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第一部
ただ、傍にいたい 10
しおりを挟む寝室へと向かうのだと分かり、私はぎゅっと創介さんにしがみついた。ドクドクと伝わる激しい鼓動が、私を優しく包込む。
さっきまで一人で寝ていた布団の上に横たえられて、熱を帯びた目が私を見下ろした。
「結局、俺が耐えられなくなった」
「私も、もっと、創介さんに触れたい」
「……そんな顔でそんなことを言うな。今日は優しくしてやりたいんだから、煽るなよ」
苦しげに歪んだ笑みに、私の胸の奥が締め付けられる。私だって、創介さんが欲しい。
早く、奥まで。身体の奥深くまで、私をいっぱいにして――。
緩み蕩けたそこは、はしたなく疼いていた。
それなのに、まだ、創介さんは入って来ない――。
「やっ、やめて……っ、そんなとこ、あぁっ」
指とは違うもっと生々しい感触をそこに感じて、一瞬身体を強張らせる。
創介さんが私の脚間に入り込み、顔を埋めて。たまらなくなって引き剥がそうとしても、迫り来る刺激のせいで力なんてはいらない。
「……もっと蕩けさせてからだ。久しぶりだからな。痛みなんて、少しも感じさせたくない」
「も――だめっ、ですっ、お願い」
熱い舌が、入り口のあたりで出し入れされる。そんなことをされたら、狂ったように乱れてしまう。それが怖くて、この行為はどれだけ回を重ねても決して慣れない。
「おまえは、ここがいいだろ……?」
「あぁ……っ」
勝手に涙がこぼれる。快感が次から次へと押し寄せて、我を忘れてしまいそうで。何かに必死に逆らうけれど、舐め取られるたびに身体を跳ねさせた。
「お願い、もう――」
「俺も、もう限界だ」
切羽詰まった声でそう言ったくせに、創介さんは、私を労わるようにゆっくりと中を押し広げた。既に敏感にさせられているところに、入って行くのを私に実感させるから、鮮明な快感に襲われる。
「……あ、あぁ……っ」
緩やかに上り詰めた快感の先には、涙がこぼれるほどの暖かさが下腹部に広がって行った。
「大丈夫か……? 辛くないか?」
私は必死に頭を振る。こんなに優しく抱かれて、辛いはずがない。身体だけじゃない。胸の奥まで暖かさで満ち足りて。その暖かさがより快感を研ぎ澄ます。
創介さんはきっと気付いていない。自分がどれだけ、気遣いながら私を抱いているのか。そして、私がどれほど、与えられる快感に溺れているか――。
「創介さん……っ」
ゆっくりと最奥へと到達すると、少しずつ動き始めた。私の身体に触れながら、私の目を見つめながら、呼吸を合わせるように。中でうねりながら擦れて、じりじりと快感がせり上がる。呼吸が短くなって、身体の震えを止められない。
「イキたいんだろ? いけよ」
「一緒が……いい」
その首に腕を回し、ぎゅっと身体を創介さんの胸に寄せる。
「雪野――っ」
「あぁぁっ」
優しく溢れて弾けた快感は、私を哀しいほどに幸せで満たす。弾む身体を、創介さんの胸が包み込んだ。
私の呼吸が落ち着くまで労わるように抱きしめられた後、少し掠れた甘い声が耳に届いた。
「もう、酔いは醒めたな……?」
「えっ?」
酔いなんかもうとっくに醒めているけれど――。
創介さんの意図することが分からなくてその目の奥を探る。そんな私に構わず全裸のままの私を抱き上げると、そのまま露天風呂へと連れて行った。
「創介さん、あ、あの、自分で……」
有無を言わさず、私の身体に熱すぎない程度のお湯をかける。こんなことまで創介さんにさせている自分が、いたたまれない。
「いいから、俺にされるがままになっていろ」
再び私を抱き上げると、湯舟の縁へと腰掛けさせた。仕方なく、そろりと湯船につかる。そこからこっそり創介さんを見上げると、浴衣を脱ぎ始めたから思わず目を逸らした。薄暗いとは言え、露天風呂の傍に灯りがある。そのせいで、がっしりとした身体の輪郭は見えてしまうわけで、咄嗟に視界から消す。
そんなに大きくもない湯舟の中で、片隅で身体を小さくした。
「二人しか入らないんだ。そんな隅にいるなよ」
「でも、一緒にお風呂なんて、恥ずかしすぎます」
何度も抱き合っているとは言え、裸体のすべてをちゃんと見たことなんてない。こんな状況、これまで一度たりとてなかったのだ。
「今更だろ? 俺は、おまえの身体は隅々まで知ってる」
「私は、知りませんからっ」
創介さんはなんの遠慮もなく私の傍へとやって来て、私の身体を捕らえる。私の肩を抱き寄せて、結局また、その広い胸と腕に包まれている。背中に感じる創介さんの胸板を感じながら、ひたすらにじっとしていた。息をするのも気を使ってしまうくらいだ。
「……なあ、いつになったら慣れるんだ? さっきの酔って甘えて来たおまえはどこ行った」
「だから、そう言うこと言わないでくださいっ」
お湯からただ顔だけを出して、創介さんに抗議する。
「雪野」
背中にあった温もりが離れたと思ったら、創介さんの脚にまたがるように座らされた。
「この方が、ちゃんと顔が見えるよな」
「それは、そうですが、でも……」
間近にある創介さんの顔がどうしても視界に入る。少し濡れた黒髪が、いつも以上に大人の色気を放出させて。そこから視線をそらせば、今度は何度もキスした唇が目に入って――。
「雪野、寒くないか? それとも、そろそろ熱くなって来たか?」
「大丈夫です……」
心はそれどころじゃない。本当は、身体を隠すために湯の中に潜らせているから、のぼせてしまいそうになっている。でも、お湯から出るわけいは行かない。
「顔が真っ赤だ。のぼせてるんじゃないのか?」
間近で見られているから、ばれてしまうのか。身体なんてもう何度も見られているのに、こんなに恥ずかしいと思うのは、ここが外だからだろうか。
「大丈夫です……」
「おまえの大丈夫は、全然大丈夫じゃないってことは分かってる」
「え、え……っ?」
突然腰を持ち上げられて、お湯の中から身体が晒された。上半身が出されて、火照った身体に冷気がさす。その冷たさが気持ち良くもあるけれど、私を見上げるように見て来る創介さんの視線が痛い。咄嗟に胸を両腕で隠しても、すぐにその腕を掴まえられた。
「また、身体が冷たくなったら湯に入ればいい」
私の背中に創介さんの手のひらが添えられて、胸を隠していた腕を創介さんの肩へと誘導される。
静かな夜の雪積もる中でこんな風に見つめ合う状況に、まるで夢でも見ているような気持ちになる。
「――このまま」
私の腰と背を支えながら、創介さんが見上げてくる。
「時間が止まれば、いいのにな」
あり得ないことを願ってしまうほど、創介さんも苦しさを感じているのだろうか。瞬きもせず見つめ合えば、引き寄せられるように唇を重ねた。唇を重ね合わせ、吐息を零す。白い息が二人を包み込んだ。その白い息に、ずっと隠れていたい。
流れて行く時間に意識を奪われたくなくて、ただ触れる唇だけを感じていた。
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