仕草をする。
　　武「死んだのならば…なにも、怖くないさ…」
　武の頭の中を、真美とみゆきがよぎる。武の頬を、ツーッと涙がよぎった。
　再び死んだ武に鬼たちがにじり寄ってくる。すぐ横の鬼が、武の腹を鋭い爪で引っ掻いた。
そこから鮮血が迸る。次に右横の鬼が武の右腕に食らいつくと、もう右腕はちぎれそうになった。目にいっぱい涙をためた武は、痛みに歯を食いしばるのだが、鬼たちは許してはくれない。
　　　武「すきにしろ…」

　一回り大きな鬼が歯ぎしりをしながら、武の腹の上に跨ると喉元に中指の爪を突きつけた。そしてゆっくりと、横一文字に線を引くようにひっかくと鮮血が一文字に糸を引く。
　そして、鬼はギリギリと歯ぎしりをしながら、首を鷲掴みにする。爪を食い込ませるように鷲掴みに…。
　
　　　武「すきにしろ…」

　鬼はその爪に力を込めた。

　　　「ワォーン…ウォー…ウォーン」

　最後に、武の視界に入ったのは…見覚えのある、真っ白な虎だった。

　　　　　　　　　2

　　　パチパチパチ…焚き火が燃える音と共に武は目を覚ます。

　武「此処は？…」

　男は何も言わずに焚き火を木の枝で突いている。その顔に、武は見覚えがある。…懐かしい、そう…ともに長い道を歩いた、友の顔がそこにあった。アキラ、あの白い虎だった。しかし、頭が重い、はっきりと思い出せない。「君は、たしか…」
武は目にいっぱい涙をためている。よく思い出せないが、懐かしい。
　「黙っていろ…死んでいても、怪我はしてる…」
　アキラ「しかし、なんだな。死んでも腹は減るのな…ハハハ…」
　武「俺は、死んだのか？」
　アキラ「アア…」
　　武は、軽いめまいがした。「やはり、俺は生きてないのか…」
　みゆきと真美が脳裏をかすめる。誰か、誰かを俺は待っている。君は、誰なんだ？
　記憶が定かでなくもどかしい。

　　君は、なんで、俺を助けたのか？

　アキラ「そういうわけではないが、たまたまだ…」

　　　　　　　3

　やがて、焚き火を消すとアキラと武は、池を、あとにした。

　武「どこに行く？」

　アキラ「わからない…」

　　2人は空の色.…の薄い方へ歩いてゆく。

　「ギャーギヤー…」

　空を見慣れない鳥が飛んでいる…。

　　やがて、半日くらい歩いたが、あたりの景色は変わらなかった。「もう、どこに行くのかもわからない」まさに、そんな感じだったが、どこか見慣れた景色に鉢合わせる。
　　武「ここは？」

　そこは、ビルに囲まれた街の一角に置かれた民家外、先には公園があり武のいる、そこは、たけしの住んでいた家だった。そう…全てはそこから始まったんだ…。

　武は、頭を抱えてうずくまってしまった。

　　武「俺は…ここは…。」

　　そして夜が訪れると、向こうに見える公園に光の玉がスルスルと落ちてゆく。

　「おれは…」