火の国と雪の姫

さくらもっちん

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解語の花

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火の国の者は、産まれた時から、額に、火の紋様《もんよう》を、持っている。単語ルビ
火の神の祝福を受け、火の力を、使えるのだ。
他国からは、火の子と、呼ばれている。
歴史は、数百年程。
王都・朱華《しゅか》を筆頭に、七つの領土に、分かれている。単語ルビ
鍛冶屋《かじや》紅蓮《ぐれん》。火の国・飛鳥《あすか》の王の名だ。単語ルビ
領土は、王族の血に、連なる者で、統治《とうち》されている。単語ルビ


王都から、遠く離れた、暁十《あきと》村の、唐紅《からくれない》山の中。単語ルビ
初夏《はつなつ》。気温は、日中、四十度を軽く越える。単語ルビ
蝉の声が響いている。空は、かんかん照りだ。
真っ黒い夏用の着物に、桜模様が散り、帯の色は、淡いレモン色だ。
一人の少女が、慣れた足取りで、緩い山道を歩く。
三十分経過。山の頂上の下、ひらけた場所に、平家が、一軒、ぽつんとある。
側には、小屋、畑、井戸があった。

「ただいま、茜《あかね》さん」単語ルビ

ガタついた引き戸を、力強く開けると、少女が、玄関に入った。
靴を揃えて置いて、廊下を、しとやかに進む。

「お帰りなさい。白雪《しらゆき》。……人と会ったのかい?」単語ルビ

庭に出ていた茜が、縁側から、居間へと、上がって来た。
心配そうに、白雪の、手の荷物を見た。

「ごめんなさい!    茜さんを気に掛けていて。
知り合いなら、持って行ってくれと、言われたの」

申し訳無さそうに、長い漆黒の髪を揺らし、大きく頭を下げる白雪。
嘆息《たんそく》する、茜だが、ルビー双眼を緩めた。単語ルビ

「唐紅山には、一軒しか、家が無いからね。山に上がる白雪に、
八百屋の八《はち》さんが、頼んだんだろう。単語ルビ
……仕方が無いさ」

狐色の柔らかな手で、茜が、白雪の頭を撫でた。

「私の体質の所為だよね。茜さんが、術を使ったのは」

蜂蜜色の白雪の眼は、暗く落ち込んでいる。
夏用の淡い紫の着物に、白い帯を結んだ、茜が、頭《かぶり》を振った。単語ルビ

「白雪は、何も、悪く無いさ。私も呪いの所為で、このざまだ。
二十歳で時が、止まっているからね。
だから、気に病む必要は、無いのさ」

見た目は若い、茜だが、肉体年齢は、六十歳を過ぎている。
ある存在が、たまたま、遭遇した茜に、呪いを掛けたのだ。
以来、親と、縁を切り、茜は、山奥に住んでいる。
築百年の平屋は、生前、茜の祖母が、暮らしていた。

「この唐紅山に、捨てられた私を、拾ってくれたのは、茜さんです。
だから私は、茜さんに、従います」

控えめに、湯呑みのお茶を飲みながら、白雪が、懸命に言った。

「全く、こんなに可愛い白雪を、置き去りにするなんて。
アナタの親は、鬼だね。白雪。何度も話しただろ?
私達は家族だ。無理に、従わなくても良い」

「でも……」

「良いから。先に、汗を流しておいで。
その間に、夕飯の準備をするから。ね?」

お風呂場に向かう白雪。何か言いたげに、ちらちら、茜を見た。
幼い時から、茜に対して、白雪は、遠慮がちだ。
温和なのは良いが、少々、素直過ぎる。そこが可愛くて、茜は、白雪に甘い。

白雪を見送ると、茜が、玄関に向かった。

「血相変えて、どうした?    戦部《いくさべ》闘夜《とうや》」単語ルビ

息を荒くした、闘夜が、着物の袖で、汗を拭っている。

「王都の奴らが、村に、来てる……」

緋色の短い髪に、ブラックオニキスの眼。
胡桃色の手足をした闘夜が、声を強めた。

「どうしよう……。白雪の存在が、バレたらかも」

困惑する闘夜。茜は冷静だ。

「私も一応、高位の術者だ。目眩しの術は、完璧だよ。
私が死なないと、解けない様に、誓約が、施してある」

「だったら、何で、術が、解けたんだよ!
幼馴染の白雪に、何かあったら、どうすれば……」

動揺する闘夜に、茜の言葉は、届かない。
闘夜と白雪は、赤ちゃんの時から、付き合いがある。
闘夜は、白雪に、過保護だ。
茜は、闘夜の記憶は消さずに、白雪と共に、暮らしている。
闘夜も訳ありで、ここに、住んでいた。

「術が解けた感じはしないわ。他の事情があるのよ。
お帰りなさい。闘夜。心配してくれて、ありがとう」

お風呂上がりの白雪は、黒いズボンに桃の柄の白い半袖、だ。
髪がしっとり濡れて、白雪から、華の香りがした。
白雪の色気溢れる姿に、闘夜が、くらくらきて、気絶した。

「闘夜!」

驚く白雪。

「たくっ……。ほんっと、子供の時から、初心《うぶ》だね」単語ルビ

茜が、呆れながら、闘夜を、居間へ運んだ。
いつの間にか、外は、夜の帳が、降りていた。
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